2026年8月17日月曜日

ハリケーン Lala の記録



停電が長く続いたのでそのことを記録します。備忘録


8月14日(金)
お昼を食べていたらなぜかリビングの窓の網戸が外れた。時々強い風が吹いていたからだと思うが初めての事。びっくりした。これから嵐が来るというので、嵐が通り過ぎてから取り付けようと、外れた網戸を玄関の中に入れた。



8月15日(土)
「チリコンカンが食べたい」とお昼頃に思った。旦那Aも「いいね、嵐が来るから早くスーパーに行こう」 と言う。そうか、ストームが来るか。それなら「パッと行って帰ってこよう」とお昼頃に出かけた。

時々強い風か吹いている。しかしまだ雨は降っていない。スーパーの駐車場は混んでいた。どうやら皆嵐に備えて買い物をしているらしい。

牛ひき肉を1ポンド買いその他のお肉や野菜などを買い込んだ。ついでに「Timesスーパーにも行きたい」…日本のドンキが買収した「Timesスーパー」では日本のお菓子やアイスが買える。せっかくだから柿ピーや日本のチョコやアイスが買いたい。胡麻ドレッシングも買いたい。

「パッと行って帰ってこよう」と言っていたのに、結局買い物に1時間以上かかった。ショッピングはいつも時間がかかる。


スーパーを出た時は交差点の信号が点いていた。ところがそこから車で1分ほど先の信号が消えていた。停電だ!信号が消えたばかりなので交通整理のポリスマンもまだ来ていない。なんとか交差点を避けて小道を回って家に帰り着いた。

家に帰り着いたのは午後2時過ぎ。停電になったばかりでまだ冷えている冷蔵庫に肉類とアイスを急いで詰め込む。そしてツナ缶とパン、買ってきたきゅうりなどで簡単な昼食をとった。

それから2時間以上(?)停電が続いた。

午後4時過ぎに電気が点いた。「あ、直った。今のうちにチリコンカンを作ろう」。それから料理をして夜7時半ごろに夕食。チリとコーンブレッドとサラダの簡単なものだがチリはおいしかった。買ってきた他の肉類を冷凍し、夜はいつものようにTVを見て過ごした。ニュースが嵐の様子を伝えていた。外では風が強くなっていた 。

夜シャワーを浴びた後の午後11時過ぎ、また停電!しょうがないので就寝。



8月16日(日)
午前2時頃にふと目が覚めたら階下のリビングやキッチンのライトが点けっぱなしなのに気付いた。停電が復旧していた。階下に行ってライトを消してまた就寝。窓の外の風はとても強く、雨がかなり激しく降っているのが音でわかった。

おそらく午前5時頃だろうか、激しい風や雨の音を聞きながらうとうとする。かなり大きな音だったと思う。激しい嵐の音。心配だったがそのまま寝続ける。

午前8時半頃に起床。枕元のiPadを手に取ったがWI-FIが落ちている。また停電だ。いつもモデムやWI-FIのルーターなどを繋いだバッテリーも落ちているということは、停電してから暫く時間が経っている。もしかしたら(さきほど激しい雨と風の音で目覚めた)午前5時頃から停電しているのかも。


さてうちの家の電話はケーブル会社のシステムに繋がっているため、(詳しくは知らないが)停電中は家の電話(Land Line)も使えない(停電で使えない Land Lineなんて意味がない!)。それからまた普段から家では携帯のシグナルが届きにくく、携帯の100%の機能が使えない。

…モデムとWI-FIがダウンでネットが使えない。家の電話も使えない。携帯はかろうじて電話とテキストができるだけ。携帯のネット機能(電力会社のFacebookなど)も十分に使えない)。とりあえず家の外に出れば、なんとかネットの情報が拾える。しかしコネクションは最低レベル。ダメダメ尽くしの停電時、外で何が起こっているのかわからない。

