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2025年2月12日水曜日

20世紀を代表する二人のソプラノ…マリア・カラスとジョーン・サザランドを考える



マリア・カラスの名前を最初に知ったのはおそらく日本のバブルの頃、私が20代に読んだファッション雑誌の記事だったと思う。あれはELLEだったかmarie claireだっただろうか。

マリア・カラスは20世紀最高のソプラノと言われるオペラ歌手。レジェンド。しかし私は長い間彼女の声を聴くこともなく雑誌の記事で読んだ彼女のゴシップ記事だけを覚えていた…

…彼女は「20世紀最大の海運王」と呼ばれたギリシャ人の大富豪アリストテレス・オナシス(Αριστοτέλης Ωνάσης、Aristotle Socrates Onassis)と(不倫の時期も含めて)9年もの間恋人同士でありながらも結婚することはなかった。その後オナシス氏はジャクリーン・ケネディ(米国ケネディ大統領の未亡人)と結婚する。…それはマリア・カラスの実らなかった恋だったのか。彼女は哀しみの歌姫なのか…。そのような印象を持ったと記憶している。

私はその後も長い間彼女の声を聴かなかった。当時はインターネットも無く、雑誌で彼女のことを知ってもすぐに彼女の声が聴けるわけではなかった。当時の私はオペラに興味を持つこともなかったので、レコードショップや(当時一般的になり始めていた)CDショップで彼女の声を聴いてみようとも思わなかった。



その後、最初にマリアカラスの声を聴いたのは英国のCDショップだった。1990年代の後半、巨大CDショップ(ピカデリーのタワー・レコードだったか)のクラシックのコーナーを歩いていたら、試聴コーナーにマリア・カラスのCDが置いてるのを見つけた。「あ、あのマリア・カラスだ。聴かなきゃ」早速ヘッドフォンを頭にのせて聴いてみた…

「ん…? これ? これが20世紀最高のソプラノ…の声?」

首を傾げた。当時の私にオペラの知識は一切なかった。胸をワクワクさせての初マリア・カラスだったのだが、どうもしっくりこなかった。「声が…。ボーっとしてクリアじゃない。音が揺れる?これが…? 」

ヘッドフォンをラックに戻し、私は簡単に結論を出してしまった。

「マリア・カラスの声はあまり好きじゃないと思う…」

たぶん声が好みではなかったということか。音が揺れるのがどうもしっくりとこない。もっとピリッと正確に歌う人の方がいい。

当時の私はオペラというものが何であるのか、全くわかっていなかった。



その後も度々CDの試聴コーナーで聴いてみる様々なソプラノ歌手の歌。しかし私はソプラノを素直に気持ちよいと思うことが少なかった。もしかしたら高音の女性の声が苦手なのではないか。

ソプラノを聴いていて一番気になったのは、よくある音の不正確さ。あの「揺れ」とも言えるような音のニュアンスは、私には音を外しているようにさえ聴こえた。いかにもオペラ慣れしていない人間の言うことだと今なら思う。

…オペラの歌とは(おそらく)音の正確さのみを競うものではない。



ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで実際に見たオペラは2つ。「椿姫/La traviata」と「蝶々夫人/Madama Butterfly」。どうせ見るならとステージに近い真ん中の席で見たら、とんでもなく圧倒されて涙が出た。とくに「蝶々夫人」には耳と心臓に効いた。エネルギーがものすごかった。オペラの生のステージって面白いなと思った。しかしまだオペラに馴染んだわけではない。



ハワイに移り住んでから数年たったある年、義両親がHOT(Hawaii Opera Theater)のシーズン・チケットをクリスマス・プレゼントに買ってくれた。それが2年ほど続いた後、オペラも「面白いのかも」と思い始めた。そこで今度は自分達で席を選んでオペラのチケットを買うようになった。

それから今までハワイで見たオペラは26作品(同じものもある)。最初は何もわからずに見始めたが、2017年に20作品目に見た『ホフマン物語/The Tales of Hoffmann/Les contes d'Hoffmann』からはこのブログにも感想を記すようになった。少しづつオペラの楽しみ方もわかり始めたように思う。

オペラはオーケストラであり、歌であり、なによりもステージ上の演劇である。



このブログに2018年に記録したオペラ『ロメオとジュリエット/Roméo et Juliette』。グノー作の曲が大変美しく、また曲を聴きたいと思いYouTubeを探していくつか聴いてみた。そして気に入ったのがジョーン・サザランド/Joan Sutherlandの「私は夢に生きたい/Je veux vivre」。その映像をこのブログにも貼り付けた。

