2週にわたったNHKの番組「プロフェッショナル」での高倉健さんを見た。1週目は新作映画『あなたへ』のロケ地での様子を追ったもの。2週目は時間をかけてご本人へのインタビュー。それに彼を知る方々へのインタビューをまとめたもの。
高倉健さんといえば70年代半ばまでの任侠物だとばかり思っていた。とにかく私が子供の時代から大大大スターでいらっしゃって、印象はなによりも怖いおじさん。手の届かない(馴染みの無い)怖い大スター。70年代後半からの映画はいくつか拝見している。『八甲田山』『動乱』『南極物語』、『ブラック・レイン』も見た。80年代のCMも有名。「不器用」という言葉が使われていたっけ。そんな私にとってはあまり馴染みの無い大きすぎる大スター。そんな健さんの特集。
清廉。清らかな人という印象。
81歳とは全く思えないほどお若い。常に背筋がピシッと伸びて、身体に無駄が一切見当たらない。真っ直ぐに伸びた足。常に短く綺麗に整えられた髪。染めているのではないのだろううっすらと白髪の混ざった柔らかな髪の色。お顔も艶やかでしみ一つ見当たらない。常に思い詰めたような深い表情をされているのかと思うと、口を開くたびにいつも冗談をおっしゃる。大きな手を出会う人々の肩に置く様子も温かい。本当に温かい。
本当に魅力的な人。綺麗な人。
きっと出会う人出会う人が男女とも皆、高倉健さんに恋をするんだろうと思う。ここで言う「恋」とは好きだったり、尊敬だったり、畏怖の念だったり…様々。皆、高倉さんともっと一緒にいたい、もっと話していたい…と思うんだろうなと思う。TVの画面を通してさえ「あ~この人のそばに行ってみたいな~」と思わずにはいられない。あんなに有名で大大大スター、昭和の強い男、暴力的な男の代表みたいな人だと思っていたのに正反対。怖いよりも温かい。あたたか過ぎるぐらい温かい。きっと会えば皆恋に落ちる。ほんとにステキな人なんだな。知らなかった…。
あれだけの大スターであれだけ有名、200本以上の映画に出演して伝説とまで言われる人なのに、81歳になった今でも映画作りに真剣に向き合う。『あなたへ』の撮影現場で87歳の大滝秀治さんの演技に接して涙を流し、翌日「あんな演技が出来るなんて…」と子供のように目を輝かせる。81歳の方が87歳の方から学ぼうとしている姿に言葉を無くす。なんだか申し訳ないような気がしてくる。
あまりにも繊細。信じられないぐらい繊細。だからこそ現場で急に感情が高ぶったりもされるのだろう。人は80歳を超えてなお、あれほど純粋に物事に感動できるものだろうかと思う。もしかしたらあまりに繊細すぎてお辛いかもしれない。だから普段は人前に出たりされないのかもしれない。それでも映画がお好きで、物を作る現場がお好きで、撮影の現場は本当に楽しんでいらっしゃるんだろうと思う。楽しいからこそ真剣。何よりも映画の力を信じていらっしゃるからなのだろう。
そんな御自分には厳しすぎるほど真面目な方が、周りの人々には信じられないほど優しい。ロケ地で出会う街のおばちゃんにも漁師のおじさんにも、メイクのアシスタントにも、子供達にも皆、昔からの友人のように肩に手を置いて親しく話しかける。驕ったところなど一切見えない。
これほどまでに思っていた印象と違う方だとは知らなかった。昭和の怖いおじさんだとばかり思っていた。80年代の古風な役柄も当時子供だった私にはよく解らなかった。そもそも高倉健さんは、あまりにもミステリアス過ぎて全く知らない存在だった。
番組中に一瞬流れる任侠ものの若い頃の映像。「死んでもらうぜ…」と凄む健さんは怖い。鋭すぎて近寄れない。同時にとてつもない色気。たぶんあんな男が現実にいたら虜になるか逃げ出すかのどちらかしかない。たぶん怖くて近寄れない。そんな激しい役柄の時代からずいぶん時間が過ぎた。
「感じられる心を大事にする」…感性を磨くために「いい映画を見て、いい小説を読んで、絵を、色んな美術品を見る」…本物の芸術の力を信じきっている方。信じているものに真摯に向き合う日々。常に静かに前を見続けている方。常に学ぼうとされている方。常に周りを気遣う温かなお人柄。出会う人出会う人皆に優しい方。ご自分にはストイックだけど、それを決して周りに押し付けることはない。清らかな人。孤高の人。穏やかな日々。
「僕の中に法律があるとしたらおふくろ。はずかしいことはするな…いつもそればかり。朝晩どこに行っても手を合わせるのは両親…」
なんだか番組の健さんを見ている間に泣きそうになった。