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『 The Iron Lady (2011年)/英・仏/カラー
/105分/監督;Phyllida Lloyd』
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★ネタバレ注意
まず、メリル・ストリープさん、アカデミー賞おめでとうございます。100%納得。いつものことだけど彼女は素晴らしい。最初は、なんでイギリスの誇りみたいな人をアメリカ人が演じるのだなどと思っていたのですが、参りました。あまりのすごさに言葉が無い。英国訛りも何もかも全て完璧。スクリーンに映るメリルさんはサッチャーさんその人である。あまりのなりきりぶりに、まさに息を呑むとはこのことか。メリル・ストリープとは、本当に歴史に残る偉大な女優さんなのだと思う。
と書いた後で映画評に移ろう。
この映画、あまり良くない。期待はずれと言ったほうがいい。というのも、この映画、あのサッチャーさんなのだから。あの、あの、偉大な鉄の女の伝記映画なのだから。実際これはひどいと思う。
ストーリーはサッチャーさんの現在から始まる。彼女はリタイアしたお年寄りだ。最愛の旦那様デニスさんもすでにお亡くなりになっている。時々娘が会いにくるし、自伝の本にサインをしたりと仕事らしいこともちょこっとやっているのだが、時折、亡くなったはずのデニスさんが話しかけてくる。どうやらサッチャーさん認知症らしいのだ。 え?? そんな現代のサッチャーさんが昔を振り返るという構成で話は進む。
思い出の中の彼女は若い。オックスフォード大学で化学を学び、研究者になり、そのころから政治に興味を持ち始める。1959年に34歳で保守党で政界入りする。そんな彼女のサクセスストーリーはびっくりするほど足早に過ぎていく。
問題はそこなのだ。彼女のサクセスストーリーが波に乗ってくると中断され、現在のお年寄りのサッチャーさんにもどってしまう。そこで、うだうだと10分15分と過ぎていく。その後、ずいぶん多くの出来事をはしょってまたサクセスストーリーは再開する。そして、また現代に引き戻され…過去、現代、過去、現代…。こうやって、映画全体の半分は、幻覚や幻聴に悩まされる不安なお年寄りの話しに費やされる。それはないぞ!
だって、このサッチャーさん、ありえないくらい規格外の偉大な女性なのだ。まさに歴史に残る人とはこういう人のことをいう。コネもいっさいない若い女性が(女性に対して信じられないほど排他的な男性優位の)保守党に受け入れられ、それだけではなく、努力と、意思と、考えられないぐらいの聡明さで、周り中の頑固おやじ達をうならせ、その保守党のトップにまでのぼりつめ、ついには先進国の中で史上初めて、女性として国民に選ばれたリーダー=首相の席を勝ち取り、沈みかかった国を建て直し、必要とあらば、国を守るため軍を率いて戦争に突入するという。そんな普通では想像もできないほどの偉業を成し遂げた女性なのだ。かっこよすぎる。おまけに2児の母親だったりもする。
過剰な社会保障や、潰れかかった国営産業をかかえていた70年代の英国。1979年に54歳で首相に就任すると、それらをばっさりと切り捨てた彼女の英断は、他の人には出来なかったかもしれないといわれる。その独断の政策は「血も涙も無い」と言われるほどで、英国ではいまだに彼女に対して複雑な感情をもつ人も多い。あまりにも意思が強くて感情に動かされないことから「鉄の女」と呼ばれ(元々は1976年に敵国ソ連の新聞が貶す目的でつけた渾名。「融通のきかないガチガチ頭の鉄のような女」の意味。後日彼女本人が「強さ」を強調するものとして気に入って使用。瞬く間に国際社会でも知られるニックネームとなる)、問題があれば、多少の犠牲を払ってでも大鉈を振るうその政策は、多くの人の反感をかったりもしたのだが、結局、英国は彼女のおかげで立ち直ったのも事実なのだ。