起きてきた旦那Aが遠方の仕事の仲間に電話とテキストをして「今日は仕事ができない」ことを伝える。事前に彼等には週末にハワイが嵐であることを伝えていたらしい。


早朝の嵐で家の外は荒れていた。いくつかのものが壊れてあるべき場所から離れた場所に転がって倒れていた。(物は直せるので大きな問題ではないが)この地に住んで今までで一番大きなダメージだと思う。風がよほど強かったのだろう。家の裏の庭は、全ての鉢植えが横に転がっている。幸い裏山の木々に関しては、数週間前に植木屋に頼んで大きな木々を伐採していたので被害はなかった。偶然とはいえラッキーだった。

私は電力会社 Hawaiian Electric (HECO) に携帯から電話し、電話番号を打ち込んで停電を電力会社に伝える。家の電話番号を打ち込むことで、その地域の停電のリポートが記録されることになっている。そのデータが電力会社からリリースされる「Power Outage Map」に反映される。

録音された情報では…オアフ島全島が停電中とのこと。何度電話しても「そちらの停電を認識しております」ばかり。あとで旦那Aが家の外でスマホにダウンロードした「Power Outage Map」も、オアフ全島が停電していることを示していた。


ランチをどこかに出かけられるといいと思ったが、そもそも道路の信号が消えていたら車を運転するのも危ない。やっぱり家から出るべきではないと結論づける。

お昼にはまたツナ缶ときゅうりと冷凍していたパンを解凍してサンドイッチ。停電がいつまで続くか不明なので、できるだけ冷蔵庫を開けないように注意した。ドアを少し開けてマヨネーズを取り出す。

昨晩のチリコンカンは就寝前に冷蔵庫に入れたので大丈夫なはず。しかしこれから停電がどれほど長く続くのかはわからない。明日まで停電だったら、昨日買った日本のアイスや冷凍したお肉がダメになる。


午後は久しぶりに本を開く…(まだ読み終わっていない)英国のワイン・エッセー  CJ&PK 両氏の「I've Bought It, So I’ll Drink It」を読む。それからiPadを充電してあったので、Kindleでダウンロードしていた Steven Petrow 氏の「Stupid Things I Won't Do When I Get Old」をソファーに寝転がって読んだ。しかしソファーで読書をすれば眠くなる。また情報を求めて電力会社に電話をし、午後はダラダラと過ごした。

電話での電力会社の情報は、音声で全島が停電していることを伝えるのみ。(いつもの小規模な停電なら知ることが出来る)いつ復旧するかの情報は無い。午後5時を過ぎる頃になると流石に不安になってきた。停電してから12時間が過ぎている。冷蔵庫はほとんど開けずに過ごしているが、このまま停電が続けば面倒なことになる。


日が暮れてきたので蝋燭を灯した。停電の多いハワイではデコレーションの蝋燭が実際に役に立つ。暗くなって本格的に不安になり始めた頃の夜7時半過ぎ、家のどこかの機器のピピッっという音とともに電気が通った!やった! ありがたい。ほっとした。


冷蔵庫の温度を記しておこう

普段電気が通っている時の温度は…
     冷蔵庫・+3 °C、
     冷凍庫・-18 °C

今回12時間以上の停電(ほとんどドアを開けない状態で)
     冷蔵庫・+11 °C
     冷凍庫・-2 °C


(ほとんどドアを開けなかった)冷凍庫が -2度で頑張ってくれていた。日本のアイスは少し柔らかくなっていたけれど、氷は凍っていた。0度を超えなかったのは幸いした。ほっとした。冷蔵庫は生ものがあまり入っていないので大丈夫。チーズやヨーグルトも大丈夫だろう。野菜類は問題なし。

午後8時頃、冷蔵庫のチリを温めて昨日と同じ食事。料理をしなくてよかったので助かった。


なんとか嵐は終わった。ネットが繋がるようになってお天気マップを見たら、Lalaはもうオアフ島の西に抜けていた。

やっぱりカセットコンロはあった方がいいと思った。せめてお茶やコーヒーが飲めるだけでもいい。こんどドンキに見にいこう。