能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

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2018年4月3日火曜日

A A ギル/A.A.Gill 氏



英国に関する覚え書き。

昨日は映画『The Death of Stalin』の感想を書いた。サブタイトルは「英国インテリの傲慢、侮蔑的視線」。また「…英国のメディアの記事の中には、どういうわけかよその国に関する論調に非常に趣味の悪いものも少なからず存在する」とも書いた。そして「…そういう論調の外国の旅行記などを英国人はエンタメとして喜んで読む。まぁたいていは無害な娯楽目的だから、そういうものを英国国内で消費するのは構わないと私個人的は思うけれど…。」とも書いた。

…その文章を書きながら私は「AA Gillよ、お前のことだはははは」などと笑っていた。


A. A. GillAdrian Anthony Gill氏とは、英国のレストラン/旅行/TV番組批評家…コラムニスト+時々作家。英国では大変著名なコラムニスト。英国の保守派の(とは言っても皆読んでいる)新聞『The Times』の日曜版『The Sunday Times』には彼の記事が毎週載っていて、英国に住んでいた当時は私もよく読んでいた。

その彼が2年前の12月に亡くなっていたのを昨夜初めて知った。映画の感想を書いた後で、思いついて彼の名前を検索したらメディアの記事が出てきて驚いた。

 奇しくも彼が亡くなる直前の2年前、私はたまたま彼についての記事の一部をネット上のどこかで読んでいた。そこには彼が癌を患っていること。そして長年の恋人と結婚しようとしていることが書いてあった。それから2年間、彼のことは思い出すこともなかった。


(昨日の映画の感想に書いた)英国のメディア記事の「…よその国に関する論調に非常に趣味の悪いもの…」とは、彼Gillさんの記事によるところが多い。彼のコラムのスタイルは何事にも文句文句文句…。 何事も批評/批判をすることが知性の源だとされている英国では、もちろん彼以外にも「辛辣な批評」を売りとするライターはいたと思うのだが、このGillさんの文章ほど批評の対象に対して辛辣で失礼で侮蔑的なものは他になかったと記憶している。

彼の『The Sunday Times』の旅行コラムも毎回読んでいた。昨日書いた「…そういう論調の外国の旅行記」というのも、主に彼の旅行記のこと。その記事をまとめた単行本AA Gill is Awayも本屋で手に取ったが、その中の日本の記事にムッとしたことは今でもよく覚えている(詳しい内容は覚えていない)。腹が立ったので結局本は買わなかった。(ちなみに…日本人は残酷…の記録は英国の小説『Bridget Jones's Diary』によるもの。Gillさんではない)。彼はそんな調子で、様々な国を訪れてはどの国もどの国も毎回辛辣にこき下ろしていた。

彼の毒舌はレストラン批評でも同様。そもそも最初にGill氏の名前を覚えたのは、彼と(アメリカでも有名な)セレブリティ・シェフGordon Ramsay氏の戦いの記事…「Ramsey氏が、彼のレストランにやってきたGill氏を店から追い出した事件」を、Gill氏は恨みを込めて『The Sunday Times』のレストランコラムに延々と文句と共に書き連ねていた。


彼の辛辣な文章は様々な人々から常に大きなリアクションを引き起こした。侮辱された国、土地、人々は、Gill氏と彼の記事を載せた新聞に苦情を訴える…そういうことは過去に何度もあったと聞く。彼の文章はドライなユーモアに溢れ、実際面白いのだが、色んな方角に噛み付いて、こき下ろし、偉そうに上から目線で批評・批判を繰り返す彼のコラムのスタイルを私は決して好きではなかった。嫌いだった。


中流階級の上の出身で、ハイソサエティの上澄みの中を優雅に(そのように見えた)浮遊するバッド・ボーイ。いいとこのボンボンがちょこちょこっと文を書けば、皆がすごいすごいと話題にする。結局パパが有名人(TVドキュメンタリーのプロデューサー)だから、ハイソな繋がりでお仕事ももらえたのかしら?ボンボンは人生も楽でいいですね…。

いい家に生まれて、頭も悪くない、ルックスもいい。美しい女性達は皆彼とお友達になりたがる。恋人は身長180㎝越え「ブロンド」の元モデル。レストランと旅行とテレビ番組のコラムを書けば有名ジャーナリストの出来上がり。そんな男が自分の生活の範囲外の文化や人間をゴミのようにこき下ろす。ポリコレなんて何処吹く風。(彼が本気かどうか実際は知らないが)彼の(彼のお眼鏡にかなわない)他者に対する傲慢さと辛辣さには戸惑うばかり。しかしこれほど名声と地位のある男が、なぜ外国の文化や、哀れな小レストランを上から目線でこきおろすのだろう???

