2018年9月25日火曜日

映画『クレイジー・リッチ/Crazy Rich Asian』(2018):アジアの大富豪ライフを覗く






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Crazy Rich Asian2018年)/米/カラー
120分/監督:Jon M. Chu
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ちょっと前に見た映画。話題になっていたので見に行った。以前映画「BlacKkKlansman」のエントリーで人種問題の話が出て、その感想に私は「白人以外の人々が頑張ってくれるのならぜひ応援したい」と書いたわけですが…。もちろん東アジアの人々が西洋に対して頑張ってくれるのならもっとありがたい東アジアのいい印象が西洋の人々にもいきわたって、結果ワタクシのような普通の東アジア人でも(もちろん日本からの旅行者も)西洋での居心地がよくなるのであれば大変よろしい。

アジアよもっとがんばってくれ!


西洋の人々にとっての東アジアとは本当に遠いところ。だから西洋は基本的に東アジアと黄色人種にはあまり関心がないんですよ。 15年ほど前に(エキゾティズムをベースにした)日本テーマの映画や中国映画が西洋でもちょっと話題になった時期があったのだけれど、ここ10年程はなんとなくそういうのも下火になったのかな…と思っていた。
 
そこへ今年突然出てきたこの映画

ハリウッド製東アジア人ばかりの出る映画。それが世界中で大ヒット!

だそうですよ。おぅ…本当ですかそれは…ほ~…どうして?

 世界中でものすごく売れているんだそうですこの映画。東アジア人/黄色人種ばかりが出る映画が世界中でこんなに売れるって…どうしてでしょう?
 
このハリウッド製東アジア人ばかりの出る映画が大ヒットしている事実は、映画そのもの以上にも大きな話題になっていて、西洋の一般メディアもこの映画をきっかけに東アジアについての記事を載せているのがまた面白い。おお…ついにきたか…アジアンパワー!

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ちなみに西洋(特にヨーロッパ)で言うところのアジアとは、トルコから始まって中近東、インドを含む西洋よりも東側に位置する地域を指し、アジアとは言っても中国や東南及び東アジア(太平洋側)だけの国々を指すとは限らない。しかしこの映画で言う「アジア」とは東アジアです。その人々は黄色人種(モンゴロイド)。この映画には黄色人種しか出てこない。
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というわけで見に行った。映画そのものも面白かったです。話は単純。西洋から見れば東洋のエキゾティズムにわかりやすいストーリーでヒットしたというのはありますね。

ともかく、ハリウッドの製作で東アジア系の作家の本がオール東アジアキャストで映画化され、その映画が世界中で大ヒットしている…というのは大変嬉しい。本当に嬉しい。そしてとても驚いてます。やっぱり時代は変わってきているのね。ありがとうありがとう😭


★あらすじ
主人公は中国系アメリカ人女性レイチェル。ニューヨーク大学で経済学を教える教授。シンガポール人のボーイフレンド・ニックが友人の結婚式に出席するのに伴って、彼のシンガポールの実家を訪ねる。ニックの家族はアジアの有名な大富豪一族だった。伝統のアジアVS叩き上げアメリカ娘。西洋VS東洋。さて結果はどうなる。


ネタバレ注意

アジアの大富豪ライフを覗く

これはぶっちゃけ、アジアの大富豪を見てすごいすごい…という映画。とにかく桁外れの大富豪の生活を覗き見る。それが面白いのね。まぁあまり言いたくはないけれど(今まで)西洋人は東アジアの大富豪と言われてもイメージとしてピンとこなかったわけですよ。実際20世紀の東アジアというのは西洋に比べてそれほど裕福ではなかったわけで…。しかし今はメディアでも近年東アジアがうまくやっているらしい噂だけは西洋にも十分伝わってきている。東洋の大富豪とはいったいどんな生活をしているのだろう? 興味津々。

この映画はそれにうまく答えてくれた。東アジアの大富豪はどんなにリッチなのか…を見せてくれる映画なんですよこれは。それを見てほーすごいねぇーと面白がるのがまず一番。実際面白いです。大衆とは自分には想像も出来ないほどのお金持ちの生活を覗いてみたいものでして…。

私はこの映画が大ヒットしている一番の理由は、そんな「世界中の一般大衆の興味」をうまい具合に刺激した結果ではないかと思います。それに東洋の神秘が加われば、いやーもう見たい見たい。東洋の大富豪ってどんな生活をしているのだろう???

