2012年1月13日金曜日

RuPaul's Drag Race 5


日本にも女性的な男性はいる。最近はオネエマン(他にもいろんな呼び方があると思いますが、何が一番正しい言い方なのか分かりませんでした)と呼ばれる方々かな。ヘアメイクアーティストやシェフ、華道家、コメンテイターに評論家。彼女達は常にテレビに出て、それぞれのスペシャリストとして大変に尊敬されている。ファンも沢山いる。過去には厳しい時代もあったと思うが、現在の日本では彼女達の存在に、タブー性を感じることはほとんどないと言ってもいいだろうと思う。そんな日本人の私達にとってあたりまえのことが、キリスト教の国、西洋の人達にとってはまったく受け入れられないタブーだったりするのだ。そのあたりの宗教的な厳しさは私達日本人にはなかなか解らなかったりする。


生まれ持った体や心のあり方。子供の頃から女っぽいといじめられても、どうすることもできない。ある日自分だけじゃないことを知りカミングアウトして、もう後にはもどれない。親もびっくりさせた。友達も無くした。いろんなことがあった。不安を抱えながらそれでも前を向いて生きていかなくてはいけない。年齢を重ねてくるとだんだん慣れてきて強くなるだろうが、子供時代のつらい経験はみな同じだろう。そんな彼女達が、ケーブルチャンネルとはいっても全国放送に出るわけだ。怖いだろうと思う。それでもこのコンテストは、自分自身に対しても冷たかった世間に対しても、自分の選択が正しかったことを証明するチャンスなのだ。だから全員必死だ。そんな彼女達の姿に、視聴者もある種の凄みを感じるんだと思う。


いろんなバックグラウンドの参加者がいる。アフリカから来ている子。フィリピンやタイ等東南アジア系、プエルトリカン、番組中HIVポジティブだと公表して泣き崩れた子もいる。白人、黒人、アジア人、ラテン系、人種や出自はいっさい関係ない。みんな世間とは違う生き方を選択した。だからひどい喧嘩をしても心では同じ仲間だということを解っているのだろうと思う。みんな心は繊細だ。ルポールの優しい言葉も、参加者全員がそれぞれいろいろな思いを抱えて一生懸命生きてきたことを、彼女自身が身をもって解っているから言えるものなのだろう。参加者は20代前半から30代半ばまで。50歳を超えるルポールは参加者全員にとって、単にお姉さんという以上に、同じ険しい道のりを自分達のはるか前方で先頭を切って走ってきた偉大なる先輩なのだ。


一部で人気が出てきているとはいっても、まだまだ(アメリカの)世間ではTrashy(くず、くだらない、ごみみたいなもの)と言われる類の番組だと思うが、その下に隠れた本当の意味はもっと大きい。参加者達も製作者側もみんなそんな番組の意図をわかっているのだろうと思う。こういう人たちが世の中を変えていくのだ。勇気ある彼女達に大きな賞賛と拍手を送りたい。