平穏を尊ぶ気配りの国・日本で育ち、30歳を超えて英国に渡った私は、彼のような人物の英国での人気に本当に戸惑った。なぜ彼は許されるのだろう?


世の中には嫌なのに気になるもの…というものが存在する。不思議なことに私にとってのGill氏の文章は、嫌い…大嫌いだけど決して無視はできないもの。どこかで彼の文章にぶつかれば読まずにはいられない。「あいつまた何を書いてんだろう…嫌なイギリス野郎…ほんとに嫌だわ」。それでも彼の文章は気になってしょうがない。結局10年間いた英国で一番印象に残っているコラムニストは、あの憎らしいAA Gill氏その人ではないかとさえ思う。いったいどうしたものだろう。

不思議なことにそんな辛辣な彼の文章は英国中で愛されていた。
なぜ彼は愛されていたのか?


私には英国に関する持論がある。あの国を離れてもう10年以上が過ぎたが、未だに時々英国に関しては意見が言いたくなる。30代の10年間をどっぷり彼の地の文化に浸っていれば、たまに何か物が言いたくなるのはしょうがない。もしかしたらもう時候を過ぎて今は全く見当違いなものであるかもしれないけれど…。

私の中の英国の人々の印象は決して悪くない。私が個人的に出会った人々の印象は、一部の例外を除いて決して悪くはなかった。正直な話(米国人と結婚したのに)アメリカ人よりも英国人のほうが理解しやすいのではないかとさえ未だに思っている。このブログで過去に何度か繰り返している言葉「常識的」が私の英国人に対する一番の印象。

彼等は、基本的にはReserved(遠慮がちでおとなしく)Sensible(分別のある、思慮のある)人々で、己の無知を認識するIntelligence(知性)があり、Self-reflective(内省的で反省ばかりしていて)Apologetic(ごめんなさいをよく言う)で、Civilized(文明的で礼儀正しく)Patient(忍耐強い)そして弱い者にはKind(優しい)な人々…だと私は思っている(ちょっと褒めすぎか。ここでは短所には触れない)。そんな常識的な人達が、なぜあれほどに傲慢で侮蔑的なGill氏の文章を好むのか?

それが英国人の一筋縄ではいかないところ

私の勝手な想像だけれど…Gill氏とは、おそらく前述のような礼儀正しく内気な英国人にとって…彼らがなかなか言い出せない「本音」を遠慮なく代弁してくれるありがたい存在なのではないかと思いついた。いつも自分を抑えがちな英国の良識的人々…しかしそればかりでは息が詰まる。

「誰か私達の代わりに私達の本音を言ってくれないものだろうか?」

それがGill氏の人気の元なのではないか。彼だけではない。英国のメディアでもてはやされる有名人には、どこかワル、どこか型破り、ちょっと規格外、ちょっとだけ変な人…が多いようにも思うのは気のせいか。

普段から良識的であれと自らを律する英国人は、生な本音を公の場で大声で代弁してくれる変わり者を応援したがるのではないか。普段は温厚で真面目な英国人は、実はGill氏の辛辣な文章を読んで「良くぞ言ってくれた」と密かに気焔を上げていたのかも知れぬ。確かに自分が言えない言葉を誰かが言ってくれるのは気持ちがいい。そんな風にGill氏の文章はファンを広げていったのかもしれない。