OPERA★『ロメオとジュリエット/Roméo et Juliette』by Charles Gounod, - October 12, 2018     ---2018/10/17 

そのジョーン・サザランドの歌がいいと思ったのは、音が正確だと思ったから。上手いから。特に録音された音をヘッドフォンで聴く場合は、音の正確さが気持ちがいい。難しい曲を巧みに歌うサザランドさんの歌声を聴いて「まぁ~なんと上手い人だろう」と感心した。超人的に上手い。



そしてここのところ数日間、機会があってマリア・カラスのことを考えていた。

初めてマリア・カラスの声をロンドンの試聴コーナーで聴いて心動かされなかったあの時から、私は今まで一度もマリア・カラスを聴かなかった。早速もう一度YouTubeに行ってマリア・カラスを聴いてみた。

なんか…わかった。彼女がなぜスーパー・スターなのかが少しわかった気がした。


Maria Callas sings "Casta Diva" (Bellini: Norma, Act 1)



聴いた曲はYouTubeを検索して一番上に出てきた「Casta Diva」 (Bellini: Norma, Act 1)。マリア・カラスをの歌う映像を初めて見た。そして彼女のいくつかの他のオペラのシーンの映像も見てみた。

綺麗な人。細くてエレガント。とても美しい人。声は丸みを帯びていて柔らかい。ソプラノなのに(他のソプラノのように)決してヒステリックに聴こえない。大人のソプラノ。ソプラノなのに落ち着いて聞こえる。エレガントな響き。

そう。これだ。彼女が歌うからこそ、彼女の歌う姿を見るからこそ、あの「揺れ」も「ボーっとした声」もエレガントに聴こえるのだ。以前「不正確で心地悪い」と思ったあの「揺れ」こそが今はエレガントに聴こえる。

若いソプラノが声を全面に押し出すように大声を張り上げるのを聴いても私の心は動かない。ソプラノというものに対して、私がず~っと前から「ソプラノはヒステリック」だと思っていた印象は今もおそらく変わっていない。ソプラノは人による。その人の声によって好きか嫌いかがはっきりと出る。


マリア・カラスの彼女のステージ・プレゼンスやカリスマ…175 cmの長身はすらりとしていて美しい、小さく纏めた髪の小さなお顔に大きな目鼻立ち、エレガントな人。1950年代~60年代に流行っていた都会的なブルネット。表情豊かな太い眉毛。アイラインをしっかりと引いた舞台でも映えるエキゾチックな濃いお顔。彼女はとてもエレガントな人だった。

その彼女が眉を上下によく動かし、頭を揺らし、泣きそうな顔、時には笑顔になりながら、美しい声で歌う。強いトーンで歌った後に、細く繊細な高音が続く。あぁ…驚くほど心を動かされる。たった7分間の映像なのに私は涙ぐんでしまった。

彼女がスーパースターなのは、これなのだと少しだけわかった気がした。


ステージで歌う彼女は立ち姿も美しい。そしてその女性は、20世紀のオペラの演目のスタンダードまで変えてしまうほどのアーティスティックな天才シンガーだった。

彼女の声はソプラノとしてはスタンダードではないのだそうだ。彼女の声を「醜い声」と言う人々もいた。しかしその彼女の「完璧でない声」こそが他のシンガーにはない「忘れがたいような独特の色彩と音色」を生み出した。彼女の中音域はオーボエだとかクラリネットのようだと言われるような独特な響きを持っていた。 …確かにオーボエ、クラリネットのよう…それがいい音だと今は思う。声に棘がなく心地よく感じる。

彼女の歌声の良し悪しを語ることは私には出来ない。しかしネット上を漁れば(特に英文のWikipedia)には彼女の上手さや特殊な声、テクニックなどが事細かに説明されている。


そして人並外れた演技力。彼女はまるで役の人物になったかのように表情豊かに芝居をし歌う。笑い、泣き、ステージ上で役の人物の人生を演じ切る。

英語版Wikipediaにあるイタリア人批評家の言葉の訳(DeepL)をここに乗せておこう

彼女の秘密は、彼女が演じる人物の苦しみ、失われた幸福へのノスタルジックな憧れ、希望と絶望の間の不安な揺れ動き、高慢と懇願の間の不安な揺れ動き、皮肉と寛大さの間の不安な揺れ動きを、音楽の平面に移し替える能力にある。最も多様で正反対の感情、残酷な欺瞞、野心的な欲望、燃えるような優しさ、悲痛な犠牲、あらゆる心の苦しみが、彼女の歌の中で、オペラの最大の魅力である神秘的な真実、心理的な響きを獲得するのだ