それだけではない。彼女はまず女性だ。そもそも保守党というのは伝統を守りたい人が多い。彼女が政界入りした1959年、他に女性はいなかった。そんな時代に、この食料雑貨屋の娘は、たった一人で、自らの知性と意志の強さで自分の道を切り開いていく。最初は誰も彼女に期待なんかしていなかったはずなのだ。そんな男尊女卑のいじわるなおやじ達に笑われながら、歯を食いしばって人生を一歩一歩勝ち抜いていく。一つ成果をあげ、また一つ成果をあげ、そうやって保守的なおやじ達をひとりひとり自分の見方につけ、そして最後は首相にまでのぼりつめたのだ。それだけで、大興奮の映画ができてしまうではないか。
そんな女性なら、彼女の人生そのものがドラマであるはずだ。年取った彼女を見て面白いと思う人がいるのだろうか。それともあの偉大な女性を一般人と同じレベルに引き摺り下ろして、やっぱり同じ人間だと感傷的な話にしてしまうことがいいと思ったのだろうか。それなら、あの偉大な女性に対して大変失礼だと思う。
もし英国国内で、複雑な感情がまだ残っているのだとしたら、観客に改めて評価を問うような映画を作ってもいい。彼女の政策のために職をなくしホームレスになった人もたくさんいる。彼女のせいで大変な思いをさせられた人々の側の真実のストーリーを語ってもいいのだ。そうやって、政治家としての彼女の姿と、街の現実を対比させてもいい。
また、彼女には双子の子供がいる。この映画も多少子供達とのことに触れてはいるが、さらっと上をなぞっただけで、詳しいエピソードとしては描かれていない。仕事と家庭の両立、いつも心強い見方だった最愛の夫デニスとの夫婦愛。働く女性の大先輩として、それはそれはいろいろなドラマや葛藤があったはずなのだ。それが、あきれるほど、描かれていない。もう少しなんとかできなかったものか。
「鉄の女」と呼ばれ、誰にも出来なかった事を余裕でやり遂げた政治家、先駆者、偉大な女性。そんな彼女の話を見たかったと思う。
2007年、 81歳のとき、英国国会議事堂内に彼女の銅像が建立されたのだが、そのときのコメントがまたいい。「あら、私は鉄の像の方が良かったんですけどね、ま、銅像でもいいでしょ。錆びないしね。」まだまだお元気でいていただきたいもんです(笑)。
いっしょに映画を見たうちの米国人旦那Aも、かなりがっかりしたらしく、「もっとすごい映画になったはずだったのに、あんなに(神がかり的に)上手いメリル・ストリープの才能がもったいない」としばらく文句を言い続け、挙句にその勢いでアマゾンから絶版になったサッチャーさんの分厚い伝記を購入して、いま読みふけっている。ほんとにずいぶん不満の残った映画だった。
でも、メリル・ストリープはすごい。映画としてはともかく、もしすばらしい女優の演技を見たいと思うのなら、大変前向きにお勧めしたい。
ストーリーはサッチャーさんの現在から始まる。彼女はリタイアしたお年寄りだ。最愛の旦那様デニスさんもすでにお亡くなりになっている。時々娘が会いにくるし、自伝の本にサインをしたりと仕事らしいこともちょこっとやっているのだが、時折、亡くなったはずのデニスさんが話しかけてくる。どうやらサッチャーさん認知症らしいのだ。 え?? そんな現代のサッチャーさんが昔を振り返るという構成で話は進む。
思い出の中の彼女は若い。オックスフォード大学で化学を学び、研究者になり、そのころから政治に興味を持ち始める。1959年に34歳で保守党で政界入りする。そんな彼女のサクセスストーリーはびっくりするほど足早に過ぎていく。
問題はそこなのだ。彼女のサクセスストーリーが波に乗ってくると中断され、現在のお年寄りのサッチャーさんにもどってしまう。そこで、うだうだと10分15分と過ぎていく。その後、ずいぶん多くの出来事をはしょってまたサクセスストーリーは再開する。そして、また現代に引き戻され…過去、現代、過去、現代…。こうやって、映画全体の半分は、幻覚や幻聴に悩まされる不安なお年寄りの話しに費やされる。それはないぞ!
