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『Marriage Story(2019年)/英・米/カラー
/137分/監督:Noah Baumbach』
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Netflixにて鑑賞。
すごい映画。ひさしぶりに心をグッと掴まれた。すごい。リアルリアル。20年以上も(元々は)赤の他人(ましてや育った文化圏の違う外国人)と一緒に暮らしていれば、離婚していなくてもこの映画の二人の話は身に沁みてよくわかる。
なんと見事にリアルなのだろう…と調べたら、どうやらNoah Baumbach監督は子供の頃に両親の離婚を見て育ち、またご本人も離婚を経験なさったのだそう。特に子供の頃の両親の離婚は彼にとってかなりのトラウマだったらしく、過去にも“両親の離婚のテーマ”で映画『The Squid and the Whale』を撮り高い評価を受けたのだそうだ。「離婚」のテーマはこの監督のライフ・ワークなのかもしれませんね。
★あらすじ
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夫・チャーリー(Adam Driver)はニューヨークの舞台監督+脚本家。妻・ニコル(Scarlett
Johansson)はカリフォルニア出身の元ティーン・スター。若い時にニコルはチャーリーを追ってニューヨークに移住…女優として舞台に立ちながら夫チャーリーのシアターカンパニーを共に成功させようとしてきた。ある日、ニコルにロサンゼルスでのドラマの仕事が舞い込む。彼女は8歳の息子ヘンリーと共にハリウッドに移住。一方チャーリーはニューヨークに残ることにする。平和的に別れるつもりだったのだけれど…。
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★ネタバレ注意
長い二人の関係の中で、ニコルはチャーリーのお母さんになっていたのかな。チャーリーはニコルに甘えっぱなし。ニコルもチャーリーのことが大好きだから、彼に全てを賭けて自分の夢(ハリウッド)に目を瞑り(いや…彼と共に舞台女優として夢を見ようとした)、ずーっと彼を支える事を幸せだと思ってきた。それでいいと思ってきた。
それなのにチャーリーは自分の仕事のことしか考えていない。ニコルの思いやりはチャーリーにとって「空気」のようにあたりまえ。チャーリーは、ニコルの献身や、彼女のサポートに感謝することもないし、彼女が彼のために諦めた夢のことなどについて彼女を思いやることもない。
二人の関係はいつの間にかそんなふうになってしまっていた。
二人の関係はいつの間にかそんなふうになってしまっていた。
ある日ニコルは「これでいいのか」と自問する。「フェアじゃない」「私にも夢があったのに」「そのことをチャーリーに話そうとしても全く聞いてくれない」「おかしい」「こんな関係終わらせたい…」
女性とは、好きな相手には無理をせずに合わせられるもの。相手が嬉しいと思うことをやってあげたいと思うのも自然なこと。理屈で損得などは考えない。女性とは好きな相手に対して「寄り添い」「思いやる」ことを自然にやってしまう。夫婦の関係は、程度の違いはあっても、女性の側からはだいたい同じようなものではないだろうか。
その「妻の思いやり/献身」を、次第に夫は「当然のこと」だと思うようになってしまう。妻が自分に「寄り添ってくれる」「支えてくれる」「献身的」「優しい」「これをやってくれる」「あれもやってくれる」のを日常の「あたりまえ」だと思い始めてしまう。もちろんそこに感謝の気持ちはない。
夫婦あるあるですね。
離婚のプロセスでニコルは言う「チャーリーが成功して大きくなればなるほど、自分が小さくなっていく」 愛があって結婚したのに、チャーリーと一緒にいることでニコルのアイデンティティは次第に危うくなっていく。
またニコルは彼女のキャリアについてもチャーリーに話をしてみた。しかしチャーリーは自分の舞台に忙しく、ニコルの話を聞いていない。彼女の悩みも理解していない。ニコルは一人悩む。二人の関係がニコルを不幸にしているのなら、ニコルは家を出るしかない…。