実はそれ以外にはあまりたいした映画ではないです。シンデレラストーリーとも言い難いだろう。アメリカ育ちの普通の娘が覗き見た東アジアの大富豪の生活。それでこの映画の評価のほぼ70%はカバーされる。

米育ちの普通の娘と東洋の上流階級

この映画は、基本的に東洋の富がいかにすごいか…の宣伝のような映画なので、普通のアメリカ娘と東洋の上流階級の対比がこれでもかと強調される。

プライベートジェット(←これは出てこない)や島を借りてのパーティー、豪邸やファッションなどのお金で買える物が豪華なのはあたりえ。東洋の上流階級の人々はルックスもいい。皆高身長でスタイルがよく優雅。

また彼らシンガポールの大富豪の多くは、子供達を英国の全寮制の寄宿学校に送るので、若い世代は皆英国の育ちのいいアクセントで喋る(ちなみにシンガポールの公用語は英語)。演じる女優さん達は元ボンドガールのMichelle Yeoさん。英国育ちでモデル出身のGemma Chanさん。Sonoya Mizunoさんも英国育ちのバレリーナだそう。皆美しい。男性の俳優さん達も皆さん素敵です。

そこに入り込んだアメリカ娘。普通のルックスの女の子。なぜだ?どうしてキャスティングはこの子をアメリカ代表に選んだのだろう?十分可愛いんですけどね。しかし小さい。背もおっぱいも小さいこの女優さんは決してゴージャスとは言い難く…。なぜなのよ。アメリカにはもっと綺麗な中国系の女優さんがいるだろうに…。元々このConstance Wuさんは、現在アメリカで製作されている…台湾からの移民の家族を描いたTVドラマ『Fresh Off the Boat』で既に有名らしいのだけれど、それにしてもこのアメリカ代表の小さい女の子は東洋の神秘美女軍団に囲まれるとちょっとかわいそうにも見えてくる。この差は意図的なものなのでしょうかね。

東洋VS西洋

アメリカ育ちの普通の娘レイチェルは自分で努力をして大学教授になった。努力をすれば結果が出る。そんな個人主義、実力主義の生き方を実践してきた。そこに東洋の壁が立ちはだかる。アメリカの個人主義と東洋の「家」のぶつかり合い。そんな話も織り込まれる。

シンデレラストーリーではない

レイチェルちゃんが慎ましい出自から大学教授にまで上ったことは、アメリカなら個人の努力だと尊敬されるだろうけれど、アジアの大富豪一族には何の意味も無いらしい。東アジアの大富豪一族が重要視するのは息子の嫁の家柄。大切なのは嫁の家柄家柄家柄…。
 
しかし東洋サイドの理屈も十分理解できるわけです。大富豪には大富豪のルールがある。息子は将来家を継ぐ。息子の嫁は家のビジネスに幸運とチャンスをもたらす家と家の関係を繋ぐ者でなければならない。そんなのあたりまえですよね。彼らにとってレイチェルは何処の馬の骨ともわからないアメリカの小娘…そんな娘に、それまで何代にもわたって築いてきたビジネスの帝国を将来任せるわけにはいかないのですよ。そのアメリカの小娘がどんなに知的であったとしても…哀しい哉。こういうことは理屈ではどうにもならない。この女の子はこの家族に入っても浮きますよね。全く受け入れられないと思う。結婚したら辛いでしょう。だからこれはシンデレラストーリーにはならないと思う。
 
