タイトルが『文鳥』。ポエトリーです。
今回のいい場面は女性がらみの二つ。
一つはお三との別れ。
お三:おでんをこしらえたり、お背中を流したり、お髭を剃ったり、耳掃除をしたり…ふふふ
典膳:女房でもないのに
お三:女房のつもりでしてよ……
お三;お武家様になるんでしょ
典膳;それも分からん
お三:…言いたくないですね…(略)あまり偉くなんないで下さいよ。街で出会っても知らんぷりしないで…時々はここへも寄ってください
典膳:そうする
(お三座りこんで泣く)
お三:…どうしましょ…なんだか涙が出ちまって…
(典膳、手を自分の肩に置かれたお三の手に重ねる)
……艶っぽいですね。しっとりといい感じ。ともさかさんは上手いなー。決して強制はせず、控えめに自分を抑えながらもすがる女。古風です。こういう場面では脚本家の方の経験が物を言うんだと思う。素晴らしいです。ほんとにいい。
お三の「お武家様になるんでしょ…」から続く台詞は、典膳が自分の手の届かない別世界にいってしまうことの哀しさがいっぱい。もうこの二人も2度と会うことはないんでしょう。だけど送り出すお三には何も出来ない。身分の違いはどうしようもないんですね。ただ黙って泣いて見送るだけ。ほんとこの場面はいい。
もう一つは千春さん。千春さんはほんとうに可愛い。典膳さんにとことん一途。好きで好きでたまらないのね。でも江戸の女性はまっすぐな自己主張が出来ない。お墓参りの場面で寄りを戻す話を出し、典膳が「ちょっとまて」と止めると「ご迷惑でしょうか…?」と顔を曇らせて口ごもる。
典膳とはいろいろとあって今までに何度も拒否されているからなのか、彼と一緒の時の千春さんはものすごく不安そうな顔をする。叱られた子供のような表情。典膳が死ぬかも知れぬといえば、自分も死ぬという。相手に否定されれば江戸の女性はどうすることも出来ないんですね。黙って耐える姿がほんとに可愛い。
その後、吉良の殿様夫婦と庭での場面。寄りを戻す話になり、吉良の殿様が典膳に「どうじゃ典膳、帳尻を合わせてみるか(寄りを戻すか)」と言い、典膳が「はっ」と答えると、千春さんは驚いて典膳の横顔をじっと見つめる。典膳を見つめる目には次第に涙が溢れてくる。嬉しい嬉しい嬉しいよねうんうん。そこに萬田奥様が「うれしいか…?」と千春さんに聞くと、涙声で「はい…」。私も泣きましたこの場面。
その後、典膳の部屋で文鳥を前にしての場面では、千春さんの瞳孔が開きっぱなし。もう嬉しくて嬉しくてたまらないんでしょう。ほんとに一途。演技とは思えない。可愛いです。
典膳さんも、一瞬あっと思う表情をする。お墓参りの場面で千春さんの姿を見た瞬間、嬉しそうなの。その直後にいつもの真面目な顔をして千春さんの方へ歩を進める。あの一瞬の嬉しそうは表情がほんとに細やか。
吉良の殿様が、庭先から典膳を訪ねてきて文鳥に話しかける場面もよかった。吉良の殿様は実は優しいおじさんなんですね。いいドラマというのは、こういう話の本筋とは全く関係のない場面で人物を描いていくんだなと思う。政治の話でもない。家来に向かった堅苦しい場面でもない。こんな微笑ましい場面があると人物像に奥行きが出る。この文鳥の場面も奥方との会話もそう。こうやって少しずつ吉良の殿様がどんな人なのかが見えてくる。
吉良の殿様がいい人かどうかなんて、一見話の筋には関係ない。だけどこんな小さな場面の積み重ねで吉良さんをちょっとずつ好きになる。そんなちょっと好きな人物が最後に追い詰められるんだと思うと、話に入りこまずにはいられない。人物に惹かれるから話に心を掴まれるんです。こういう話の本筋に全く関係ない場面が大きなドラマを作っていくんだなとつくづく思う。