能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

この度の能登半島地震で 被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます。 一日も早い復興をお祈りいたします。 ★NHK による様々な支援情報 能登半島地震 義援金・支援金の受け付け始まる 窓口まとめ 【随時更新】 https://www.nhk.or.jp/shutoken/ne...

2012年7月23日月曜日

映画『愛情は深い海の如く/The Deep Blue Sea』;奥様の初恋、『はつ恋』との違い



------------------------------------------------------------------------------------------------
The Deep Blue Sea2011年)/米英/カラー
98分/監督;Terence Davies
------------------------------------------------------------------------------------------------


既婚の女性の不倫の映画です。先週、NHKのドラマ10『はつ恋』を見終わって、その後もいろいろと考えていたら、映画でも女性の不倫の話をやっていたので早速見に行った。


舞台は1950年。戦争の傷跡も深く残る英国ロンドン。主人公は美しいヘスターさん。35歳ぐらいだろうか。地位も名誉もある裁判官の奥さんだが、明らかに満たされない結婚をしている。旦那様は15歳以上年上。悪い人じゃないのだろうが情熱を持って愛するには程遠い存在。そんな彼女が、同世代のイギリス空軍の元パイロットと恋に落ちるというお話。出会いの話ではなく、既に本気で付き合っていて映画はその後の経過を辿る。


ネタバレ注意


話としてはとても単純。笑いのない息苦しい結婚から逃れるように、いいとこの奥様がプレイボーイと浮気。彼は軽薄だけど一緒にいれば楽しい。だから自分でもコントロールできないほどのめりこんでしまう。もちろん全て美しくは進まない。


主人公のヘスターさんは、育った環境も結婚した後もずーっとお嬢様。小さいときから召使に囲まれて育ったようなタイプ。おそらく幼い時期にさっさと女子の寄宿舎に入れられて、親からもろくな愛情を受けていない。15歳以上も年上のたいくつな男と結婚したのも、家柄で親に決められたお見合いみたいなものだったのだろう。学校を出てそこそこで直ぐに結婚したのかもしれない。陰鬱な家庭。子供はいない。義理の母親にはチクチクといじめられる。本来なら守ってくれるはずの中年の旦那は「マダム、マダム」と母親の機嫌を取る。そんな生活をしている彼女だから、ステキで危険な同世代の元パイロットに惹かれるのも無理はない。


彼女の結婚に愛が無かったのであれば、このパイロットとの恋は、彼女にとって本当の初恋。深窓のお嬢様だったからこそ、生まれて初めての本気の恋なのだろう。大人になって罹る麻疹のようにこじらせてしまうのも無理はない。もう30歳も超えているのに、彼女の愛はまるで女子高生のように純粋で盲目的。だけど相手に有無を言わせない自己中な愛だ。相手の都合なんて考えない。相手の気持ちも考えない。相手を自分の好みに変えようとする。相手の男の本質さえ見えていないのだろう。わがままなティーンのように「私を愛して、もっと愛して、どうして愛してくれない」とだだをこねる。そんな恋に溺れる30代の彼女はあまりにも愚かで痛々しい。



ものすごく自己中な彼女なのに、それでも彼女を憎めないのは、彼女があまりにも真剣だからだ。彼女は自分が何をしたいのか、何が欲しいのかをはっきりと分かっている。旦那様にばれてしまえば、臆することなく開き直る。真剣だから隠す必要も無いのだろう。自分が犯した社会的な罪もすべて分かった上でなおも突き進んでいく。後悔は一切ない。真正面から自分に正直なのだ。彼女の寂しい結婚を考えれば、無理もないことだと自然に思えてしまう。


だけどそんな女性は、相手の男性にとってはとてつもなく重い女だ。おまけにこの女性は、自分の旦那様とは正反対のタイプの男を好きになったのに、そのうち彼に、旦那様のような教養や落ち着きを要求し始めるのだ。誰が見ても明らかに傲慢で迷惑なのに 、彼女はそんな自分のわがままなエゴにも一切気付けない。そこからいろんなことが壊れていく。可哀相だけどどうにもならない。まさに出口のない恋。そんなあたりをこの映画はリアルに辛辣に描ききっている。



たまたま比べる材料があったから見た映画だったのだが、思った以上に恋に盲目な女性をリアルに描ききっていてただただ考えさせられた。人物達の会話の中に、恋や情熱さえも哲学的に解明しようとする内容があったりするのも、頭でっかちなイギリスらしい。


いかに反社会的な行動ではあっても、ここまで恋に純粋な女性を頭ごなしに非難することは非常に難しい。自己中で愚かなのに、自分の気持ちに一切の迷いがない彼女を見ていると、心から可哀相だなと思ってしまう。最後は思わずもらい泣きをした。


余談だが、NHKドラマ『はつ恋』との大きな違いは、それぞれの主人公の女性達の意志の有無かと思う。ヘスターさんが全ての言動や行動を自分で決めているのに対して、TVドラマの緑さんはほとんどの行動を他の人に決められている。緑さんは常に人の意志に流されているのだ。私がヘスターさんを受け入れ、緑さんの行動をもどかしく思うのも、彼女達の行動の根源に強い意志があるか無いかを見るからではないかと思う。自らの意志によって行動し、命がけで自己中愛を貫くヘスターさんを、何故か憎めない理由もそのあたりにあるのだろうと思う。愛を描いても国民性の違いなのだろうか。面白いなと思う。


不倫ものの心理劇に興味のある方には、よく出来たいい映画だと思う。言葉で非常に辛辣に踏み込んだ描写もリアルです。元々は舞台劇の脚本なのだそうだ。分かりきった内容なのにそれでも心を揺さぶられた。反対に、不倫ものをなんだかロマンティックでステキな話だと思っている方には、絶対にお勧めしない。とんでもなく陰鬱な話です。