普段からアメリカの報道番組『60 Minutes』を録画して見ている。ここのところ忙しくて数週間分の録画を見ていなかった。昨日見たのは9月22日放送の回。
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"Know My Name": Author and sexual assault survivor Chanel
Miller's full "60 Minutes" interview『私の名前を知って』の著者で性的暴行から立ち直ったシャネル・ミラーさんのフル「60 Minutes」インタビュー
For years
she was known as "Emily Doe," the young woman sexually assaulted in
2015 by Brock Turner. Now, Chanel Miller is reclaiming her story
彼女は数年間…2015年にブロック・ターナーに性的暴行を受けた若い女性「エミリー・ドウ」の名前で知られていた。今シャネル・ミラーさんが事実を回想する。
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この事件の事を私が知ったのは、今年9月の日本のYahoo!のニュース記事。2015年、当時23歳だった女性が酒を飲みすぎて泥酔中にスタンフォード大の学生から性的暴行を受けた。今まで仮名エミリー・ドウとして知られていたその女性の名はシャネル・ミラーさん。実名を公表し事件の回想録を出版したというものだった。その記事には被害者シャネルさんの写真と共に、加害者ブロック・ターナーの写真も載っていた。
加害者が白人(金髪碧眼)で将来を約束された名門大学の学生で優秀なスポーツ選手、そして被害者シャネルさんがアジア人の女性ということが心に残った。
ターナーは有罪にはなったものの(実質)3ヶ月の禁錮刑しか受けなかった…なぜなら判事がターナーのことを「将来のある若い有望な生徒」だと判断したから刑を軽くした…とかなんとか…。そのことに非常に腹が立った。なんともやり場の無い怒り。やっぱりね…これがこの米国の男性優位社会、人種問題の歪みというものなのだろう。
…その後もYahoo!のニュース記事の下に(件の記事の広告としてに表示される)犯人ブロック・ターナーの小さな写真。その写真に吐き気を覚えた。彼の記事を読むつもりはない。もうそんな話は嫌。知りたくない。どうせアメリカの白人の男が優遇され、アジア人の女性は辛い思いをする…そんな記事など読みたくはない。
時間が過ぎ、ニュース記事の下にターナーの写真は出てこなくなった。事件の事も被害者の女性のことも忘れかけていた。そういう状態で昨日見た『60 Minutes』9月22日放送の回。
番組の彼女へのインタビューはほぼ30分間。これは彼女が初めてTV出演して自らの言葉で事件のこと語ったもの。
私はこのインタビューで初めて事件の詳細を知った。この番組で興味を持ち、世界中で話題になった彼女の『A victim impact statement』(後述)も全文をすぐに読んだ。そしてこの事件がいかにこの女性を精神的に社会的に傷つけたのか、またその後も(犯人による暴行だけでなく)裁判のプロセス、判決がいかにこの女性を傷つけ打ちのめしたのかを知った。シャネルさんは番組中、冷静に言葉を選びながらインタビュアーの質問に答える。
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●インタビュアーのシャネル・ミラーさんへの質問
「(事件の日)あなたは意識がなくなるまでお酒を飲んですきを見せた…それを非難する人々がいますが、それにどう答えますか?」
★シャネルさん
「“Rape is not a punishment for getting drunk,” “We have this sick mindset in our culture — you deserve rape if you drink to excess. You deserve a hangover, a really bad hangover. You don’t deserve to have someone put their body parts inside you.”
レイプは酔っ払うことに対する罰(ばつ)ではありません。私達の社会には醜い考え方があります ― お酒を飲みすぎたならレイプされるのはしかたがない/自業自得だと。 二日酔い、酷い二日酔いならしかたがないことです。しかし知らない他人が身体のパーツをあなた(女性の)身体の中に入れることは、しかたがないこと/当然の報いではありません」「“Rape is not a punishment for getting drunk,” “We have this sick mindset in our culture — you deserve rape if you drink to excess. You deserve a hangover, a really bad hangover. You don’t deserve to have someone put their body parts inside you.”
