2026年7月30日木曜日

大切な人々、大好きな人々を想う



熊本地震で被災された皆様
心よりお見舞い申し上げます。

1日も早く平和な日々が戻りますようお祈りいたします。



私は九州の生まれ。この地震で家族の住む町も揺れたとのニュースを見て連絡を取ろうと思った。こちらから直ぐに電話はできない…もっと緊急を要する人々で混雑している線に私が加わることはできない。また日本でよく使われているLINEは使ったことがない。それでメールを送ってみた。

翌日になってもメールに返事がない。もしかしたら(以前にもあったように)メールが届かなくなっている可能性もある。


私は普段から(自分で)人の縁を薄くしてしまう人間。いけないことはわかっているのに、大切な人々にさえあまり連絡を取らなかったりする。大好きな人々なのに1年以上も電話しなかったりする。1年に1度クリスマスカードを送って、メールを交換してそれで何年も過ぎている。日本にはコロナ禍の前の2018年以来一度も帰っていない。8年も日本に行っていない。コロナと猫と、あまり慣れないスマホと新しいテクノロジーと、今は空港の国境取締局への恐れ(ひとりで国外に出るのが心細い)を言い訳にして全てを延ばし延ばしにしている。

つい先日、大切な人のひとりが突然夢に出てきた。私の顔を見てとても嬉しそうにしていた。…連絡をしなくちゃ…と思っていた。その大好きな人とは電話で話すこともなく随分長い時間が過ぎていた。


皆のことが大好きなのに、彼等に連絡をするのはいつも躊躇する。私は外国暮らしで…彼等にとって面倒な存在になってないだろうかなどと思う。突然電話をしたらびっくりさせるかもしれない。皆高齢だからZoomなどができるわけでもないだろうと勝手に決着をつけている。毎年クリスマスにカードを書き、お手紙をもらったら私もCostcoでプリントした写真を入れて手紙で返事を送る。特に仲のいいひとりとは年に一度ほど電話で長電話をする。別のもう一人とは年に一度ほどメールの交換。彼等「大切な人々」とのそんなゆるい関係がもう何年も続いている。

でも本当は会いたい。声を聞けばもっと会いたくなる。もっと寂しくなる。悲しくなる。だから連絡をしないのかもしれない。しかしそれは私の自分勝手。


送ったメールの返事がなかったことから、思い切って電話をしてみた。まずいつも電話する一人に電話して元気なことを確認。いつもと変わりなく冗談を言いながら会話。長い間話をしていなくても1秒でいつもの慣れた親しい会話に戻れる。そしてメールの返事が来なかったもうひとりにも電話。メールはうっかり見ていなかっただけで無事に届いていたし、後で返事ももらえた。(今の日本はLINEがメインでメールをあまり使わなくなっているらしい)。夢に出てきてくれた大好きな人は、電話の向こうでいかにも嬉しそうに喜んでくれた。電話してよかった。涙が出た。ごめんなさい。連絡をしなくてごめんなさい。そしてめったに電話をしないもうひとりの大好きな人にも電話…嬉しそうにとても喜んでくれた。また泣きそうになった。彼らはいつも温かい。申し訳なくなるほど温かく受け止めてくれる。

彼等に私から、今はアメリカからLINEが使えないこと(どうすればできるのかを今調べている)を伝え、今もメールでのやりとりができるのか確認、そしてうちの家の電話と(今まで日本の彼らにはあまり使わなかった)スマホの両方から電話して両方とも繋がるか確認できた。(今日本では詐欺電話が多いらしく、彼らは登録をしていない番号には出ないことが多いらしい)

皆元気だった。皆高齢なのに信じられないほど元気。高齢にも関わらず相変わらず旅行さえしているらしい。それを笑いながら話してくれた。皆の子供たちも年を重ね、彼等の孫は高校生や大学生、大学を卒業して無事就職したなどなど、家族の皆が元気なことを聞かせてくれた。

ありがとう。皆の話が聞けるのがこんなにも嬉しい。

もっと連絡をしよう。大切な人々に会いに行こうと思った。

今は猫がいて夫婦二人では動けない(それが正しいことだとは決して思わない。しかし二人で家を空けて猫がまた病気になったらきっと後悔する。だからやむをえず家を空けない選択をした)。日本の「大切な人々」は皆、旦那Aのことが大好きなのに、今は夫婦二人で訪ねていけないのが悲しい。どうかもう少し、もう少し待って欲しい。どうか長生きしてほしい。いつか二人で訪ねられる日が来る。

私だけでも会いに行こう。あまり時間は残っていないかもしれない。後悔をしないように。大好きな人々に会いに行こう。