TV Japanにて。オリジナルの放送は2023年3月18日から5月7日まで。
このドラマの感想は2つ。ひとつはポジティブ。もう一つはネガティブ。
●その一(ポジティブ)・綺麗な風景
お洒落です。美しい日本の風景の中を走る小さなHonda S800。なんとかわいい。なんとお洒落な。絵になる車。赤を囲むシルバーのフレームや木のハンドルがいい。絵になる風景の中の絵になる車。(勝手な想像だけれど)このHonda S800 の走る風景があまりにもいいので、このドラマはそのシーンが撮りたくて始まった企画ではないかと思ったほど。車の映える日本の風景を見せることがテーマなのか。とにかく綺麗な画面。
それにしてもいい車だHonda S800。小さい。だから高速で走るのはちょっと怖いだろう。それでもいい。本物が見てみたい。この車は1966年1月から1970年5月の間に生産されていたそうです。ホンダはいい車を作る。
第4話は車の過去の話をしていたけれど、監督さんと制作の方々の「車への愛」を感じた。ちょっと「寄り道」的な回。浪漫やね。宇崎竜童さんがいい感じ。渋いね。
そして車以外にもこのドラマには綺麗な場面が多い。私が特に好きだったのは主人公・希久夫(滝藤賢一)の住む阿佐ヶ谷の家。昭和の家。木の壁や柱が暗い色。インテリアも凝っているのに馴染んでいるお洒落な空間。家の前の通りもまるで地方の住宅地かと思うほど緑豊か。それにしても阿佐ヶ谷で庭付きの一戸建て、それにレンガの壁のガレージ付き?…豪邸ですよね。希久夫と美奈子(尾野真千子)はどれほどの大富豪なのだろう?
それから希久夫は丁寧に暮らしている。たった一人の食事なのに卵焼きの夕飯も蕎麦も綺麗にセッティングされている。一人なのにお洒落な食卓。美奈子は希久夫のこういう丁寧さに惹かれたのだろう。
★ネタバレ注意
美奈子は旅先での事故で命を落とす。生前の美奈子の嘘(彼女はフランスに行く前に日本各地を車で旅していた)に気付き、希久夫はその謎解きを始める。美奈子は沢山の謎を残して亡くなった。そして希久夫は妻の愛車グレースに残された履歴(旅の記録)を辿ろうと旅に出る。
そして第2話で美奈子のサーファーの元カレに会う。この二人の会話がおかしい。希久夫は美奈子に(サーファーの元カレよりも)愛されていたと知ってにやにやする。元カレは面白くなさそうだ。女性をめぐる男同士のやりとりが面白い。
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※追記:
第2話の録画を見直した。この回が一番面白い。美奈子をめぐって 希久夫と元カレ(伊藤英明)の会話がすごくおかしい。お互いに嫉妬し合って気まずくなったりする笑。滝藤さんと伊藤さんの二人の「間」がおかしい。それから元カレと彼の奥さんのやり取りも面白い。このノリでず~っとユーモラスなドラマだったら(私には)傑作になっていたと思う。
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…そんな風に、このドラマは希久夫がたった一人で美奈子の残した謎を解きながら、日本各地の綺麗な風景の中をS800 を走らせて静かに旅をするドラマだろうと思っていた。あくまでも希久夫の旅の話で、主人公が様々な謎解きをしながら心を癒していく話だろうと思った(確かにそのような話ではあるけれど)。
大昔に見たフランス映画『白い町で/Dans la ville blanche/In the White City (1983)』を少し思い出した。男が内省しながら一人旅を続ける。そのような話だと思っていた。
第1話:謎の始まり/2話:昔の男/3話:家族の過去/4話;車の過去
●その二(ネガティブ)・異様な人物・美奈子
そして違和感を感じ始めたのは5話以降。美奈子の行動と意図に少しずつ違和感。実は2話目の冒頭から美奈子の独白が始まったので妙な感じはしていたのだけれど…このドラマは美奈子も主役なのですね。彼女の強い意志がドラマ全体を覆っている。最初は希久夫のドラマだと思っていたのだけれど、実は希久夫が美奈子に操られている話だったわけで。希久夫が旅で癒されるだけの話ではなかった。
第5話で、30年前に(両親の離婚で)別れた弟・由紀夫(柄本佑)に会う。そして6話で高齢の母・千江(丘みつ子)にも会う。どちらも美奈子が強引に希久夫の家族の問題に踏み込んでいる…と私は感じた。