だって、このサッチャーさん、ありえないくらい規格外の偉大な女性なのだ。まさに歴史に残る人とはこういう人のことをいう。コネもいっさいない若い女性が(女性に対して信じられないほど排他的な男性優位の)保守党に受け入れられ、それだけではなく、努力と、意思と、考えられないぐらいの聡明さで、周り中の頑固おやじ達をうならせ、その保守党のトップにまでのぼりつめ、ついには先進国の中で史上初めて、女性として国民に選ばれたリーダー=首相の席を勝ち取り、沈みかかった国を建て直し、必要とあらば、国を守るため軍を率いて戦争に突入するという。そんな普通では想像もできないほどの偉業を成し遂げた女性なのだ。かっこよすぎる。おまけに2児の母親だったりもする。
過剰な社会保障や、潰れかかった国営産業をかかえていた70年代の英国。1979年に54歳で首相に就任すると、それらをばっさりと切り捨てた彼女の英断は、他の人には出来なかったかもしれないといわれる。その独断の政策は「血も涙も無い」と言われるほどで、英国ではいまだに彼女に対して複雑な感情をもつ人も多い。あまりにも意思が強くて感情に動かされないことから「鉄の女」と呼ばれ(元々は1976年に敵国ソ連の新聞が貶す目的でつけた渾名。「融通のきかないガチガチ頭の鉄のような女」の意味。後日彼女本人が「強さ」を強調するものとして気に入って使用。瞬く間に国際社会でも知られるニックネームとなる)、問題があれば、多少の犠牲を払ってでも大鉈を振るうその政策は、多くの人の反感をかったりもしたのだが、結局、英国は彼女のおかげで立ち直ったのも事実なのだ。
それだけではない。彼女はまず女性だ。そもそも保守党というのは伝統を守りたい人が多い。彼女が政界入りした1959年、他に女性はいなかった。そんな時代に、この食料雑貨屋の娘は、たった一人で、自らの知性と意志の強さで自分の道を切り開いていく。最初は誰も彼女に期待なんかしていなかったはずなのだ。そんな男尊女卑のいじわるなおやじ達に笑われながら、歯を食いしばって人生を一歩一歩勝ち抜いていく。一つ成果をあげ、また一つ成果をあげ、そうやって保守的なおやじ達をひとりひとり自分の見方につけ、そして最後は首相にまでのぼりつめたのだ。それだけで、大興奮の映画ができてしまうではないか。
そんな女性なら、彼女の人生そのものがドラマであるはずだ。年取った彼女を見て面白いと思う人がいるのだろうか。それともあの偉大な女性を一般人と同じレベルに引き摺り下ろして、やっぱり同じ人間だと感傷的な話にしてしまうことがいいと思ったのだろうか。それなら、あの偉大な女性に対して大変失礼だと思う。
もし英国国内で、複雑な感情がまだ残っているのだとしたら、観客に改めて評価を問うような映画を作ってもいい。彼女の政策のために職をなくしホームレスになった人もたくさんいる。彼女のせいで大変な思いをさせられた人々の側の真実のストーリーを語ってもいいのだ。そうやって、政治家としての彼女の姿と、街の現実を対比させてもいい。
また、彼女には双子の子供がいる。この映画も多少子供達とのことに触れてはいるが、さらっと上をなぞっただけで、詳しいエピソードとしては描かれていない。仕事と家庭の両立、いつも心強い見方だった最愛の夫デニスとの夫婦愛。働く女性の大先輩として、それはそれはいろいろなドラマや葛藤があったはずなのだ。それが、あきれるほど、描かれていない。もう少しなんとかできなかったものか。
「鉄の女」と呼ばれ、誰にも出来なかった事を余裕でやり遂げた政治家、先駆者、偉大な女性。そんな彼女の話を見たかったと思う。
2007年、 81歳のとき、英国国会議事堂内に彼女の銅像が建立されたのだが、そのときのコメントがまたいい。「あら、私は鉄の像の方が良かったんですけどね、ま、銅像でもいいでしょ。錆びないしね。」まだまだお元気でいていただきたいもんです(笑)。
いっしょに映画を見たうちの米国人旦那Aも、かなりがっかりしたらしく、「もっとすごい映画になったはずだったのに、あんなに(神がかり的に)上手いメリル・ストリープの才能がもったいない」としばらく文句を言い続け、挙句にその勢いでアマゾンから絶版になったサッチャーさんの分厚い伝記を購入して、いま読みふけっている。ほんとにずいぶん不満の残った映画だった。
でも、メリル・ストリープはすごい。映画としてはともかく、もしすばらしい女優の演技を見たいと思うのなら、大変前向きにお勧めしたい。