2012年8月3日金曜日

映画『最強のふたり/The Intouchables』:人間の尊厳



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Intouchables2011年)/仏/カラー
112分/監督;Olivier Nakache, Eric Toledano
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いい映画です。


話は、首から下が事故で全身麻痺になったパリの大富豪と、その介護人として雇われたアフリカ系移民の青年が徐々に友情を育むというもの。実に楽しい映画。始終笑いが止まらない。実話を元にしたストーリーだそうだ。


ネタバレ注意


上流階級、白人、社会での成功者のフィリップ。もともとはスポーツを楽しむ活発な中年の紳士。自家用ジェット機を持つような桁外れの大富豪。そんな彼は、体の自由を失った後も全てを思い通りに動かすことが出来る。周りが動いてくれるのだ。だがそんな彼に、生きる喜びを思い出させてくれる取り巻きはいない。自分の身体が自由にならない現実を常に感じるような堅苦しい生活が楽しいわけはない。


一方、フィリップの思いつきで雇われることになったアフリカ系移民の青年ドリス。一見カリスマと自信に溢れるドリスの過去にあるのは、貧しい家庭と犯罪歴。持ち前の頭の良さで生き抜いてきたが、世間からは常に見下げられる存在だ。生まれや階級で人生の全てが決まってしまうヨーロッパの国で、彼のような人物が世間で尊敬を得ることは少ない。


人種の違い。階級の違い。持つ者と持たぬ者。そんな二人がいかにして心を通わせるのか。答えは人の尊厳にあった。


ストリートの青年ドリスが身体の不自由なフィリップにもたらしたのは、人としての誇りと真の友情、そして生きる喜び。夜中にフィリップが緊張による身体の痛みを訴えれば、朝の4時でも車椅子を押して外に連れ出し、新鮮な空気とマリワナを吸わせる。かっこわるい荷台の車を見ると「馬じゃあるまいし」と、超高級スポーツカーにフィリップを抱えて乗り込み、大喜びでドライブに出かける。フィリップが文通をしている女性と一度も話した事が無いと言えば、さっさと携帯から女性に連絡してしまう。そんな型破りで豪快な青年ドリスに、フィリップは大笑いをしながらもう一度生きる喜びを取り戻す。


後日フィリップの友人は彼を諫める「あのアフリカ人の青年には犯罪歴がある。ああいう人物とは係わり合いにならないほうがいい。」そんな友人にフィリップは答える「私に必要なのはドリスの強い力だ。憐れみはいらない。対等で正直で力強く頼りになる彼に何の問題がある。」


大富豪フィリップが何も持たぬストリートの青年ドリスにもたらしたのは信頼と友情、それに人としての誇り。全ての富を持ちながら身体の自由をを失ったフィリップは、ドリスに最初から大きな心で接する。街の反対側からやってきたこの青年は、おそらく社会の中で今までそんな風に扱われたことが無かったのだろうと思う。物を盗んだのに一切咎められない。フィリップが言外にドリスに伝えるのは「君を信頼している。」そんなフィリップとの関係が、荒れた生活を送っていたドリスの心に光をともす。人生を真っ当に生きるための人としての誇りを思い出させる。いつしか二人は本当の友人として信頼しあうようになる。


ここまで真摯に人間の尊厳を真正面から扱った映画もなかなか無いだろうと思う。よく出来たフランス映画にはいつもいろいろと考えさせられる。さすが哲学の国だなと思う。お仕着せの綺麗な話ばかりではない。日本では考えられないほど厳しい階級社会の中で、大富豪と前科有りの青年の友情など普通は考えられない。両極端の違う世界から来た二人、共にいろんなものを無くしたからこそ、二人を結びつけたのは人が生きるために必要な人としての尊厳だった。


ドリスが真夜中に起きて、苦しむフィリップの額に手を置き、自らの決断で彼を外に連れ出す場面は非常に美しい。今までいろんな経験をしてきた彼だからこそ、患者にとって何が必要なのかを咄嗟に理解し行動することが出来たのだろうと思う。まるで彼の心に光がともったかのよう。そこから二人は急速に親しくなる。完全に信頼しあった二人の顔には常に笑顔が絶えない。私達もいつまでも彼らと一緒になって笑ってしまう。

余談だが、アメリカの(主に白人の)批評家の中には、この映画の中のドリスのキャラクターが余りにも人種的なステレオタイプに描かれ過ぎているとしてこの映画を気に入らない人たちがいる。そんな映画を褒めることは、人種問題の観点から無神経であると思っているらしい。しかしそれは大変間違っていると思う。

確かにドリスは、教育も教養も無い。本人もそれを気にするどころか全く意に介さない。だけどいったい誰がこのドリスに魅力を感じないと言うのだろう。ドリスの最大の魅力が、教育や知識などろもろの飾りを取り払ってもなお輝く彼の素晴らしい人柄と、どんな状況でも真実を見極める彼の知性にあることが分からないのだろうかと思う。人種的なステレオタイプを超えてなお輝くドリスの美徳。フィリップがそんなドリスを直ぐに理解したのも、彼が身体の自由を失ったために、人生で何が一番大切なのかが見えるようになったからではないのか。

私が今までに見た映画の中でも、ドリスほど魅力的な人物はめったにいない。教養が無くても、生まれが貧しくても、彼が自分を卑下することは決して無い。なぜなら彼には、人にとって何が大切なのかが誰よりもよく見えているからだ。これほどまでに誇り高く、のびのびと自由で自信に溢れる魅力的なキャラクターを、単に人種のステレオタイプと揶揄する批評家達には、きっとこの映画の本質が見えていないのだろうと思う。


非常に美しい話です。そして始終笑いが止まらないほど可笑しい心温まる話。二人の役者が素晴らしい。異なる人種間や階級間での問題を普段から抱える国だからこそ描ける話。余計な飾りや付属品を全て取り払った人と人との真摯な友情はこんなにも美しい。人の尊厳について、人が生きる意味について深く考えさせられる映画。素晴らしいです。