★彼女を担当した地方検事代理のAlaleh Kianerciさんは言う
(このケースが特殊なのは)「ターナーがスタンフォード大の、オリンピック候補選手とも期待された水泳選手で、非常に特権的なスポーツマンの学生だったこと。そしてシャネルはその夜、泥酔して記憶がなく、行為に同意した可能性はないということです」●インタビュアー
「ターナーが特権的なスタンフォード大の学生であることとということが、どう影響するのか?彼を起訴するのがどう難しいのか?」
★ Alaleh Kianerciさん
「A lotta people were looking at what Brock Turner had to
lose, versus what he did to Chanel. And so the narrative changed. We were almost
on the defense, explaining why Chanel got too intoxicated instead of focusing
the attention on, why did he think it was okay? Why did he think that he could
take advantage of her when she was in such a vulnerable state?多くの人々は、ブロック・ターナーがシャネルに何をしたかを見ようとはせず、(この事件で)彼が何を失わなければならないのかを見ていた。そのため論議の流れが変わりました。私達は…シャネルがなぜそれほど泥酔したのか?について・・・弁明をしなければならなかった。何故ターナーがその暴力行為をいいと思ったのか? なぜ彼は彼女の弱々しい状態につけこんで暴行しようと思ったのか?…などの論点は注目されなかったのです。」
シャネルさんはその後、精神的にも肉体的にも弱っていく。
★シャネルさん
「もし皆が(この事件の)被害者が私だと知ったら耐えられないほどの屈辱だと思った。私は自分を汚く、恥だと思った。児童書を書くのが夢だったのに、子供達の両親はこんな私をロールモデルだとは思わないだろう。私はただゴミ箱の後ろに捨てられた、酔っ払いで、半裸の身体でしかない」
「もし皆が(この事件の)被害者が私だと知ったら耐えられないほどの屈辱だと思った。私は自分を汚く、恥だと思った。児童書を書くのが夢だったのに、子供達の両親はこんな私をロールモデルだとは思わないだろう。私はただゴミ箱の後ろに捨てられた、酔っ払いで、半裸の身体でしかない」
そしてその後に続く裁判で、彼女は犯人に初めて対峙する。法廷での彼女に対する仕打ちは想像を絶するものだった。
★Alaleh Kianerciさん
「It is incredibly difficult for a victim of sexual assault to walk into court in front of their perpetrator and recount the worst thing that happened to them in a room full of strangers.
性的暴行を受けた女性にとって法廷に立つことは耐えられないほど辛いことです。犯人に対峙し、多くの見知らぬ人々の前で、自らに起こった最悪の事態について語らなければならない」
そして、(事件の起こった夜に)シャネルさんが泥酔していてその記憶がなかったために、ターナーと弁護士側は、彼の立場をよくするための「作り話」を始めたという。…彼女が彼に好意を示して誘いかけ、彼女が彼との親密な好意を楽しみ、彼女が彼との性行為に同意し、彼女は性的に興奮していた…という。全てが作り話。
★シャネルさん
「怒りがおさまらなかった。なぜこのような酷い事が許されるのだろう。理解できなかった。(法廷では)何度も繰り返してまた暴行を受けたように感じた。一度起こった事件を何度も何度も再現させられる」また法廷では、シャネルさんが暴行を受けた際の証拠写真を何度も大勢の人々の前に提示された上、(もっと酷い事に)彼女が何か証言をしようとすれば、ターナーの弁護士が彼女の言葉を遮り何度も割り込んできて、彼女の言葉一つ一つをターナーに都合のいいように捻じ曲げようとする。
★シャネルさん
「私は法廷で起こっていることの全てを詳細に記憶しようと思った。そして文章に書こうと思った。そうすればこの経験は失われることはない」
そうやって彼女の回想録『Know My Name(私の名前を知って)』は書かれた。彼女はこの本で「この国の刑事司法制度は、最も弱った被害者を見捨てている」と論じる。
裁判の結果、12人の陪審員は全員がターナーを有罪だと告げた。しかしそれで終わりではない。量刑の宣告は2ヵ月後。シャネルさんは地方検事代理人から「A victim impact statement/被害者影響報告書(声明文)」を書くように告げられる。被害者影響報告書とは、犯罪の被害者が受けた身体的・精神的・経済的・社会的な影響を裁判所に伝えるための文書。被害者自らがターナーに向けて、また法廷に向けて読み上げた声明文なのだ。
その文章が世界を動かした。
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A victim impact statement/被害者影響報告書(声明文) 全文
https://www.sccgov.org/sites/da/newsroom/newsreleases/Documents/B-Turner%20VIS.pdf
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★地方検事代理Alaleh Kianerciさん
「When I first read her letter I immediately shared it with people because I thought, "This is so good. This is what we see victims go through, what we know that they go through, but it's never been summarized in such an articulate and profound way."