最後のどんでん返し

私は、ニックのママとレイチェルが麻雀対決をした時の会話で、ニックとレイチェルは決裂したと思ったんですよ。アメリカ娘は散々いじめられたけれど、最後は東洋の神秘にアメリカ娘のプライドで釘を刺した。「あなたの息子と別れてあげるわ」…あっぱれあっぱれ。よくやった…と私は喜んだ。ところが最後はひっくり返った。
 
えええええぇなんで?アメリカ娘のプライドはどうしたのよぉ。それを受けてもあなた…苦労するわよ。パーティーの魚なんてまだまだ甘い。もっともっと酷い事が起こるかもしれない。いいのかいいのかレイチェルちゃん。やめたほうがいいと思う。
 
…というわけで、最後はレイチェルちゃんの将来がとても心配になった。確かに知的なニックのママとは気が合いそうなんですけどね。しかし無理だよなぁ…。アメリカ的な合理主義で育った女性が、中国的な伝統と繋がりを重んじる世界に相容れるわけがない。

続編はあるのか

原作のことは知らないのですが、この映画がこれだけヒットしているのなら続編が作られるのは間違いないでしょう。レイチェルちゃんはシンガポールに移住するのか?しかし…これは辛い話にしかならないのではないか。シンデレラストーリーなんて無理。あそこにレイチェルちゃんが馴染む姿は想像できない。ほんとに。どうなるんですかね。
 
結局は、頑張りやさんのレイチェルちゃんがかわいそうになってしまった印象。もちろんロマンティックコメディのハリウッドブロックバスターならハッピーエンディングでなければならないのはわかっているのだけれど…。
 
 
それにしても、主役の女の子がニューヨーク育ちの白人の女の子だったらどうなったのだろう?白人でも家柄がしっかりしていれば結婚は可能なのだろうか?それとも中国系でなければならないのか? 色々と考えさせられる東洋の神秘。ところでニック役のヘンリー・ゴールディング君はええ男ですね😊


2018年9月23日日曜日

TBS 日曜劇場『この世界の片隅に』第9話・最終回



これはいいドラマだ。

とうとう終わっちゃいましたね。このドラマは毎週楽しみでした。登場人物の皆それぞれを好きになって皆の幸せを願う。終わってしまってちょっと名残惜しい。

アニメの映画を見ているのでストーリーはわかっていたのだけれど、実写化されてますます心動きました。いい原作の上に俳優さん達が息を吹き込むことでまた別の魅力が見えてくる。


今回はすずの妹すみちゃんの女優さんが素晴らしかった。彼女で泣きました。久保田紗友さんは本当にいい女優さん。すずに父母のこと、自分の腕の痣のことを話しながら目には大粒の涙。すずの描いた漫画を見て病床で一人泣く場面。すずを探して訪ねて来た周作の「すずさんと一緒に生きていけるのはえらい幸せじゃ思うとります」の言葉を聞いて目を輝かせる一瞬の表情の直後の寂しそうな顔。彼女の出ている場面は全てが素晴らしかった。すずと二人のゆっくりな優しい広島弁での会話がいい。

それから幼い節子ちゃんのシーン。駅に迷い込んですず達に出合ったシーンでは彼女から目が離せない。子供さんというのは本当にすごいと思う。可愛い。彼女が転げ落ちたおにぎりを拾ってすずに届ける。すずがかわりに綺麗なおにぎりを節子ちゃんにあげるのもいい。節子ちゃんは一口食べてちょっと微笑む。小さいのにいい女優さん。すずの右腕を見て黙って隣に座る様子もたまらなくかわいい。すずを見上げる目はなんと綺麗な。すずの腕にしがみついて小さく「おかあちゃん」と呟く。泣きそうになる。すず「この広島でよう生きとってくれんさったね」。家に連れて帰れば北條家の皆も笑顔で彼女を迎える。径子さんが晴美ちゃんの服を節子ちゃんにあてがう時の表情。北條家に家族が増えた。


