エリザベス女王の国葬の日は、昨日9月19日(月曜日)。その日の朝6時30分までLying-in-Stateが行われていて、葬儀の儀式はそれから数時間後の午前11時から開始された。
私が住むハワイと英国との時差は11時間。ロンドンの19日の午前10時45分にウェストミンスター・ホールから柩を寺院へ移動するマーチが始まった時、ここでは18日夜の11時45分。英国の女王様の国葬は、この地ではほぼ午前0時からの開始となった。BBCでは午後9時ぐらいから特別番組を放送開始。最初から見られるところまで見ようと準備してテレビの前に座った。
ほぼ午前0時から儀式が始まり、なんとかライブで午前3時まで見た(女王の柩がハイドパークを出た頃まで)。その後の3時間を録画予約して就寝。朝起きてから残りの3時間分(ロンドンからウィンザーまでの旅~ウィンザー郊外からの軍のマーチ~ウィンザー城内のSt George's Chapelでの儀式)をしっかりと見た。やっと見終わった。
すごかった。綺麗だった。ものすごかった。本当にすごい儀式だった。ただただ言葉を無くして感動した。美しかった。素晴らしかった。
各国からの要人を招いての
Westminster Abbey(寺院)での葬儀は、英国内とそれからcommonwealthの国々、友好国に向けての
公の儀式のように見えた。それに比べて
ウィンザー城のSt George's Chapelでの儀式はもっと
パーソナルな儀式…sermonsの内容も女王様個人と神との関係の話が多いように見えたのが印象的だった。ロンドンでは国の君主として、ウィンザー城では個人として…の儀式なのかと思った。
St George's Chapelでは、最後に柩から
君主の象徴である
王冠/Imperial State Crownと
勺杖/Scepter、
宝玉/Orbが柩から外され、柩の上にはチャールズIII世により「Queen's Company Camp Colour of the grenadier guards — a regimental flag that is specific to the queen」の旗がかけられた。柩はそのままエレベータで床下にゆっくりと下ろされ視界から消えた。その後女王様の柩はご家族だけの儀式でSt George's Chapel内に埋葬されるとのこと。全ては終わった。
感無量。70年間君臨なさって王家を守り続けた女王様。本当に偉大な女性だった。
英国の女王様の葬儀を見ていて考えたことを書いておこうと思う。
この国葬で一番考えさせられたのは、この葬儀の印象が(私が見た感じでは)
ほぼ70%の軍隊の儀式と30%の宗教の儀式だったことだ(あくまでも個人的な印象)。あまりにも大きな軍隊の儀式の印象。
寺院や教会での儀式が…
英国の君主が英国国教会の最高ガバナー (Supreme Governor of the Church of England)であることから、女王の葬儀が宗教の儀式であるのは当然のこと。しかしもっと大きな印象だったのは、あの
街中を延々と練り歩く軍隊のマーチだった。
大人数。整然と並んだ兵士達の美しさ。華やかで様々なデザインの軍服を着た兵士達。沢山の騎馬隊。マーチングバンド/鼓笛隊。そして軍服を着た国王と王族の方々も徒歩でマーチ。…その
全ては様式美。華美で豪華。英国各地の連隊とイギリス連邦/Commonwealth of Nationsからの連隊も加えて、今回の儀式の軍隊の人数は過去最大だったと聞く。それはそれは壮大でゴージャスな軍隊のマーチ。
その数は、およそ軍人6000人という記事もあれば、全ての軍のスタッフを合わせて10000人を超えたという記事もあった。とにかく大変な数である。
これはほぼ軍事パレードだと思った。
その理由は
英国の歴史と王室のあり方にある。
そもそも英国の君主とは
「Head of the British Armed Forces/
イギリス軍の司令官」
「Commander-in-Chief of the British Armed Forces/
イギリス軍の最高司令官」
そしてその意味は…
「 a role vested in the sovereign of the United Kingdom, according to British constitutional law/
英国憲法に従って、英国の主権者に与えられた役割である英国軍の最高指揮権」