昨日の文章の中で、そのような英国の偏見に満ちたメディアの文章関して「…まぁたいていは無害な娯楽目的だから、そういうものを(彼らが)英国国内で消費するのは構わない…」と書いたのも、そういうものは結局は常識的な英国人の「密かな鬱憤晴らし」の娯楽として読まれるだけだろうと思ったからだ。Gill氏は社会の矢面に立ちながらも、子供のように正直に「思った事をそのまま文章にして」人気コラムニストになった。ポリコレも無視。そんなものはどうでもいい。なぜなら彼の偏見に満ちた失礼極まりない文章は、英国人の「娯楽」として消費されるだけからだ。

もしかしたらGill氏は英国社会の道化師だったのかもしれぬ。

だから彼の文章はどんなに辛辣でも本質的には無害。例え彼がどんなに酷くドイツ人をこき下ろしたとしても、それを本気で受け取る英国人はあまりいないのだろう。「ああ確かにそうだよなぁはははひでぇなははは」と楽しんだらそこでお終い。全く無害。単なる娯楽でしかない。

そんなことを昨日Gill氏の死を知ってから考えた。英国を離れてもう10年以上も過ぎてから、初めて彼の人気の謎を納得できたような気がした(本当かどうかはわからない。たぶん違う)。


英国に住んでいた時、Gill氏のような存在は気になった。しかし彼のような華やかな人物は(ロンドンの片隅にひっそりと住む)アジア人の私からは、一番遠い所に住む別世界の人に見えていた。英国の富と地位と名声の全てを手中に収めた彼のような男は、決して私達マイノリティの方を向いてくれることはない。そしてその男は、いじめっ子のように意地悪で辛辣に弱い者をこきおろす。私達が絶対に手の届かないModern British establishmentの世界に遊ぶ子供のような男。彼とお知り合いになることも、お友達になることも決してできない。英国では、彼のようにハンサムで知的で魅力的で傲慢で自分勝手な男(女も)が(私達下々の者の手が決して届くことの無い)ハイソサエティの上澄みの上を優雅に漂って笑っている。私達がたとえどんなに彼のような男に憧れても…彼の世界に住む人々は決してこちらを向いてはくれない。
…しばらく英国に住んでそれがわかった時は悲しかった。それが英国の「階級」というものなのかもしれないとも思った。彼の存在…彼のような傲慢な人物が人気者になる軽薄な英国を私はちょっと嫌いにもなった。

Gill氏のことは彼の文章以外何も知らないのに、どういうわけだか彼は私にとっての「決して手の届かない華やかな英国の象徴」のようになっていた。それと同時に彼のような人間と、彼の生きる華やかな世界を密かに羨む自分が嫌いにもなった。


その彼が2年前に亡くなっていた。


もう何年も彼の事を思い出すことはなかったのに、今とても悲しい。これはなんなのだろうかと思う。気になっていた男…憎むべき嫌な野郎…それなのに彼は魅力的で…しかし決して振り向いてはくれない男…転じて憎むべき敵……絶対に手の届かない世界……その人物がいつの間にか亡くなっていた。心に穴があいたようだ。

Gillさんには長生きして、75歳になっても85歳になっても辛辣で酷い傲慢なコラムを描き続けていて欲しかった。それを私は時々覗いて「まーた嫌なイギリス野郎が失礼なことをいいやがって…」と文句を言いたかった。…そう出来るものだろうと思っていた。

英国を離れてもう12年になる。もう今の英国は私の知る英国ではないのかもしれぬと思う。もう「英国とはこうだ」と私の知る英国を例えとして語ることも出来なくなるだろう。それでも思い出の中の英国はただ懐かしい…。

昔買ったGill氏の本、『The Angry Island: Hunting the English』を取り出してきて読み直そうか。以前腹を立てて買わなかった『AA Gill is Away』もアマゾンで注文しようかと思う。また読んでギリギリと苦虫を噛み潰したい。ああ懐かしい英国よ。

Gillさん、あなたには色んな意味で心を揺さぶられました。あなたのことを好きだったとは言えないけれど、あなたのことを忘れることはないと思う。英国の思い出はあなたの文章とともにある。
Gillさんご冥福をお祈りいたします。


2018年4月2日月曜日

映画『The Death of Stalin』(2017):英国インテリの傲慢、侮蔑的視線

 
 
