今日の出来事はいつか歴史の一ページとなる
だから記録しておこう。
現在、英国の王様チャールズIII世が米国を来訪中。
昨日4月28日、チャールズ国王は連邦議会で演説を行った。そこであった出来事。
まず国王のスピーチから、国王の言葉の一部の書き起こしをコピー/訳しよう。
“The Founding Fathers were bold and imaginative rebels with a cause. Two hundred and fifty years ago, or, as we say in the United Kingdom ‘just the other day,’ they declared Independence. By balancing contending forces and drawing strength in diversity, they united 13 disparate colonies to forge a nation on the revolutionary idea of ‘life, liberty and the pursuit of happiness.’ They carried with them, and carried forward, the great inheritance of the British Enlightenment – as well as the ideals which had an even deeper history in English common law and Magna Carta.
(米国の)建国の父たちは、大義を抱いた…(英国に対しての)大胆で想像力豊かな反逆者たちでした ㊟。250年前…英国流に言えば「つい先日のこと」ですが…彼らは(英国からの)独立を宣言しました。彼らは対立する勢力の均衡を図り、多様性の中にこそ強さを見出すことで、性質の異なる13の植民地を統合し「生命、自由、そして幸福の追求」という革命的な理念に基づく国家(=米国)を築き上げたのです。彼らは、英国の啓蒙思想という偉大なる遺産を…さらには、英国コモン・ローやマグナ・カルタにその源流を持つ、より深い歴史を刻んだ諸理念を…自らの胸に抱き、次代へと継承していったのです。
㊟ アメリカ独立宣言/United States Declaration of Independence は1776年7月4日.
“These roots run deep, and they are still vital. Our Declaration of Rights of 1689 was not only the foundation of our constitutional monarchy, but also provided the source of so many of the principles reiterated, often verbatim, in the American Bill of Rights of 1791.
これらの(理念の)根は(米国に)深く張り巡らされており、今なお極めて重要だとされています。(英国の)1689年「権利宣言」は、わが国の立憲君主制の礎となったのみならず、1791年のアメリカ「権利章典」においても、しばしば一字一句漏らさずそのままに繰り返され、数多くの原則の源泉ともなったのです。
“And those roots go even further back in our history: the U.S. Supreme Court Historical Society has calculated that Magna Carta is cited in at least 160 Supreme Court cases since 1789, not least as the foundation of the principle that executive power is subject to checks and balances. ㊟
そして、そのルーツは我々の歴史のさらに奥深くへと遡ります。米国最高裁判所の歴史協会による集計によれば、1789年以来、(英国の)マグナ・カルタ(大憲章)は、少なくとも160件の(米国の)最高裁判所の判例において引用されており、とりわけ行政府(大統領)の権力が「抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)」の対象となるという原則の基礎としてその重要性が認められているのです。
㊟ executive powerとは大統領の持つ強力な執行権
ここで連邦議会の議員達…民主党議員達がまず立ち上がり、続いて共和党議員達も立ち上がり、連邦議会全体でのスタンディング・オベーションになった!!!🤣🤣🤣👍👍👍🙆♀️🙆♀️🙆♀️🤣🤣ギャハハハハ… オモシレ~
チャールズ国王やってくださいました。流石です。拍手喝采!相手を持ち上げて持ち上げた後 チクチクチクッと英国風に静かに針を刺す😏 好きやわ。スバラシイ、スバラシイ… (議会で拍手してる人達の半分、マグナ・カルタを知ってるのかな~ 🙃)他にもチャールズ国王は米を持ち上げながら…NATOや環境問題のことでも チクチクと針を刺してた。うまいね。拍手。
●マグナ・カルタ(大憲章)とは?
The Magna Carta, or "Great Charter," is a foundational 1215 document forced upon King John of England by his barons to limit royal power, establish the rule of law, and protect specific rights. It recognized rights like trial by jury, due process, and the protection of church rights, influencing modern democracies and the US Constitution.
マグナ・カルタ(大憲章)は、1215年にイングランド王ジョンに対し、諸侯たちが王権の制限、法の支配の確立、および特定の権利の保護を目的として強要した極めて重要な基礎的文書である。同憲章は、陪審裁判、適正手続、教会権益の保護といった権利を承認しており、現代の民主主義やアメリカ合衆国憲法に多大な影響を与えた。
…要するにこの1215年に制定されたマグナ・カルタ(大憲章)の基本の意味は、国王は法の上に立つのではなく、法に従う存在であることを確立し…国王の絶対的な権限を制限したというもの。つまり国王も法に従わねばならぬと決めた法律。自由民が正義および公正な裁判を受ける権利を保護し、「いかなる自由民も、その同輩による適法な裁判、あるいは国法の定めによる場合を除き、逮捕・投獄されることはない」と保障した。…これはまた現代民主主義の礎石とみなされており、米国の権利章典や人身保護の原則にも影響を与えた。
そのきっかけとなった
●イングランド王ジョン(在位1199-1216)とは?
1215年のマグナ・カルタ(大憲章)で知られるイングランド王ジョン(在位1199-1216)は、失地王とも呼ばれる暴君。対仏戦争の失敗で大陸領土の大半を失い、莫大な戦費捻出のために過酷な課税と教会との対立を引き起こした。最終的に諸侯の反乱に遭い、王権を制限するマグナ・カルタに署名した。
戦争?課税?教会との対立?あれ?なんだか…Strangely familiar…? 🙄