とあった。
要するに、
英国の王/女王とは軍隊の最高司令官ということなのだ。もちろん現代に王が軍を自ら率いて戦うことはないが、形式上の最高司令官ということだ。なるほど。なるほどだ。そんな当たり前の事を今回あらためて納得。大きく頷いた。
ウェストミンスター界隈からバッキンガム宮殿の周り、そしてウィンザー城までの田舎道を長々と徒歩で歩く兵士達のボスは、
現在はチャールズIII世。しかし
9月8日までの最高司令官はあのエリザベスII世だったのだ。彼女は70年間も軍の司令官だったことになる。少し驚いた。そうか。そうなのだ。今回のあの英国史上最大数の軍隊の行進は、兵士達にとっては自分達の司令官の葬儀の行進だったわけだ。
理屈ではわかっていても実際に見せられると本当にすごいなと思う。
ロンドンの行進では、女王の柩は
海軍の砲架/State Gun Carriage of the Royal Navy(砲身をのせる台)に乗せられていた。その周りを何千人もの兵士達が歩く。いかにも軍隊の儀式だ。
女王様の軍隊の行進。すごいはずである。ところで英国の君主とはもちろん近年になってから「イギリス軍の司令官」になったわけではない。
英国の王家の祖先は、元々強い軍を持った征服者であった。
現在のイギリス王室の開祖はウィリアム征服王/William the Conqueror。
彼はノルマン朝の初代イングランド王。ノルマン朝/ノルマン人とは元々は北欧からフランスのノルマンディー地方に南下したバイキングの一族。彼らがノルマンディー公国を開きギヨーム/ウィリアムはそこの君主となった。そして彼は1066年に好機を見計らい、6000人の騎士を含む12000の兵を率いてイングランド南岸に侵入。在英の敵を討ち果たし
ウェストミンスター寺院でイングランド王ウィリアム1世として戴冠しイギリス王室の開祖となった。 歴史の中では、多くの国の王室の祖先は元々warlord/a supreme military leaderであることが多い。いつの時代も戦の勝利者が王になった。
英国の王室の祖先も元々強い軍隊を持った君主だった。
整然と並んだ軍隊のマーチは19世紀以前の戦場での進軍のマーチを想像させるし、鼓笛隊の演奏は兵士を鼓舞するための従軍の楽隊。全てが軍事パレード風味なのは、そもそも王室のルーツが強い軍を率いた君主の家系にあるからなのだろう。
そしてまたあの豪華な軍服での行進の理由も、英国の歴史によるものなのだろうと思った。
今でこそ西欧の国同士の戦争はなくなったが、19世紀の時代までは欧州の近隣の国々は度々戦争を繰り返していた。そんな時代、このような機会での(実質的な)軍事パレードは、国の内外に向けての軍事力の誇示の意味もあったのだろうと思った。軍の力を国外に示せば、外国/欧州近隣の国々には脅しとなるし、国内に向けては内政の安定(反乱が起きにくくなる)にも効果がある。また一般の国民に対しては「大きな力強い王室」の誇示にもなる。
だからこそあれほどのきらびやかな軍事パレードで、あの派手な軍服なのだ。国内の様々な連隊の軍服。騎馬隊のキラキラと派手な鎧。Scots GuardsだのIrish Guardsだのと色々とあって…興味が湧いたので今wkipediaで「List of British Army regiments and corps」と調べてみたら沢山の連隊が出て来た。昨日は彼らが全て揃っていたのだろうか。大変なものである。
あのような儀式での
派手な軍服が儀式用なのは明らか。全てが
軍隊の歴史的な遺産。しかしその軍隊の歴史的遺産を着て行進をしているのは、
実際のイギリス軍の兵士達なのだからおそれいる。彼らは様々な年代にデザインされた軍服…19世紀や、まさかの15世紀(ビーフイーター)などの様々な軍服を着て行進をしているが、彼らの持っている銃剣やマシンガンには
実弾が入っているのだろう。儀式のための飾りではない。(←おっと入っていないそうです)本当にすごいものだと思う。
女王様の軍隊は本物だった。儀式は女王様=軍隊の最高司令官のためのものだし、そして王室の方々も軍服を着て軍と共に行進する(プリンセス・ロイヤル・アン様がかっこよかった)。英国の王室と軍隊とは密接に関わっている。そんな様々なことをとりとめもなく考えて、全6時間の女王様の葬儀の放送を見届けた。圧倒された。本当にすごかった。
最後に女王様の馬・ポニーのエマちゃんと2匹のコーギーが出て来た時は泣きそうになった。