 

 
 
 
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The Death of Stalin2017年)/英・加・仏・ベルギー・米/カラー
107分/監督:Armando Iannucci
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コメディ調に味付けした旧ソ連・政府内部事情。

週末に見た映画。政治もの。旧ソビエト連邦政府の内部事情コメディ調だそうだ。旦那Aが見たいと言う。あまり面白くなさそうだ…と思ったけれど、とりあえず見に行くことにした。

こういう史実を元にした話は、ネタバレもなにもなかろうと思うので、ストーリーを事前に調べた。英語版のWikipediaには全ストーリーが載っている。70%ぐらいは理解した。ともかく内容がわかっていれば映画も楽しめるだろうと思った。

見た。とりあえず理解はできた。


★あらすじ
1953年.ソビエト連邦の第2代最高指導者スターリンが死去。その後政府内で政治家達がパワーをめぐってドタバタと争う。


最初の感想は…
…やっぱり旧ソ連の政府の内部事情に興味が持てなかった。映画として…面白いのか?…いやなんだか嫌な気分。…しかしそれは旧ソ連の政治に興味を持てない私の側の問題なのだろうとも思った。

しかし何かが変だ。どうも嫌な気分。コメディ調だけれどこれ本当に面白いか? それからこの映画は、またまた西洋のインテリ批評家達が大絶賛中なのだけれど、

これってそんなにいい映画なのか?
 
どうも気持ちが悪い。しかし上手く言葉にできない。というわけで「IMDB/Internet Movie Data Base」に人の感想を読みに行く…。

ロシアの人々が大変な剣幕で怒っているぞ。

…それでなんとなく最初に感じた違和感が理解できた。


この映画、史実を元にした旧ソ連の政府内部の話なのだけれど、外国人(監督は英国人)が、ロシアの国に対してもロシアの人々に対してもリスペクトゼロの上から目線で、史実を茶化して歪めて面白おかしく演出したように見えることが問題なのだと納得した。


全体のトーンはコメディ調。ドライなユーモア。非常に暴力的で深刻な話なのにサラッと話を進めるのは『パルプ・フィクション』風とでも言うべきか? 

人物達は…英国下町訛りのガラの悪いスターリン。フルシチョフにスティーヴ・ブシェミ。暴力的でマフィアのような国防次官ジューコフ。悪代官のようなNKVD長官べリア、凡庸なマレンコフ…これら実在の人物達がまるで漫画のキャラのよう。深みは全くない。確かに個々の人物達のやりとりはコメディ調で可笑しい。皆で騒がしくドタバタやっている。しかしそのドタバタの間、多くの市民が無残に処刑されていく。


この映画の時代は今から65年前だそうだ。それほど遠い昔ではない。当時のソ連で生きる恐怖を、生き残った家族から直接聞いた人々も多く存在する。過去の時代とは言ってもまだ人々の痛みは癒えていない。ロシアの人々がこのコメディ調の映画を大変侮辱的だと憤慨するのは理解できる。

確かに西洋にはPolitical Satire(政治風刺)というエンタメのジャンルがある。しかしちょっと内容を選んだ方がいいんじゃないか…これはちょっと不謹慎じゃないか?…ということです。それはロシアの歴史に興味のない私にさえ居心地悪く感じられるほどだった。

俳優さん達は素晴らしいと思うJason Isaacs の暴力的なGeorgy Zhukovが特にいい)。配役もうまくはまっている。コメディとして面白い場面も確かに多い。しかし見ていて居心地が悪かったのは扱った素材があまりにも陰鬱だから。

とある国の数多くの国民が、数名の政治家達の都合/不都合から理不尽に処刑された恐ろしい時代。その様子を、別の国の人間が上から目線で揶揄し嘲笑してもいいのだろうか?


