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Come from Away
Music & Lyrics by Irene Sankoff, David Hein
Book by Irene Sankoff, David Hein
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ホノルルのコミュニティー・シアター Diamond Head Theater(DHT)でミュージカル『カム フロム アウェイ/Come from Away』を見た。全く知らなかったミュージカルなのでYouTubeで少し予習。
2001年のニューヨークの同時多発テロの起こった日の朝、アメリカの領空が閉鎖されたことにより、世界各国から米国行きの飛行機がカナダ、ニューファンドランドのガンダー国際空港に緊急着陸することになった。その飛行機の数は38機。乗客は7000人…ガンダーの人口のほぼ倍増し。その乗客達がガンダーの人々と共に過ごした5日間を描く。実話を元にしたストーリー。
まず一番驚いたのは、ものすごい密度の芝居。台詞も多い。スピードも速い。語られる内容の情報量が多くて一言も聞き逃すことが出来ない。緊張感が続きっぱなしの芝居だった。そして途中の幕間もなし。一旦始まったら最後まで一気に突っ走る…ものすごい芝居/ミュージカルだった。このような芝居は初めて見た。
俳優さん達がそれぞれ一人で(衣装もほとんど変えずに)何役もこなすので驚いたが、一旦流れに馴染めば大丈夫。なんとか話にもついていける。感動した。素晴らしかった。私はミュージカルを見て泣くことはほとんどないけれど、この芝居は泣いた。大きな拍手。
9月に起こった事件であることからここの劇場の9月の演目として選ばれたのだろうと思う。内容は人種や宗教を超えて様々な人々が一か所に集まることで起こる人間模様。芝居中の様々な場面がリアルでショッキングで、またそれぞれの人物達の気持ちが身に染みて泣きそうになった。そしてあの2001年のあの時のことも思い出して何度か涙が出た。
全体のパワーに圧倒された。
役者さん達の頑張りがすごかった。このような芝居は見たことがない。圧倒されて最後は言葉もないほどだった。
ご存じの通りDHTはホノルルの(ほぼ)素人のコミュニティー・シアター。しかし質が高い。本当にすごかった。このことは前回の『スポンジボブ』でも書いたのだけど、とにかくこのコミュニティー・シアターは質が高い。プロ。もしかしたら時にプロ以上ではないかとさえ思う。
これは特殊な芝居だと思います。2001年の事件は皆がそれぞれに思い入れがある。あの事件で(私は)世の中が変わったと今も思ってます。その記憶の重みと、このミュージカルの素晴らしさが重なって様々なことが頭をめぐり、言葉にできないほど感動した。
会場の観客も最後のカーテンコールには全員が立ち上がってスタンディング・オベーション。今までDHTで何十回と芝居を見てきたけれど、劇場の観客全員が立ち上がったスタンディング・オベーションは初めてだと思う。皆が感動していた。私も手を叩きながら涙ぐんだ。すごい芝居だった。
それにしてもよくあれだけの内容が織り込めたものだと感心する。
一番の特徴は、場面が変わるごとに役者さんが何人もの役に入れ替わること。衣装も変えずに帽子を被るだけ、ジャケットを羽織るだけで一瞬で別の人物になりきる。本当に驚きます。
● Bob:アフリカ系のニューヨーカー…同時にアフリカ人の乗客、飛行機の機長他
● Claude:ガンダーの市長…同時に隠れユダヤ教信者のお年寄り他
● Bonnie:動物保護施設勤務の女性ー…同時にイスラム系かアフリカ系の女性他
● Oz:警察官…同時に税関職員、バスのドライバー、ユダヤ教の指導者
● Kevin T:LAのビジネスオーナーでゲイの恋人と旅行中…同時に労働組合。ブッシュ大統領他
● Kevin J:上のケビンの恋人で秘書…同時にイスラム教徒のアリ、Dwight
● Nick:英国人のエンジニア…同時にMuhumuza and Captain Bristol
● Hannah:NYの消防士の母親…同時にMargie and Mickey
● Beverley:米国初の女性機長…同時にAnnette and Reporter
● Beulah:学校の先生…同時にDelores
● Janice:ニュースリポーター…同時にBritney and Flight Attendant
● Diane:テキサスの女性…同時にCrystal and Brenda
