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『The Age of Innocence』(1993)/米/カラー
/2h 19m/監督:Martin Scorsese』
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私がHBOのドラマ『The Gilded Age シーズン3』を一人で見終わった後で旦那Aが「面白かった?」と聞いてきた。「うん」と答えると「僕も見ようかな」と言う。どうやらどこかでドラマの批評記事を読んだらしい。それでしばらく前から週末に一緒に見ている(私は2回目)。先週末にエピソード5を見終わったところ。
ドラマの話をしていたら旦那Aが「作家のイーディス・ウォートン/Edith Wharton があの時代の話を書いてるんだよ。彼女はあの時代のNYの上流階級出身の女性作家。映画『エイジ・オブ・イノセンス』も彼女が原作なんだ。映画を見ようか」
というわけで、それじゃあ HBO のドラマと映画がどう違うのか見てみようということになった。2週間前にNetflixで映画鑑賞。
あらすじ
19世紀末のニューヨークのハイソサエティ。(ドラマでもそうであったように)当時の上流階級の社交界は狭い世界。彼らは危険を冒すことを嫌い、ルールを破ることを嫌い、ガチガチにしがらみに縛られた不自由な社会の中で生きている。
主人公の弁護士ニューランド・アーチャー(ダニエル・デイ=ルイス)には若い婚約者メイ・ウェランド(ウィノナ・ライダー)がいる。ある日ニューランドは、メイの従妹で彼の幼馴染のエレン・オレンスカ伯爵夫人(ミシェル・ファイファー)に再会する。エレンは夫から逃れて帰国した欧州帰り。ミステリアスで魅惑的なエレンに堅物の弁護士のニューランドは惹かれていく。
★ 豪華なセットと衣装…再現に価値がある
豪華です。19世紀末のニューヨーク・ハイソサエティの再現。歴史的に見ても非常に興味深い。なんとこの映画の監督はマーティン・スコセッシなのですね。びっくり。 あのマフィア映画で有名な監督が、1870年代のアメリカの上流社会を描いた。
この感想を書くのに調べていたら、スコセッシ監督のインタビューがいくつか出てきた。かなり細部までこだわって作りこんでいるとのこと…例えば当時のNYの上流階級のアクセントにまでこだわって再現している…などの話も出てきた。この映画に関する資料はネット上にもいくつかあって(私もまだ全部は見ていないのだけれど)この映画でスコセッシ監督があの The Gilded Age を真剣に再現しようと試みたことがわかった。なんとありがたい。
まずそれだけで私には見る価値がある。
この映画の細部へのこだわり(それからカメラワークなど)を見ていて「これはスコセッシ監督がイタリアのルキノ・ヴィスコンティ監督を意識して撮ったのではないか」とすぐに思った。ヴィスコンティ監督の『山猫/Il gattopardo 』『夏の嵐/Senso』『イノセント/L'innocente 』は19世紀の貴族を扱っているし『ベニスに死す/Death in Venice』も上流階級、『イノセント/L'innocente 』は名前まで近いじゃないか。
動画サイトを見ていたら、とあるインタビュー映像でスコセッシ監督が『山猫』に感銘を受けたと仰っている映像も出てきた。やっぱりそうなのだろう。『山猫』は伊シチリア島の貴族を描いた映画。そしてスコセッシ監督の祖母がシチリア島からの移民であることから、監督はあの映画にとても親しみを感じたらしい。
この映画を撮りながらスコセッシ監督がヴィスコンティ監督を想ったことは間違いないだろう。100年前の米国ニューヨークにも欧州の貴族のように暮らす上流階級が存在したことから、監督も美しいコスチューム・ドラマが撮れると考えたのだろう。伊・貴族の末裔のヴィスコンティ監督が映像で19世紀の貴族を再現したように、ニューヨーク育ちのスコセッシ監督もNYの歴史をとことんリサーチをして、19世紀末のNYの大富豪の再現を試みたのだろう。
結果は大変素晴らしい。
本物の19世紀末の上流社会など、私達後世の人間は絵などから想像するしかないのだけれど、この映画はかなりそれらしいのではないか。