周りの人々にも日常が戻ってきましたね。志野さんの旦那さんが帰ってきた。本当によかった。幸子さんは成瀬さんと幸せを紡ぎ始めた。成瀬さんもいい人。よかったです。堂本のお爺ちゃんは石段に座って本を読む。トモロヲお父さんも最後まで飄々として面白かった。径子さんはお勤め。義理の母はすずを優しく労わる。そして宮本信子おばあちゃんはのりを作り続ける。

水原さんが無事でしたね。よかったです。嬉しい。幸せになって欲しいな。

そしてもちろん主演の松本穂香さんと松坂桃李さんがよかった。松本さんのふんわりとした感じと松坂さんの純朴で不器用そうな感じがいい。このお二人は本当に仲が良くていい化学反応がありましたね。戸惑いながらお互いに寄り添うように少しずつ夫婦らしくなっていくのがいい。毎回お二人を見るのが楽しみでした。



このドラマはエキストラを使った街のシーンも、当時の記録映像のように見えるほどその再現がよく出来ているのではないかと思う。衣装も街の色合いもそれらしい雰囲気がよく出ていると思う。破壊された広島のCGの街の様子には少なからずショックを受けた。北條家のある高台から見る呉の街も焼けてしまったけれど、CGで再現された焼ける前の呉の街の眺めはとても美しかった。

このドラマは毎回タイトルの入れ方もよかったです。
色んなものが本当にいいドラマでした。

現代シーンは全くいらなかったと思うけれど(笑)すずさんがお元気なのに驚いた。カープ女子か。いいじゃないですか。

また録画を見直そうと思います。出来ればBlu-rayDVDを出して欲しい。そして出来れば英語の字幕を入れて欲しい。いいドラマでした。ありがとうございました。



広島県の呉市、三原市、坂町、岡山県の倉敷市では現在も多くのボランティアを募集しています。

全社協 被災地支援・災害ボランティア情報
 https://www.saigaivc.com/

 広島県災害ボランティア情報
  https://hiroshima.shienp.net/
 くれ災害ボランティアセンター
  http://kuresc.net/svc/
 三原市社会福祉協議会
  http://www.m-shakyo.jp/
 坂町社会福祉協議会 坂町災害たすけあいセンター
  http://saka-shakyo.com/tasukeai.html
 

 岡山県・倉敷市災害ボランティアセンター
  https://peraichi.com/landing_pages/view/kuravol


2018年9月20日木曜日

TBS 日曜劇場『この世界の片隅に』第8話



戦争が終わった回。

広島に新型爆弾が落ちたことは本当らしいのだが、その後詳しい情報は入ってこない。北條家の女性達も近所の女性達と共に草履を編む。
 
近所の人々も皆不安な気持ちで一杯だろうに誰も愚痴をこぼさない。刈谷タキさん(木野花)も広島に行った息子さんが心配なのに溜息はついても直ぐに「手を動かしましょう」と皆には笑顔。彼女が笑顔を見せるのは、自分が辛い顔をすれば皆にも辛い思いをさせることがわかっているから。それは彼女の心配り。看護の経験のある知多ハルさん(竹内都子)は広島に行くという。広島に行きたがるすずを「連れて行けない」と断れば、堂本美津さん(宮地雅子)が紙に情報を書いて渡すようにアドバイスしてくれる。この近所のおばちゃん達がいい。皆辛い中にありながらそれぞれが相手を思いやっている。いいシーン。
 
終戦も近所の皆とラジオの玉音放送を聞いて迎える。
 
放送は言葉もろくに聞こえない。皆戸惑っている。神と崇めた天皇陛下の声は「まるで人間の声のような…」。堂本のお爺ちゃんは外で立っている。「どういうこと?つまりは負けたということかね。じいちゃん負けたらどうなる?」と問えば「わからん」と答える「負けたことがないけんのう」。
 
すずさんの怒りも戸惑いから出たもの。一人立ち上がって「納得できん。まだ戦える」と言っている。もちろん彼女も本当に戦い続けたいわけではない。外で一人大泣きするのも突然の終戦で感情をどうしていいかわからないから。
 