オペラは歌のある芝居…歌劇
なのだ。オペラ歌手の魅力とは、その歌手がステージに立ってどれだけ輝くか…なのだと今ならわかる。オペラ歌手の魅力は、歌声はもちろんのこと、しかしそれ以上にステージ上のプレゼンスとカリスマ。観客の視線を惹きつけて離さない…その人本人の魅力も大きいのだろう。

マリア・カラスにはそれらの全てがあったのだろうと想像する。彼女の魅力はCDを聴くだけではわからないのだろうと思う。

マリア・カラスはアイドル、いやロックスターのような人だったのだろう。スタイリッシュな美しい歌姫は独特な声を持つ唯一無二のスーパースター。彼女が街にやってくるだけで、人々はドキドキして彼女のショーのチケットを買い、彼女の生の歌声に聞き惚れたのだろうと思う。男性の観客は彼女に恋をし、女性は彼女に心を寄せ共に泣いたのだろう。

マリア・カラスの本当の凄さは生のステージでのみ経験できることだったのだろうと想像する。



今回マリアカラスのことを調べていて新しく知ったことがある。それが前述のソプラノの歌手ジョーン・サザランド。

彼女はオーストラリア出身。金髪で高身長のいかにも大柄な北欧タイプのルックスのオペラ歌手。彼女もマリアカラスと共に1950年代後半から1980年代にかけてのオペラの「ベルカントの復活」の立役者だということ、そして彼女も20世紀を代表するソプラノ歌手であることを私は今回初めて知った。

ジョーン・サザランドとマリア・カラスは共に20世紀を代表するソプラノと言われている。そのためオペラ・ファンの間では2人を比べてどちらがより優れているのかの討論がよく行われるのだそうだ。

二人を比べるのに、それぞれの特性からマリア・カラスは「La Divina/神々しい者」と呼ばれ、サザランドは「La Stupenda/驚異的な者」と呼ばれている。

ジョーン・サザランドが声の質とボリューム、技巧的にもとにかく上手いシンガーであるのに対して、マリア・カラスはよりアーティスティックであると言われることが多いようだ。声の質からすればサザランドの声の方がストレートに響くが、マリアカラスの表現力は比べ物にならないほど優れている。時にサザランドは演技をせずに歌を歌うことに集中しているように見えたとの証言もある。

つまりは、サザランドは声が優れていて上手いが、演技は下手。マリア・カラスは声の質は好き好きだが優れたテクニックで特異な声を魅力的に響かせ、それ以上に彼女は演技力が最も優れている…そのような批評が多い。もちろんどちらも20世紀を代表するソプラノであることは間違いない。ただタイプが違うだけに人によって好みが別れるところなのだろう。



私も最初はサザランドの「音」に惹かれた。CDやYouTubeで歌をただ「音」として聴くのなら、私はサザランドの声を心地よいと思った。ヘッドフォンで聴くのならサザランドを選ぶ。しかし今回彼女達の映像を見て、また今までオペラをいくつか見てきた経験からオペラがただ歌唱の技巧に聴き惚れるだけのものではなく、歌の「演劇」であることを考えると、マリア・カラスの方が(おそらく)見ていて楽しいだろうなと思った。実際にYouTubeでサザランドのオペラでの映像を見るとあまり魅力的に感じなかった。そのあたりが、マリア・カラスが20世紀最高の…と言われる理由のひとつなのだろうとも思う。

そして映像で見てマリア・カラスの「味」がわかるようになると、今度は映像を伴わない「音」だけでもマリア・カラスの声がもっとよく聴こえるようになったような気もする。それが彼女のスター性、アイドル性なのだろうとも思った。


マリア・カラスは努力の人だっただそうだ。元々は体重が100 kg近くもあったのに努力をして50 kg台に落としたのだという(そのために声の質が落ちたと言われることもある)。ソプラノのパートを歌うためにオーケストラの全ての楽譜にも目を通したそうだ。彼女は激しい性格でもよく知られているらしいが、YouTubeでインタビューを見ているとそれほど嫌な女には見えない。かなりメディアに作られたイメージも大きいのではないかと思ったが、本当はどうなのだろう。