そして極めつけは第7話の元カノ・草織(広末涼子)との話。それでも7話まではいい。美奈子はただ希久夫の過去に興味があっただけなのかと思った(奥さんが夫の元カノを訪ねるなんてずいぶんぶしつけだとは思うが)。しかし8話、美奈子の行動の種明かしを聞いて驚いた。美奈子が全く理解できなくなった。
美奈子はある日突然草織の前に現れ、自分が重い病気を患っているからもし何かあったら夫の希久夫をよろしく頼むと言う。美奈子は「夫を任せられるのはあなたしかいない。あなたには責任がある」と一方的に草織に詰め寄る。私にはこの場面の美奈子が異様に見えてしまった。なんて一方的で自分勝手な人だろうと驚いた。
私は早織の側から受け手として美奈子の言葉を聞いた。…ある日突然元婚約者の(今の)妻が現れて「夫の面倒を見てくれ」と目の前で号泣する…ものすごく迷惑だと思う。この場面での早織の戸惑いと彼女のリアクションの全てに同意した。早織はすごく嫌そうだ。当然だ。早織の反応を見る限り、脚本家も美奈子の異常さをわかって書いているのだろうと思ったがどうだろう。
美奈子はおかしなことを言っている。
男女が17年間も会っていなければ彼らはもう赤の他人。また会っても昔と同じようにわかり合えるのは稀。価値観も違っているはず。 また草織には草織の人生があるだろう。異国での結婚、子供、離婚…などなど草織にも色んな事があってやっと立ち直ろうとしているのに、ある日赤の他人がやってきて「夫とよりを戻せ、あなたには責任がある」なんて…とんでもない話だ。
美奈子の言葉の端々にはいじわるが見え隠れする。元カノを前に「悔しいけど」と言い「私は夫を愛しているから」「でも私病気だから、夫を任せられるのはあなたしかいないの」と号泣する。離婚して子供を手放した草織の事も知らず、一方的に「私子供が欲しいの」と号泣する。なんて勝手な女だろう。相手の気持ちや都合なんて何も考えていない。
夫婦の関係性はそれぞれだとは思うけれど、この美奈子の「夫を任せられるのはあなたしかいない」の言葉にもぞっとする。彼女は自分がこの世を去った後でさえも夫・希久夫の人生をコントロールしようとしている。私はこの言葉に美奈子の夫に対するねっとりと絡みつくような執着を感じて気持ち悪い。希久夫はそこまで妻にコントロールされて幸せなのか?
最後の第8話では様々な種明かしがあった。亡くなった時美奈子は妊娠していた。彼女が血液の白血病だったことは第1話から明かされていたけれど…そのことも希久夫は美奈子から知らされていなかった。
美奈子、やっぱり変じゃないか? 彼女は白血病のことも不妊治療のことも夫に全て秘密にしていた。病気を黙っていたことに関して「夫は私のために全てを犠牲にするから秘密にしていた」と言うけれど、いやそんな大切なことを夫に黙ってる方がずっと迷惑だと思う。そのような大切なことを全てが終わった後で知る希久夫の気持ちを想像できないのか。彼女の言う「夫への思いやり」も、私にはただ彼女の独りよがりに思えてしまう。
美奈子はそんな風に自分のことはとことん秘密にしていながら、夫の過去の家族問題に土足で踏み込み、挙句の果てに元カノに「夫を頼む」とごねる。それは希久夫にとって余計なお世話ではないのか?。
第5話:弟/6話:母/7話:元カノ/8話:種明かし
男性の書いた脚本なのですよね。この美奈子の絡みつくような愛が、男性は嬉しいのだろうかと不思議になった。美奈子ってすご~く変な人、いやとても独りよがりで自分勝手で迷惑な人だと私は思うのだけれど。
希久夫の次の相手は、希久夫が自由に探せばいい。それも愛だと思う。
役者さん達は皆上手い人ばかり。メインの滝藤賢一さん、尾野真千子さん、広末涼子さんをはじめ、サイドの方々も皆上手い。全員素晴らしい。皆うまいから話にのめり込む。そしてその台詞の意味をじっくりと考えたくなる。希久夫の父親を演じた中原丈雄さんが渋い。いい声。かっこいいわ。
第8話で美奈子に感じた違和感があまりにも大きくて(ショックを受けるレベル)ネガティブ気味な感想になってしまったけれど、ドラマとしては心動かされた。
脚本・監督は源孝志氏。今までにも『漱石悶々』『正月時代劇 ライジング若冲 天才 かく覚醒せり』『忠臣蔵狂詩曲No.5 中村仲蔵 出世階段』を拝見。このお方のドラマは面白いです。
だからこそこのドラマの美奈子のキャラクター設定が興味深い。源監督は美奈子をはたして「いい女、理想の女」として描いているのか、それとも(私が感じたように)「独りよがりの妙な女」として見ているのか…どちらでしょうね。やっぱり男性にとってはいい女なのかな。
綺麗で丁寧な画面に心動かされ、また一方美奈子の行動が理解できなくて混乱して頭がぐるぐる回ったドラマ。これからも色々と考えてしまいそう。後を引く。