この文章を初めて読んだ時、私は直ぐに周りの皆にシェアしたのです「これは素晴らしい」と。これこそが私達(検事側)が見る(暴行の)被害者が経験する全てのことです。私達は彼女達が経験することをわかっているけれど、この彼女の文章ほど事実を正確に、心から深く真実をまとめたものは他にないでしょう」
★シャネルさんの報告書より抜粋(ターナーに語りかける文章)
「Your damage was concrete; stripped of titles, degrees, enrollment. My damage was internal, unseen. I carry it with me. You took away my worth, my privacy, my energy, my time, my safety, my intimacy, my confidence, my own voice, until today
あなたへのダメージは事実です。あなたは大学での地位、学位、資格をを失った。私へのダメージは私の内面へのもの。目で見ることはできないけれど、私はそれを内面に抱えている。今日のこの日までに、あなたは私から、私の価値を奪い、私のプライバシーを奪い、私の活力、私の時間、私の安心感、私の親密な関係を、私の自信を、私自身の声を奪い取った。」
その後、判事Aaron Perskyは彼女の言葉を受け取ったものの、また同時にターナーの人柄の良さ、また彼が酔っていた事、そして刑務所が彼の人生に与える影響を考慮し、ターナーに禁錮6ヶ月の刑を申し渡した…もし彼が正しく振舞えば刑期は3ヶ月に短縮される。検事側は6年間の禁錮刑を求刑していたというのに。
★シャネルさんは続ける
「ショックを受けました。ターナーは3つの重罪を犯したにもかかわらず、3ヶ月で刑を終える。若い有色人種の青年が(例えば)ほんの少しのマリワナをポケットに持っていた等の暴力的ではない軽い刑で、もっと長い刑罰を受けているのに。ターナーは3つの重罪を犯したんです。それぞれの重罪にたった1ヶ月の刑を受けるだけなのです。どうやって私にそれを(納得できるように)説明するのでしょう」しかしその後、アメリカのニュースサイト『Buzzfeed』が法廷での彼女の「A victim impact statement/被害者影響報告書(声明文)」の全文を掲載したいと申し出てきた。彼女は掲載を同意する。
直ぐにその記事に反応が起こった。その文章を載せたページのビュー・カウントが10万を超え、50万を超え、そして100万のヒットカウントを記録。そのページは4日間で1千1百万のヒットをカウントした。その間に彼女の報告書は世界中に広められ、数々の新聞も彼女の報告書を掲載し、ついにその文章全文は、米国連邦議会にて議員により読み上げられ、それはテレビで放送された。そして世界中からその文章は(動画サイトなどで)多くの人々により読み上げられる。
彼女の元には多くの被害者の女性達からの手紙やメールが届き始める。今まで誰にも言えなかった被害を初めて訴えた女性もいた。それらの手紙にシャネルさんの心も救われているという。
またターナーに対しての刑にも世間から注目が集まった。彼への軽い刑に対しての人々の不満はいつしか国を挙げての大きな怒りの声に変わった。カリフォルニア州サンタクララ郡の住民投票により、判事 Aaron Perskyは罷免され、カリフォルニア州での性暴力に関する州法は厳しく改められることとなった。
ターナーは郡刑務所で3カ月服役した後、釈放された。彼の名前は誰でもネット上で閲覧可能な米国の性犯罪者リストに登録されている。
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番組の紹介になってしまったけれど、ここに書きたかったのは、彼女の「A victim impact statement/被害者影響報告書(声明文)」のこと。この世界を動かした文章の事を私は昨日まで知らなかった。長い文章だけれど、これは多くの人に読まれるべきものだと思う。
女性が性的暴力の被害にあった時、被害者の女性に何が起こるのか? それが女性にとって精神的、社会的にどれほど耐え難く辛いものなのか? その苦痛がどれほど深刻なものなのか? そして被害者は(加害者を罰するためにあるはずの)裁判のプロセスでも、更に何度も何度も精神的に傷つけられる。被害者の心は何度も社会に痛めつけられる。被害者の家族も傷つけられる。そして被害者が受けた暴力の事実、彼女が受けた精神的な苦しみは一生消えることはない。
このことは男性にも知ってもらいたいと思う。
シャネルさんは立ち直れないほどの精神的被害を受けながらも、勇気を持って性的暴行の被害者の女性が辿るプロセスを正確に克明に記した。性的暴力を受けた女性がこれほど傷つけられるものだとは正直私も十分には理解できていなかった。
性的暴力はどんな状況にあったとしても加害者が悪い。乱暴をした加害者が悪い。被害者は決して非難されるべきではない。被害者がどんなに酔っていようと羽目をはずそうと…相手を傷つけることを選んだのは加害者の意思。どのような言い訳もできない。どのような状況であっても加害者が悪い。
それを私達は本当に理解していただろうか? 彼女の文章から学んだことは多い。
これは全ての女性が読んだほうがいい。そして男性も読んだ方がいいと思う。それから法に関わる専門家の方々にもぜひ読んで欲しい。(その場の状況や被害者の行動により)仮に10%でも性的暴力の被害者を非難するような気持ちがあなたの心にあったとしたら、それは今すぐ改めるべきだと思う。性的暴力はどんな状況にあったとしても自制心を保てなかった加害者が悪い。どんな状況でも言い逃れはできない。
知性と勇気は暴力に勝つ。一人の女性の文章が社会を変えることもある。シャネルさんは勇気を振り絞ってそれを実践した。彼女の勇気を心から称えたい。
上にもリンクを貼ったが、もう一度ここにとりあげよう。
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「A victim impact statement/被害者影響報告書(声明文)」全文(文章のみ)
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シャネルさんが報告書を読み上げる動画を紹介している。
Chanel Miller reads her entire victim impact statement
シャネル・ミラーが被害者影響報告書全文を読む。The powerful letter "Emily Doe" wrote to address Brock Turner went viral around the world. Here she reads the words herself(ブロック・ターナーに宛てたエミリー・ドウ(仮名)による力強いレターは世界中で話題になった。彼女が自らその言葉を読み上げる)
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日本語への訳をなさっている方がいっらしゃいます。ニューヨークの弁護士さん 渡辺葉さんが全文の和訳をなさってます。ブログ「空色庵・葉的MANHATTAN HOUR」の中の2016年6月13日付けの記事。
直リンクはしませんが、
で検索すれば出てくると思います。