英国を離れてもう17年が過ぎた。現在の英国のことはさっぱりわからないが、それでもあの国で過ごした10年間は大きな経験だった。今でも英国はなんとなく第2か第3かの故郷のような気がしている。間違っても米国本土は私の故郷にはなり得ない(これから住むつもりもない)ことを考えれば、英国はやはり第2の故郷と言ってもいいかもしれぬ。
その気持ちは旦那Aも一緒。彼は生粋のアメリカ人だが実は英国の国籍も持っている。4年間以上英国で仕事をし居住したことで英国の国籍を取得することができた(現在は5年間の居住が必要)。
私個人は先代エリザベスII世に比べてチャールズIII世にそれほど愛着があるわけではないが、1990年代後半の(ダイアナ妃の件を含む)様々な英国王室関連ニュースを、当時現地で日々目にしていた者として「とうとうあのチャールズ皇太子が王様になったのね」と大変感慨深い。あの時代…もうあの頃も遠い昔。そもそも皇太子がチャールズIII世になることは74年前に彼が誕生したその時から決まっていた。その日がとうとうやってきたのねと…ただただ感慨深い。
チャールズIII世といえば、彼は英国の有機農業のサポートをなさっていることもよく知られている。1990年には御本人の領地ハイグローブ・ハウス・エステートで取れた有機栽培の農産物をベースにした製品(クッキーが最初)で「The Duchy Originals」のブランド事業を立ち上げられ、それから現在は高級スーパーと提携した「Waitrose Duchy Organic」に深く関わっていらっしゃる。新しい王様は意識の高いお方なのですね。過去には色々あったとは言え、彼が偉大なる母・女王の後を継いでよき王になろうとしていることは間違いないと確信できる。
というわけで戴冠式はお祭りだ。
数日前からネット上の戴冠式関連の記事を読んでいたら「Coronation Quiche」の言葉を多く見かけた。キッシュとはフランスのオムレツタルト…タルト生地の皿に卵とクリームを混ぜたものに玉ねぎやベーコンやほうれん草にチーズを入れて焼いたもの。それがどうやら今回の英国王室公式のチャールズIII世戴冠式記念メニューと言うことらしい。ネット上には「当日はみんなでこれを作りましょう」などとレシピも出ていた。
ちなみに1953年のエリザベス女王様戴冠式のコロネーション(戴冠式)メニューは「コロネーション・チキン」で、マヨネーズとカレー粉を混ぜたチキンサラダのようなものだったそうだ。なんとも王室メニューとしては質素である。今回はキッシュならせめて温かいしおいしいだろう。
今回のコロネーション・メニューには、キッシュの他に有名シェフのケン・ホム氏のアジア風マリネのラム肉ローストや、ナディア・フセイン氏のナス料理、アダム・ハンドリング氏のイチゴと生姜のトライフル等々があったそうだ。
早速旦那Aが戴冠式の当日に「コロネーション・キッシュ」を作ろうと言い始めた。王室公式のレシピを見たらどうやらベジタリアンのキッシュで、中にソラマメを入れろとあった。おっと旦那Aはソラマメが食べられない。それにソラマメなどこの地では手に入らない。それならベーコンを入れよう。キッシュ・ロレーヌだ。それなら以前作ったこともあるから失敗もない(もはやコロネーション用ではなくただのキッシュだけれど)。
当日、金曜日の午後にキッシュ作り。フード・プロセッサーに小麦粉と角切りにした冷たいバターを入れてガリガリッと回し少しの冷水を加えてまたガリガリッと回したら生地の出来上がり。生地に触らないようにまとめてラップに包んで冷蔵庫で2時間寝かせる。その後、中身は旦那Aに任せた。タルトの生地を型に伸ばしてタルトの皿を作ったら、中身は…炒めた玉ねぎ、ベーコン、それに3種チーズとゆでほうれん草をタルト皿に散らし、上から卵とクリームを混ぜたものを流してオーブンで焼く。それにサラダやズッキーニ炒めなどを沿えてうちのコロネーション・ディナーの出来上がり。おいしかった。
テレビのチャンネルはBBC。戴冠式はこの地の真夜中0時から開始だが、夜の10時半頃にテレビを点けたらもう番組が始まっていたので風呂に入った後テレビの前に座る。そして朝の4時までライブで全部見た(物好きである)。王様と王妃様が豪華な黄金の馬車に乗ってバッキンガム宮殿に到着し、王族の方々がバルコニーで手を振った後、宮殿の中に入っていったところで特別番組は終了。ああ感無量。すごいね。やっぱり。派手派手だった。
去年エリザベス女王様の国葬のことを書いた時に、英国の王家の祖先は元々強い軍を持った勝利者であり(形式上とはいえ)現在も王や女王は国の軍隊の最高司令官であると書いたのだけれど、今回のウェストミンスター寺院から宮殿までの行進も大変豪華。本当にすごい。BBCが史上最大の軍人が並んだと言っていたけれど本当にすごいものだ。メディアの情報によると今回の戴冠式は前回のエリザベス女王の戴冠式よりも規模を小さくした(簡素化した)というのだから恐れ入る。英国王室は健在なり。大したものだねぇとまたまた感嘆する。軍服に馬上のアン王女が今回もかっこよかった。
戴冠式の行われたウェストミンスター寺院の中でのセレモニーは完全に宗教的儀式の様子。「So help me God.」が度々唱えられる。王権とは神から与えられたものである…との中世からの理念にもとづいた儀式だろう。これは今の時代の現実的な解釈をすれば宗教的な意味と共に、今までほぼ千年の間守られてきた伝統を次の世代が受け継いで守ることを公の場で誓う儀式という意味でも行われているものだろう。
しかしその現代的な解釈がどうであれ、チャールズIII世御本人とカミラ王妃は、あの厳かな儀式の瞬間に神様や祖先の方々の存在を実際にお感じになったのではないか。(私の想像ではあるが)古の時代から王や女王は儀式を通ることで彼らに与えられた使命を実感する…そのための大切な儀式なのだろう。伝統は大切だと私は信じる。リスペクトを込めて。
あれほどの豪華な、言葉ではほぼ言い表せないほどの歴史的な儀式を見た後、「王室は時代に合わないから」とか「不経済である」などの理由で、王室と王室の儀式を止めてしまうことが英国の国民にできるとは私には思えない。英国は、今でもあのような伝統を守っているからこその英国で、英国の王室は英国の大切なアイデンティティのひとつ。伝統的な儀式を継承していくことはやはり大切だと私は思う。
それは日本も同じ。長い時間をかけて守られてきた伝統は国のアイデンティティとなる。大切に守って欲しいと心から願います。
チャールズIII世の戴冠式が拝見できてよかったです。大変感慨深い。
God Save The King!