2013年5月28日火曜日

NHK大河ドラマ「八重の桜」第21回「敗戦の責任」



うわー今回は…さすがに慶喜さん(小泉孝太郎)イカンですわ…もう。これはひどい。

私は(何度も言いますが)このあたりの歴史の詳しい事情を全く知らないので、ドラマを見た印象で書こうと思いますが、とにかく今週の慶喜さんはひどいもんです。ちょっと前に胃炎になるほど精神的に追い詰められて可哀想…などと思ったんですが、ちょっと今回はひどいですね。お顔は相変わらず綺麗なんですけど…。

慶喜さんがひどいのが第一。それに、藩士達を残して慶喜さんと一緒に江戸にトンズラした容保公(綾野剛)もちょっとな…という感じ。

やっぱりずーっと見てると、京の会津藩士達の頑張りのほうに心を持ってかれるわけです。鳥羽・伏見の戦で、先週は林さんが亡くなったし、官兵衛さん(中村獅童)も必死に戦っているわけだし、大蔵さん(玉山鉄二)もみんなみんな一生懸命じゃないですか。それにそれに三郎君(工藤阿須加)…(涙)。

そんなのを見てるから、上の人達がね、彼らに何も告げずにトンズラしてしまうなんて信じられない。どうして? そりゃ皆怒るに決まってるよ。どうして説明をしなかったんだろう? 戦争は続いているわけで、そういう時間も取れなかったのかもしれないけど、皆を集めて容保公が「いざ江戸に退く!」と命令すれば従ったんじゃないのか…。

いくらいきり立った兵士達でも、(慶喜公はともかく)自分達の殿の容保公から説明されれば、同じ退却でもあれだけ怒り狂うこともなかったんじゃないか…。だけど実際には慶喜公から「会津殿も江戸に行くのだ」と言われて、容保公、ものすごく怒っているのに結局部下を見捨ててトンズラしているわけなんですよ。これ如何に…?

トップの人達が船で逃げた後、藩士達も陸路で一旦は江戸に退いてるわけだから、容保公も一人残って藩士達と一緒に帰ってくることは出来なかったんだろうか…。結局黙って逃げた殿様のせいで、藩士達の怒りが凄かったから神保修理(斎藤工)さんが責任を取らされたわけで、そもそも容保公がコソコソ慶喜公と逃げなかったら、修理さんも助かったんじゃないか…という風に見えてしまった。

史実では、修理さんは江戸で容保公に会えなかったらしいです。だからドラマみたいに「殿が分かってくださるならそれでいい」と言うわけではなかったんじゃないのかな…。かなり可哀想です。介錯も無かったんだろうかと心配になった。

しかし、これも史実なんですよね。ドラマで見るからこそこんな風にウダウダ言えるけど、実際にその場にいたら誰の立場でも判断に迷うほどケオスだったのだろうとも思う。戦争とはそもそもそういうものなんでしょう。

とにかくこのドラマはいい。史実に忠実でドラマとしてもいろいろと考えさせられる。役者さん達も真剣。戦の場面も十分満足。名場面も多いです。三郎君が初戦でうろたえる場面とその後の死。慶喜公と容保公の会話。残された田中土佐(佐藤B作)や官兵衛達の怒り。尚之助(長谷川博己)と権八(松重豊)・八重(綾瀬はるか)親子のいさかい。全て名演名場面。どんどん引き込まれます。


そんなわけで、今週のあらすじは

鳥羽・伏見の戦での会津側の苦戦。薩摩はとうとう「錦の御旗」を出してきた。それを見て敵側に寝返った味方が数藩。会津はますます苦戦。その中で若い三郎君は戦死。同じ頃、神保さんの案で慶喜公が「江戸へ逃げる」と言う。軍艦を乗っ取っての脱出に容保公も乗り込む。それに気付いた神保さんが、馬で二人を追うが間に合わず彼もそのまま江戸へ帰る。

置き去りにされた藩士達は怒り心頭。全員江戸に退却してくるが、その怒りは「江戸へ退却」の案を出した神保さんに向けられることになる。藩士達の怒りを静めることが出来ず、神保修理さんは切腹。

もちろん朝廷からは慶喜追討令が出され、慶喜さんと容保公はとうとう朝敵になってしまう。そしてそんな慶喜公から、会津藩士達と容保公は江戸城登場禁止、(国許会津へ)江戸から追放を言い渡される。古臭くてめんどくさい会津は追い出そうということらしいです。なんとむごい…。うわーほんとにひどいですね。でも慶喜公は究極の寂しい殿様だとも思った。

そこに会津の八重ちゃんと家族、修理さんの奥さん・雪さん(芦名星)達の様子を絡める構成。頭のいい尚之助さんが「一旦恭順して次の案を練る」と言うと、会津男の権八さんが「ぬしゃあ腰抜けか!」と怒鳴る。そうそう尚之助さんの意見は正しくても、権八さんや八重ちゃんの気持ちはよく分かります。そりゃー悔しい。あまりにも理不尽。私もあの時代にいたら冷静に判断なんて出来ないだろうなと思う。

だんだん会津に火の手が近づいてきました。