…衣装は上品で奇を衒っていない。ディナーのテーブルも色彩の多いチャイナにキラキラの銀製品、クリスタルのグラスが並べられて豪華。豪邸の内装は…いかにも物が多く何から何までギュウギュウに詰まっている。壁には赤いシルクが貼られ、窓は何重もの重い布のドレープ。壁一面にびっちりと掛けられた絵画。どこもかしこも布、布、布。そして布に覆われていない壁は重厚な木彫りのパネル。全体の色合いが暗く重い。ワイン色のベルベットのソファーの後ろには、中国か日本製の…金箔に墨で竹が描かれた屏風が置いてある。なんというのか…全部がギッチギチ。密度が濃い。
スコセッシ監督が再現した19世紀末NY上流階級の様子を見ていたら「HBO の The Gilded Age のドラマは嘘っぽく見える」と思ってしまった。たとえばラッセル家のベッドルームは今どきのベッドルームに見える。ヴァンライン家のリビングも質素。
それにドラマの The Gilded Age の人物達の衣装が酷いことにも気付かされた笑。あれは…なにを考えているのだろう。どう見ても珍妙なデザインのドレスが多すぎる。誰が衣装デザインをしているのだろうと思う笑。
この映画『エイジ・オブ・イノセンス』では、衣装やセットに関する違和感を覚えることはなかった。たぶんこの映画のほうが史実に近いのではないか? この映画のビジュアルは見る価値があると思います。
★ ダニエル・デイ・ルイスは上手い
この俳優さんは上手い人。ダニエル・デイ・ルイスの演じる堅物の弁護士がミシェル・ファイファーのエレンに惹かれていく様子が上手い。彼はガチガチの堅物なのよ。だから自分に「ダメだダメだ」と言い聞かせながら、それでも目はエレンを追ってしまう。ムラムラしてますね。お顔の表情が煮詰まっていて今にも思わず手が出てエレンを掴みそうな表情をする。うまい。
しかしながら彼はかわいい婚約者メイちゃんのウィノナ・ライダーには…優しい。けれどそっけない。「僕はこの子を守らなきゃね」とか「大切にしなくちゃね」とは思っているけれど、あまり気が乗らない様子。ただ表面だけ優しいジェントルマンを演じている。メイちゃんに対する彼はただのいい人。ただ優しい人。あの…欧州帰りのエレンを見る眼つきとは全然違う。その違いが上手いのに感心した。役者やの~。
メイちゃんのウィノナ・ライダーは効果的な配役。彼女はこの役で英国アカデミー賞の助演女優賞を受賞したそうだ。彼女は役が合ってましたね。最後は女のしたたかさで勝者になる…笑。いかにも女。納得。
この年度の賞レースでは、ダニエル・デイ・ルイスはノミネートもされなかったのですね。びっくり。
★ CONs
映画は2時間19分。長いです。たっぷりと時間をとって19世紀の上流階級社会を再現したのはいいけれど、実は中身があまりドラマチックではない。原作が1870 年頃の上流階級を描いた話なので、恋愛小説とはいっても中身はマイルド。だからこそこのタイトルなのだろうけれど、それを2時間も引き延ばしたら結構退屈なのは否めない。
それからダニエル・デイ・ルイスが苦悩しながらも自らを押さえられずムラムラしてしまう女性…エレンのミシェル・ファイファーは役に合ってない印象。彼女はこの役には十分にセクシーではない。もっとセクシーな…エレンは上流階級の女性で上品だけれど、欧州帰りでほぼ離婚しそうで、男関係の噂もあるし(色んな意味でルール破りで)スキャンダラスで、それでも悩ましいほど色気があふれ出る…そのようなお姉さん女優を連れてきて欲しい。ミシェル・ファイファーは…なんだかカラカラに見える笑。色気がない。綺麗すぎるのかな。エレンはお堅い弁護士のダニエル・デイ・ルイスが身を持ち崩すほど魅惑的で危険な女性 seductress でなければならないのですよ。ちょっとそのイメージと違うと思った(個人的意見)
見てよかったです。衣装や調度品やセット、それに役者さん達のアクセントにまでこだわった19世紀末のNY上流階級社交界の再現は見る価値があった。
ストーリはマイルド。だから途中で少し飽きたけれど、この映画はむしろ1度見てストーリーがわかった上で、映像の美しさと巧みな時代の再現を堪能する…まるで美術館を訪ねているかのように…ひとつひとつ細部を確認しながら見るのがもっと楽しいだろうと思う。これからもまた映像だけNetflixに見に行こうと思う。
実はヴィスコンティ監督の映画もそういうのが多いのですよね。台詞や芝居はあまり気にしない。彼の映画も家の内装や衣装を見て、美術館を訪ねるように時代の再現を楽しむような映画が多い(個人的意見)。
『エイジ・オブ・イノセンス』…最後はあれでいいと思う。思い出は美しいままに。静かに拍手。