キャラクターが誰を演じているのか調べ、記憶に残るキャラクターを重ねてリストアップしてみた。ここに揚げたのは12人で、彼らがそれぞれまた別の人物達を演じているので、登場人物は全部で30人以上。(名前の無いエキストラも含めれば登場人物は100人いるという話も出てきた)。芝居を見ていて全ての30人以上のキャラクターがそれぞれ誰だかわかるのは奇跡だと思った。混乱が起きなかったのは脚本が素晴らしく、役者さん達の芝居が上手いからだろうと思う。本当にこのような芝居は見たことがない。
一番泣いたのはイスラム教徒のアリのストーリー。あの事件の後で、当時イスラム教徒や中近東出身の方々が大変辛い思いをなさっていたことは私にも記憶に残っている。私は彼らを見て恐れた側。あの時期の私は(ロンドンから米国東海岸へ、ロンドンから東京への)飛行機に乗るたびにそれらしい人々を見かけると反射的に怖いと思っていた。そう思う自分を止められなかった。彼らがあの時期にどれほど辛い思いをしたのかを思い出し、それが芝居として演じられている様子…アリの苦悩に涙が出た。それから様々な宗教の乗客達がそれぞれの場所で神に祈る場面でも涙が出た。これは多様な文化の人々のアイデンティティを尊重する話で、今不安定な時代だからこそ私の胸にも響いて涙が出た。
旦那Aも隣で何度か泣いていた。アメリカの国民が黙とうを捧げていた時、同じ時間にガンダーの人々が黙とうを捧げている場面で泣いていた。彼は同じ日にロンドンのオフィスで黙とうを捧げたことを思い出していた。様々な当時の記憶が頭に浮かんで涙が出たそうだ。
私達は2001年の当時ロンドンに住んでいた。旦那Aは元々はニューヨーク勤務の会社員で、ロンドンへは海外駐在員として仕事をしていた。ワールド・トレード・センターが攻撃された時、そのすぐ隣に彼の会社のオフィスがあった。テレビでニューヨークのツインタワーの様子を見て、ロンドンからニューヨークの同僚に電話し「早く逃げろ、会社から出て避難しろ」と叫んで伝えたそうだ。タワーのすぐ隣の建物の中のオフィスの同僚達は、すぐにはその状況を掴めていなかったらしい。タワーが崩れる前に同僚達はなんとか建物から無事避難できて全員無事だったそうだ。その時の街の…同僚が経験したタワーの直ぐ下の恐ろしい様子は旦那Aから少しだけ聞いた。またツインタワーにあった取引先の会社のNYのオフィスは飛行機の突っ込んだ場所の上にあって社員の方々が全員亡くなったことも聞いた。
たぶんあの時に人生観が変わったのだと思う。今もそう思っている。ロンドンで遠くにはいたけれど、(旦那Aから伝え聞いて)あまりにも身近なストーリーに心から震えあがった。
当時の事件があまりにも衝撃的だったから、このミュージカルにも言葉がないほど心揺さぶられるのだろうと思う。カナダの静かな町が、7000人を受け入れることになった非常事態。様々な角度からのリアルな描写に胸が詰まった。
セットは驚くほどシンプル。小道具は椅子やテーブルのみ。テーブルと椅子で管制塔と受け入れの避難所の場面を表現すれば、そのすぐ後には椅子を列に並べて飛行機の中の座席が並ぶ様子を描く。横に伸ばした板を縦に重ねたステージの後ろの壁は、避難所の壁でもあり、隙間に光を通すことで朝日を表現したり。シンプルなのにすぐに状況がわかる演出の創造性に驚かされる。
何役も演じる役者さん達は、全篇衣装が同じ。帽子を被ったり布を纏ったりジャケットを着るだけで別の人物になり変わる…芝居でアクセントや身振りを変えることで別の人物になる。そのアクセントの変化も見事だった。Kevinとアリを演じた役者さんのゲイの男性の優しい喋りと中近東のアクセントの違い、Nickは英国と米国のアクセントを使い分けているし、Bobはニューヨークとアフリカの方のアクセントや身振りを演じ分けている。素人と思えないほどの力技。あれだけの台詞を覚えるだけでも大変だろうに…本当に本当に凄い芝居でした。歌も上手い。全員がすごかった。
前面のオーケストラピットは閉じられていてステージを拡大。ミュージシャンたちはバンド形式でステージの後ろで演奏。このミュージカルは曲も素晴らしい。どの曲もとても聞きやすく馴染みやすい曲。曲がシンプルなおかげで歌の歌詞(台詞)がよく聞こえるのもいい。最後はバンドが前に出てきて演奏。観客も手を叩きながらバンドの演奏を楽しんだ。
このミュージカルの監督をなさったのは、女性機長の Beverleyを演じたChelsea LeValleyさん。彼女は本物のプロです。彼女はこの『Come Far Away』のワシントン州シアトルでのオリジナルの公演で、キャストのスタンドバイ(代役)を務め、また彼女はその後の(このミュージカルの)北米+カナダのツアーでBeverleyを演じたお方。彼女はこのミュージカルの経験豊かなプロ。DHTからオファーしてこの作品の監督指揮と主演をしてもらうことになったらしい。その彼女がこの「DHTの役者さん達の芝居を見て泣いた」との言葉がプログラムに書いてあった。
本当にすばらしいステージでした。見ることが出来てよかったです。素晴らしい作品に出会えてよかった。心から感謝してます。