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2017年1月19日木曜日

映画『フェンス/Fences』(2016):頑固オヤジにしっかり者のお母さん・力強い傑作






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Fences2016年)/米/カラー
139分/監督:Denzel Washington
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ヴィオラ・デイヴィスさんに主演女優賞を!…おっと助演女優のカテゴリー? そうかデンゼルさんの方がよく喋ってたもんね。もちろん彼が主役ですね。しかしこの映画の真の主演はヴィオラさんのローズお母さんだと思う。素晴らしいです。

…いや、デンゼルさんのトロイお父さんもすごいですよ。すごい迫力。ああこういう人は昔の日本にも実際にいましたね。昭和の頑固な雷オヤジ。ものすごくリアル。


デンゼル・ワシントンさんが監督+主演のこの映画は、もともとオーガスト・ウィルソン/August Wilsonによる1987年の舞台劇。劇は同年Pulitzer Prize for Dramaを受賞。その後2010年にデンゼルさんとヴィオラさんでブロードウェイにて再演(なんと贅沢な)。この映画はそれを映画化したもの。

舞台劇らしく登場人物は少ない。全員で7人。登場人物が少なくても脚本がしっかりしているので違和感はない、それぞれの俳優さん達が素晴らしく演技も自然。実は最後まで舞台劇が元になっていたと気がつかなかったほど。最後にクレジットが流れて登場人物の数か少なかったことに驚かされた。

シンプルな話です。登場人物が出てきて、会話をして物語が進んでいく。シーンも家の中のみ。全て会話で話が進む…のに映画として見ても全く不自然じゃないのがすごい。どんどん話に引き込まれる。
 

★ネタバレ注意

家族の物語です。シンプルなストーリー。時は1950年代の米・ピッツバーグ。登場人物は、負けん気の強い頑固オヤジに、真面目な若い息子。しっかり者のお母さん。ミュージシャンを志す(お父さんの前の彼女との)息子。お父さんの会社の同僚。そして病気の伯父さん…。

最初は独特なアクセントの早口な台詞を聞き取るのに苦労したが、次第に言葉の言い回しや響きに慣れてくるにつれて、…これはちょっと昔の日本の家族の話みたいだと思い始める。会話の内容をそのまま昭和の日本にもってきても馴染むのではないか。


トロイさんは清掃会社に勤める53歳。声が大きくてよく喋る。所謂ワンマン頑固オヤジ。我が強くプライドも高い。若い頃一度はスポーツ(野球)を志したが断念。昔はワルで臭い飯を食った時期もあった。それでも男気に溢れ若い頃はきっといい男だったに違いない。ローズお母さんはそんなトロイお父さんに惚れたのね。

しかしオヤジは頑固。腹を決めたら意固地。自分の意見を意地でも曲げない。息子達にも一方的に自分の考えを押し付ける。ティーンの息子コーリィが「大学でアメフトをやりたい」と言えばダメだと言う「そんなものはやめちまえ…どうせ白人に差別される」しかし息子は納得しない。そこでオヤジと息子は喧嘩。息子が「父さん、どうして僕が嫌いなの?」と問えば「俺は親としての責任を果たしてきたんだ。わかったか」と怒鳴る。甘ったれたこと言ってんじゃねぇ…と言わんばかり。

(若い頃の女性との間に生まれた)現在30代の息子リオンにも厳しい。彼はミュージシャンを目指しているんだけれど、時々金欠になってお金を借りに家へやって来る。それを見て「おまえもそんな風にふらふらしてないできちんとした仕事につけ。うちの会社に口を利いてやってもいい」と毎回説教。


頑固親父の言うことは絶対。彼は彼なりに息子を愛しているんだけれど、優しい言葉をかける前に説教を始めてしまう。「ダメなものはダメ」と頭ごなしに叱りつけるからティーンの息子は反発してしまう。こんな親子は昔の日本にもいましたね。

