------------------------------------------------------------------------------
『
Les
Misérables(2012年)/英/カラー
/158分/監督:
Tom Hooper』
-----------------------------------------------------------------------------
舞台のミュージカルは苦手だと言うしかない。音楽も好き。ダンスも好き。お話も好き。それなのにミュージカルが苦手なのは、途中で話が分からなくなってしまうからだ。
ロンドンにいたころは有名どころをいくつか見た…が、話の最後まで集中できたためしがない。英語だったというのも大きな理由。音楽に集中すると言葉が聞こえなくなるし、話の筋を追うと音楽が聞こえなくなる。ダンスやステージセットに惑わされるといつのまにか話の筋が分からなくなってしまう。なさけなや…どこかおかしいんだろうかと思う。たぶん注意力散漫なのだ。
そんなわけで、ミュージカルはどちらかといえば苦手なのだが、映画化されると大丈夫だったりもする。大昔のジーン・ケリーやリタ・ヘイワースなどの歌とダンスも好きだし、『マイ・フェア・レディー』なんかも最高だ。近年はマドンナの『エビータ』も、『シカゴ』も楽しんだ。
ただミュージカル映画には欠点もある。どの話もどの話もウソっぽいのだ。真面目な話でも、人物が突然歌を歌いだすと、なんとなく苦笑してしまったりする。楽しくて華やかではあっても、繊細な心理描写には向かないと思っていた。この映画を見るまでは…。
ネタバレ注意
監督は映画『英国王のスピーチ/King’s Speech』のトム・フーパーさん。そうか、上手い監督さんなんですね。歌・脚本は舞台のものをほぼそのまま持ってきたものだろうか。主演は大男ヒュー・ジャックマン。そこにアン・ハサウェイとラッセル・クロウを連れてきた。さてどうなるか…。
ミュージカルで初めて心をわしづかみにされました。何度もぐっときて泣いた。元々の原作がいいんだろうと思うけど、ほんとに素晴らしかったです。ちなみに原作は読んでいない。小学校の図書館にあった「あゝ無情」の本の表紙のオヤジの絵が怖かったので読む気になれなかった。それに大変残念なことに本場にいながら、ロンドンでもミュージカルの舞台を見なかった。見ておけばよかった。
それはともかく、あの有名な話がこういう話だとは知らなかった。古典なんだけどほんとに感動した。参りました。上に挙げた過去に見たミュージカルでもこれほど感動したことはなかった。ほんとによかった。
なによりも驚いたのは、全編、全台詞が歌でありながらウソっぽい感じが一切しなかったこと。全体がかなり重いトーンの話で、歌のために苦笑などということは一度も無かった。これがほんとに不思議。それぞれの人物の感情が豊かに(歌で)表現されていたのに驚もいた。
ジャン・バルジャンのヒュー・ジャックマン。このアクションスターだとばかり思っていた方がここまで才能のある人だとは知らなかった。大役を体当たりで演じてます。圧倒的なパワー。びっくりした。
ファンテーヌの苦しみを見るのが辛い。有名な綺麗どころアン・ハサウェイなので重要はキャラクターかと思ったら辛い状況の中、娘コゼットを残し話の前半で亡くなってしまう。彼女が落ちていく状況の生々しい貧困の描写が余りにも辛い。こういうセットのリアルさが話にリアリティを持たせるのだろう。
時は流れコゼットは成人する。彼女に一目ぼれするマリウス。この若い二人の出会いの場面が素晴らしかった。特にマリウスの表情がなんとも言えない。歌も上手い。コゼットの声は天使のように美しい。本当に嬉しそうな二人。それを見つめるエポニーヌの悲しみの歌。この女優さんも上手い。歌でこれほどまでに細やかな感情が表現できるとは…。
6月蜂起の日の前日、それぞれの人物達が様々な思いを抱えながら心情を歌う。編集で人物達を交互に映しながら感情が盛り上がっていくシーンは特に素晴らしい。これこそミュージカルの力。うわーっと肩に力が入って背中が熱くなってくる。ここからは最後まで一気に走るように興奮が継続する。
最後はジャン・バルジャンの死の場面。そこに2人の人物が迎えに来る場面でまた涙腺崩壊。映画の前半、ジャン・バルジャンの「目覚め」の場面でまず泣き、また最後に同人物との再会で泣かされた。
私個人は無宗教なのだが、こういう宗教がらみの慈悲の話が出てくるとたまらず泣いてしまう。主人公は慈悲に助けられたおかげで、自己も慈悲深く正しくあろうと一生を送る。慈悲の心を持って人のために生き、結果を見届けた後で静かな死を迎える。まさかあの小学校の時に見た「怖いオヤジの絵」の話が、キリスト教の慈悲をテーマにしているとは知らなかった。
ミュージカルとはいっても、いかにもそれらしいダンスは一切無い。普通の劇の台詞がたまたま歌であるかのような印象。全ての歌は感情のこもった言葉として発せられる。最初の10分ほどいつものミュージカルの違和感を感じたが、すぐに話に引き込まれてそのような違和感は一切感じなくなった。(人物の独白などの)芝居がかった台詞も、歌の方がかえって心情表現として自然に見えたのも面白いなと思った。
ともかくミュージカルらしくないミュージカル。ウソっぽい感じが全くない。異質なミュージカルだと思う。元々の舞台劇が素晴らしい作品なのだろう。監督の手腕ももちろん素晴らしい。役者も超一流。ミュージカルにここまで感動できるとは思わなかった。
ところで今年のアカデミー賞は良作ぞろいだ。去年は不作だったと文句を言っていたのだが、去年の後半から見た映画はほんとうに素晴らしいものが多い。どれが賞をとっても文句は無い。こういう年もあるんだなと思う。