(私個人の経験では)英国の人々は常識的で親切な人が多いと思う。しかしながら英国のメディアの記事の中には、どういうわけかよその国に関する論調に非常に趣味の悪いものも少なからず存在する。英国には「外国を蔑んで笑う娯楽」が存在する…と私は感じた。「アメリカ人は馬鹿。ドイツ人は変人。北欧人はのろま。フランス人はカエルを食う。日本人は残酷…」そのような(聞き捨てならぬ)他所の国へのステレオタイプというのが…英国には確かに存在する。そういう論調の外国の旅行記などを英国人はエンタメとして喜んで読む。まぁたいていは無害な娯楽目的だから、そういうものを英国国内で消費するのは構わないと私個人的は思うけれど…。

…とはいえ、1953年当時のモスクワの実情を知る筈もない若い世代の(監督は1963年生)上から目線のインテリ英国人が、同じような調子で(無神経に)冷戦時代の敵国ソ連の恐怖政治を茶化して映画化し世界に発信するのはいかがなものかとも思う。

政治風刺は、作家が自分の国の政治家を自虐的に揶揄するから知的でセンスが良くて面白いわけで、外国に対して同じ事をすれば意味が違ってしまう。中途半端にやれば相手の国に対する侮辱になりかねない。


原作は映画と同じタイトルのフランスのグラフィック・ノベル(漫画)La mort de Staline。この漫画の原作はユーモアがゼロ。大変深刻なものらしい

映画の監督はイタリア系英国人(オックスフォード大)Armando Iannucci氏。政治風刺/political satireの作風で知られ、過去に米国の政府を扱ったVeep、英国の政府を揶揄したThe Thick of ItなどのTVシリーズ、英米両国政府を扱った映画In the Loop (2009)で有名。この映画『The Death of Stalin』はフランスの映画会社から、政治風刺で知られる同監督へのオファーで実現した作品。


英国のインテリが旧ソ連の政治家を揶揄してコメディを作ったけれどユーモアがドライ過ぎ、不謹慎過ぎて笑えない。個々のパーツは面白いけれど、史実があまりにも深刻過ぎて笑うに笑えない。英国インテリの、よその国に対する傲慢さが露呈している。それをアメリカの似非インテリが取り上げて「この映画が楽しめるオレ様はインテリで偉い」とまた胸を張る…。結局なんだか気分の悪い映画。悪趣味。私はこういう偏見に満ちた映画をあまりいいとは思わない。

俳優さん達は素晴らしいのにもったいないですね。



2018年4月1日日曜日

お猫様H:猫と卵

 
 
本日米国の41日・日曜日はキリスト教のイースター(復活祭)。というわけで猫さんにそれらしく卵で遊んでもらいましょう。
 
卵を置けば、猫が転がす。
卵を載せてブラッシングを演出。
さて卵を前に何をしよう。
卵とお昼寝。
おっと目が覚めた?
 
 
というわけで本日はイースター(復活祭)。キリスト教のイースターとは「十字架にかけられて死んだイエス・キリストが三日目に復活したことを記念・記憶する、キリスト教において最も重要な祭」だそうだ。その祝日とは「基本的に、春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日。今年は41日の今日となった。
 
アメリカの人々にとって、このお祭りの大切さは家族によっても違うのではないかと思うが、一般的に子供達にとってのイースターとは、庭に隠したゆで卵を皆で探す「エッグ・ハント=楽しいイベントの日」なのだそうだ。このエッグハントは、近年では卵型のプラスチックのケースにお菓子を入れたものを使うこともあるそうだが、旦那Aが子供の頃は(殻に絵を描いた)ゆで卵を使ってエッグ・ハントをしていたらしい。「イースターで取り忘れた卵が、その後庭でどうなっていたと思う?ふふふ」と奴は思い出話をする。(^_^;)\
 
私がイースターのことを最初に知ったのは、スヌーピー+チャーリーブラウンのシリーズIt's the Easter Beagle, Charlie Brownのアニメーション。中学の頃にNHKでやっていた。「アメリカには楽しそうなお祭りがあるのだな」と思ったことを覚えている。
 
うちは特にお祝いをしていない。家をそれらしく(作り物の卵などで)デコレーションしてもいいのだけれど、今年も何もしなかった。旦那Aは階上で仕事。私はさっきまで中国の「天宮1号」の落下の情報を見ていて、この後は「西郷どん」の録画を見ようと思う。