そんな親子を優しいお母さんがとりなして日々は過ぎる。トロイの会社の同僚で友人のボノさんは金曜日の仕事帰りにいつも家に立寄って雑談。時々戦争で傷を負ったトロイの兄ガブさんもやってくる。みんなの集まる家庭をローズお母さんがしっかりと守る。

そんな風に話は進んでいくんだけれど、途中で「事件」が起こる。そこから話は一気に急展開。


その「事件」からローズお母さんが輝き始める。最初は父と息子…男ばかりの話だと思っていたのに、途中からこのお母さんの話に変わっていく。前半で皆の諍いをとりなし、皆を迎え入れて穏やかに笑っていたお母さんの人生が徐々に見えてくる…心を奪われます。

健気な昔の女。夫を支える古風な女…一見後ろにひっこんで見えていたローズお母さんは、実は幸せを自分の意志で摑んで自ら作ってきた女性。決してワガママな夫に振り回されるだけの弱い女性ではなかった。不当に扱われれば夫にも強く立ち向かう。辛いことがあってもそれを自力で幸せに変えていける強い女性。彼女はきっとどんな状況でも幸せを作り出していける。

彼女の夢はシンプル。好きな男と結婚して安定した家庭を作ること。すがすがしいほどにシンプルだけれど彼女にとっては確実な幸せ。その幸せを実現するためにコツコツと人生を紡いできた。綺麗に整えられたキチンとダイニングの様子でそれがよくわかる。そんな彼女の生き方に改めてはっとさせられる。

だからトロイさんのような男も彼女に惹かれたのね。若い頃に荒れていた彼も、彼女のおかげで安定した幸せな生活を送れるようになった。そんな安定した人生を息子にも歩んで欲しい…いや自分よりももっともっと大きく成功して欲しい…息子たちには夢ばかり追って(昔野球でうまくいかなかった)自分のようにはなって欲しくない。だから息子たちにも(安定しない)スポーツや音楽はダメだと説教をする。それは親心。

トロイお父さんにはよくわかっている…安定した生活のありがたみは十分にわかっている。しかし彼にも心の弱さがあった…。

…「事件」の内容を話した後で、ローズお母さんにガチに怒鳴られるトロイお父さんの「ああ…ヤバイ…」という表情が大変素晴らしい。


最後の場面、ローズさんが家族に囲まれている様子にとても感動する。彼女はきっとこれからも家族に囲まれ、皆に大切にされて年を取っていく。彼女の家は家族の集まる場所。いつかそれぞれの子供達も家族を連れてやってくる。彼女は自ら幸せを作り出す。そんな奥さんを持ってトロイお父さんもきっと幸せだったに違いない。この映画は彼女の生き方に静かに感動する映画。

いい話です。私が女だからこういう見方をするのだろうけどローズお母さんはいい。映画が終わった後も、彼女の今後を考え、彼女の家族の未来を考え、これからどうなるだろうと思いを馳せる。余韻が残る。そんな映画は近年珍しい。


それにしても舞台劇の映画化はいいものが多い。脚本が熟成されているからなのだろう、ほぼ人物達の会話だけで感動できるのはすごいことだと思う。よく練られた脚本に役者さんの力技。こういうタイプの映画は大袈裟な演出がなくても脚本と演技だけで人を感動させることができる。とても贅沢な芸術だ。

年を取ったせいなのか、近年どうも映画作品のアラが見えやすくなって映画そのものを以前ほど楽しめなくなったような気がするのだか、この映画は本当によかった。いい劇は心に響きます。いつまでも余韻が残るいい映画。

それぞれの脇役のキャストも素晴らしい。友人のボノさん、それにトロイさんの兄ガブさんのお二人は2010年の舞台でも共演しているそうだ。

いい脚本の芝居を丁寧に映像化した素晴らしい映画。久しぶり心に残った映画。一見地味だけれど、とても力強い映画です。この映画に賞をとって欲しい。


ちなみにタイトルのFENCES(柵)とは、
トロイさんにとって死神から自分と家族を守る柵であると同時に、息子に対する距離(心の壁)。またローズさんにとっては愛する家族を守る彼女の意志を示しているらしいです。