 
実際の戦争とは…終戦もこのような感じだったのだろうと思う。普通の19歳の女の子にとっての戦争とは…国のエラい誰かが始めて、外国が攻めてきて、毎日空襲にあって、そしてある日突然終わる。 子供の頃から…日本は強い国だ、絶対に負けないと教え込まれ、本土決戦になれば最後の一人まで戦い抜くと信じてきた。それがお国のためだと教えられた。 一般の市民にとっての戦争とはそのようなもの。その戦争ですずさんは手を失い大切な家族を失った。そしてある日戦争は突然終わる。納得がいかない。どうすればいいかわからない。彼女の怒りと大粒の涙は「終戦」をどう受け止めていいのかわからないから。
 
この話(原作・アニメ・ドラマ)のすごいところはそこだろうと思う。普通の人々にとって…特に若い女性にとっての戦争とはどういうものだったのか。
 
戦争は突然終わってまた日常が戻ってくる。それでも戦争中に失ったものはもう戻ってこない。日々が日常に戻っても、無くしたもの亡くした者はもうかえってこない。心と身体に負った傷はいつまでも癒えることは無い。 …戦争は国が始めた。私が始めた戦争ではない。戦争はいつしか始まったもの…なぜ私は私の愛する人々はこれほどまで辛い思いをしなければならなかったのか。納得がいかない。納得できる理由付けができない。
 
 
すずさんと同じ世代でもう亡くなった実家の家族に、私も以前こういう話をよく聞いた。彼女も終戦で大声をあげて泣いたそうだ。それと同時に「やっと終わった」と思ったとも言っていた。このドラマを見ると、いつも彼女のことを思い出す。彼女はどのようにこのドラマを見ただろうかと思う。
 
 

2018年9月18日火曜日

お猫様H:もう9月半ば



っと15日も過ぎていた
もう9月も半分過ぎたのか
時間がどんどん過ぎる
困るねぇ

8月末のお写真
かわE
丸い目。無心な目と言おうか。昔からこういう目をする。シェルターの書類の写真にもこういう目で写っていた。ちょっと宇宙人っぽい
キリッ
目が綺麗
かわe
猫さんのいる生活はいい
 
 
 

2018年9月11日火曜日

Prince -Mary Don’t You Weep (2018)



素晴らしい



 Prince -Mary Don’t You Weep (2018)

Album:  Piano & a Microphone 1983
Expected Release:  Sep 21, 2018  
℗ 2018 NPG Records, Inc. under exclusive license to Warner Bros.
Records Inc. All Rights Reserved.


映画『BLACKKKLANSMAN』のエンディングのクレジットで流れる曲。これは素晴らしい。極上。これを聴くためだけでも映画館に行く価値があった。声もいいがピアノがまたいい。ピアノと歌声だけなのにパワフル。すごいな。

この曲は921日に発売予定のPrinceのアルバム『Piano & A Microphone 1983』から。アルバムは全9曲。1983年に自宅のスタジオでカセットに録音されたピアノと彼の声のみの未発表のパフォーマンスらしい。


映画『BlacKkKlansman』(2018):面白い映画・エンタメであり教育的でもあり




 


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BlacKkKlansman2018年)/米/カラー
135分/監督:Spike Lee
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面白かったです。映画としてとても面白かった。この映画は(スパイク・リー監督らしく)内容は真面目な社会派の映画なのですが、まずそれ以前にエンタメとしても大変面白い。アメリカの人種問題の外側にいる…在米10年目の外国人の私にとっては、単なるエンタメとしてもとても楽しめた。

面白かったです。

ここでは「この映画は人種問題を扱って大変すばらしく」とか「いやもっと踏み込んでもっとメッセージ性を強く出した方がよい」などということは言わない。実際よくわからないのですよアメリカの人種問題。だからあまり意見も無い。

