2012年2月25日土曜日

佐藤浩市の役者論(あさイチ、ゲスト;三浦春馬)


金曜日の「あさイチ」のゲストが三浦春馬さん。またもや最近の日本の芸能界に疎い私には初めて見る俳優さんだったのだが、綺麗な人だと思った。その番組中、俳優の佐藤浩市さんへのインタビューがあって、ちょっとした役者論を語っていらした。面白いので、記録したい。


「春馬君は子役からやっているが、よくいる言われたまま役者をやっている子役上がりの役者と違って、よく考えてやっている。…が、僕等(佐藤浩市さん)の世代に比べて、破綻が無い。いい意味でも、悪い意味でも、いろいろと見え過ぎているのではないか。
役者として単純に昔の世代のように、ただ遊べばそれが芸の肥やしになるとは限らないが、時に遊ぶ中で人を傷つけたり傷つけられたりすることが芸の肥やしになることもある。春馬君は身長も180cmで甘いマスクで、弱点が無い。だが、これからその部分と本人が戦っていくのだろう。
「人の記憶に残る役者になろう」と言ったのは、そもそも人の記憶に残る作品と出会うことが難しいこと、そのうえに自分の役が半永久的に人の記憶に残ることが難しいという状況で、それでも出来れば記憶に残る役者になりたい。それを自覚すること。そこまでして人の記憶に残りたいとすがるような役者の弱さを自覚して生きていく。そういうこと(人からの評価)に、すがらないといけない役者をやることの無常観をひきずりながらこの仕事を続けてほしい。」


お二人とも真面目な方々だなと思う。佐藤さんも、三浦さんの真面目な性格をわかった上で、こういう話をされたのだろう。最初の方の「破綻」の話は、そのまま世代論ともとれるわけで非常に興味深い。「真面目すぎるからもっとやんちゃでもいい。女遊びでも酒でも、もっと馬鹿になっていい。そうやって若いうちに体当たりで人や物事にぶつかっていけば、それが将来役者として役に立つ。」ということなのだろう。佐藤さんが今の若い世代の人を見て、ご自分の若い頃と比べて思うことなのだろうか。80年代前半頃までの日本は、今に比べるといろんな意味でずっと野蛮だった。当時の若い人たちの振る舞いも、今よりずーっと野蛮だったのだろうと思う。…が、その分役者として演じられる役柄の幅は今より広かったかもしれない。世間も、ある程度ならそういう若者のオイタを受け入れる余裕があったのだろう。佐藤さんはそういう事を話されているのじゃないかと思った。

もし、世間が規格外のもの(俳優も映画も)を好まず、優等生的な予定調和型の役者ばかりを賞賛するのであれば、日本の映画界や演劇界全体が、小さくこじんまりとまとまってしまいかねない。それは監督も俳優も同じことだ。このままではいけないという佐藤さんの世代の危機感かもしれない。以前のエントリーで大河ドラマ「秀吉」の役者の顔の話をしたのだが、実際に今と比べて、団塊の世代までの役者の顔は全然違う。時代性の違いだという気がしてならない。

それから弱点の話。三浦さんはまだ21歳。非常に綺麗で清潔な印象で、それが今の彼の最大の魅力だ。若くて万人うけするイケメンでルックスがいい等、一見、人としても役者としてもハンデが無い。…が、今までに「いい俳優、上手い俳優」と言われてきた人たちはむしろ美しいだけではない人のほうが多い。松田優作さん、緒形拳さん、西田敏行さん、永瀬正敏さん、香川照之さん、昔なら佐藤さんのお父さんの三國連太郎さん(イヤこの人は若いころ超絶イケメン。ただ存在感がすごすぎる)、森繁久弥さん。勝新太郎さんはすごい迫力だった。三浦さんのように、綺麗な顔、一見弱点が無いことが、役者として弱点にもなり得る事を言っているのだと思う。それを自覚した方がいいと。ハリウッドでさえそんな話を聞く。ブラッド・ピットが『テルマ&ルイーズ』の後、イケメン俳優のタイプキャストに陥らないように苦労をしたのは有名な話だ。三浦さんはまだ21歳、まだそんなことは気にしなくていいと思うが、こういう可能性を知っておくことは大切なことだ。

その上で最後に、「役者というものが、自分本位の自己満足で出来る仕事ではなく、常に他人からの評価を頼りにしなければいけないこと。それに対して(いろいろと思うこともあるだろうが)その事実を自覚するように」と言っている。「謙虚さを忘れるな」ということだろうか。これは多くの若い世代の俳優さん達全てに当てはまるものだろうと思う。佐藤さんはほんとうに優しい先輩だなと思う。


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NHK大河ドラマ「秀吉」-4 -俳優の顔