もう…これ、ずばり一般的な離婚の第一の理由じゃないかと思う。
30代半ばでうちの夫婦も悩んだし、その同じ頃に友人の夫婦二組が離婚した。理由はほぼ同じ。奥さんが、旦那さんや子供のために日常の細々したことを日々やって平和に暮らしていて…ある日、夫婦二人の関係性に「ちょっと待って」と思い始める。「これっておかしい…フェアじゃないよね」と気がつく。
この映画のように奥さんに夢が残っているのなら「まだやり直しができるかも」と思っても不思議ではない。ニコルにとって、ニューヨークで「チャーリーの奥さん/添え物」として暮らしていくことはもう耐えられなかったのだろう。ニコルの気持ちはよくわかる。
しかしチャーリーも哀しい。ニコルの「思いやり」を当たり前だと思うほど二人の関係に安心しきっていたのに、ある日妻が出て行ってしまう。彼はルール破りもやっているのに、それさえも「ニコルなら許してくれるだろう」と安心しきっていたのかも知れぬ。それはダメダメなのだけれど。
状況がかなり進んだ後、二人は弁護士を介さずに二人だけで話し合おうと歩み寄る。結果激しい言い争いになる。「ああこの夫婦は今までこういう話をしてこなかったのかもしれんね。離婚する今になってやっと本音を吐き出しているんだろうか」と思った。話さなかったから途中で軌道修正ができなかったのだろうか。もっと早く喧嘩をしておくべきだったのに…。
夫婦を救うのはガス抜き。
時々本音で話し合い/喧嘩をしたほうがいいですよ。
時々本音で話し合い/喧嘩をしたほうがいいですよ。
チャーリーは全てが終わった後、ニューヨークの仲間の元に帰ってきてカラオケで歌う。「Being Alive …僕を抱き締め、傷つけ、眠りを妨げる誰かが、僕に生きていると実感させてくれる…」ああチャーリー君哀しすぎる。なんだかかわいそうだよな…この男。しかしまぁ…ダメと言えばダメだし…うーん…困ったねぇ。
まぁそんなわけで、あまりのリアルさに驚きました。夫婦とはこういう感じ。「相手がわかってくれるだろう」と思っていると、全然わかっていなかった…とか、そういうのばかり。しかしそんなすれ違いはあってあたりまえ。夫婦は元々赤の他人なのだから。だから本音の話し合いが常に必要。そして時々喧嘩してガス抜きをしたほうがいい。小さな不満を溜めると、いつか大爆発をする。本当です。
構成も上手い。冒頭のお互いの長所を話す文章が、映画の後半で出てきた時は涙。上手い。
元々は夫婦間の平和的な「別れ話」が、弁護士を雇い入れ、子供の親権を争うことになってどんどん話が醜くなっていくのも恐ろしい。離婚とは、二人の人間のパーソナルな関係を表に曝け出して社会に裁かれる戦い。こんなものだとは全く知らなかった。
ニコルのスカーレット・ヨハンソン。いい女優さん。びっくりした。上手い。薄っぺらい女優さんだとばかり思っていた。このニコルは自然。あまりにも役に馴染んでいて違和感が全くない。素晴らしいです。ヘンリーを両手をグーパーして迎える姿がかわいい。
そしてチャーリーのアダム・ドライバー。前々から気になっていた(顔が好き)のだけれどいい役者。大きな身体。ぼーっとしてそうに見えて実はアメリカ海兵隊員だった人。いや軍人だからいい…というわけではないけれど、海兵隊員ならアクションもバリバリに出来ますよね。繊細な演技が出来る上に身体も動くなら万能でしょう。歌もいい。味のあるいい声。
他の役者さん達も皆適役。皆上手い。子供の扱いにくい様子もまた自然。脚本が上手いのだろう。
いい映画。離婚する夫婦の心理が丁寧に描かれたいい映画です。
夫婦の離婚の話なのに、二人が単純に憎しみ合うのではなく、お互いにまだ情が残っている描写が何度も出てくるところが切ない。離婚裁判で激しく争っているのに、お互いに心が触れ合う場面を何度も描く。二人は本当にかわいい微笑ましい夫婦(だった)。特殊な理由で憎しみあって別れるのではなく、小さなすれ違いから離婚に至る夫婦とはそういうものなのだろう。そのあいまいさが情緒的で切なく何度も心揺さぶられる。
最後に結果が出た後で、二人がそれなりに穏やかな関係に戻っているのを見てまた考えさせられた。ちょっと哀しいですよね。この夫婦はなんとかなったのかもしれないのに…。どうかなぁ。