私の人種に関する意見を言うならば、

英国でも米国でもヨーロッパでも白人というのは白人以外の人種が嫌いな人が結構いるのね

という個人的な経験から得た知識のみ。しかしたいしたこともないんですよね。個人的にはそれほど辛い思いをしたわけでもない。そういう状況に積極的に挑戦して敵と戦ったわけでもない。失礼な相手と喧嘩をしたり嫌な思いをしたこともないわけではないけれど、どちらかと言えばこちらからは「触らぬ神に祟りなし」。嫌な思いをしそうな場所にはいかない。そういう人々には近づかない。そういう人々とお友達になろうとも思わない。フレンドリーで親切な人々とだけお友達になればよい…もちろん親切でいい人々も沢山いる。…というわけでそういう問題に対して結局私はヘタレのダメダメなんですけど、正直人種問題で悩むのはめんどくさい。「どうせ私は外国人だから」という逃げもある。だからあまり人種問題については語れないのですよワタクシ。
 
しかし白人が白人至上主義で威張っているのなら誰かにガツンとやってもらいたい気がするのは正直なところ。結局白人にとっては、アフリカ系もラテン系もヒスパニック系もアジア系もアラブ系もユダヤ系もインド系もぜーんぶ一緒…カラードの括りになってしまうので、白人以外の方々が色んな形で頑張ってくださるのなら是非応援したい。いつか世の中が変わって(カラードの)私の居心地が少しでも良くなるのなら嬉しい。
 
そんな曖昧な立ち位置から見た映画。よかったですよ。面白かったです。
 
 
アメリカの人種問題を扱った映画と聞けば、外国人にはわかり辛い小難しい映画ではないかと思うかもしれないけれどそんなことはない。そこがリー監督と脚本家の上手いところ。この映画は人種問題を扱っていながら問題を100%理解していなくてもエンタメとして十分楽しめる(もちろん基礎知識はあったほうがいいけれど)。そして押し付けがましくなくじんわりとアメリカの人種差別の歴史と現状を教えてくれる教育的な映画でもある。上手い。


ネタバレ注意
★あらすじ
ストーリーは実話がベース。1979年。コロラド州コロラドスプリングで最初の黒人警察官となったRon  StallworthJohn David Washington)が地元のKKKのメンバー募集の広告を見てそのオフィスに電話。彼(黒人の警察官)がレイシストの白人になりすましてKKKのメンバーになるという話。電話では本人が応対。実際のミーティングでは同僚の白人(ユダヤ人)の警官Flip ZimmermanAdam Driver)にRonとして現場に行ってもらう。電話でのRonの巧みな話術に白人アクセント、そしてKKKメンバーと対峙するFlipの機転とカリスマで作戦は成功。


主人公のRonを演じるジョン・デビッド・ワシントン  さんは、なんとデンゼル・ワシントンさんの息子さんだそうです。この俳優さんがどことなくユーモラスなのがいい。鷹揚に構えてどちらかと言えば無表情なのになんとなくおかしい。主人公としてすぐに好きになる。

そして同僚ユダヤ人のFlipを演じるアダム・ドライバーさん。このアダム・ドライバーさんが最高。ものすごくかっこいい。実際のKKKの現場に行くのはFlipなんですよね。彼が現場で敵と対峙する。そして彼には何度も危機が訪れる…身元がバレそうになる。その度にFlip極右の白人至上主義者になりきって激しい差別言葉を使い、御本人のカリスマ、機敏な行動で毎回危機を脱するのが痛快。この役はとてもいい。

この二人と、数名の同僚の警察官達が協力し合って地元の極悪グループKKKのアジトに潜入捜査を行う。

それと同時にアフリカ系の学生達は集会を開き(彼らも警察から監視対象)、KKKKKKで大親分David Dukeを招いて会合…そこへ地元の警官も警護に送られる。まあ様々な状況が重なっていくわけですが、全体に常に緊張感があって飽きない。中だるみしないので短く感じる。2時間もある長い映画だとは思わなかった。後で知って驚いた。


この映画が作られた背景は、もちろん現在のアメリカの(トランプ大統領の元)政治的右派と左派により分断された現状を反映してのもの。しかし白人至上主義者たちが自由と平等の国=米国にとって大変な問題なのは事実ではあるものの、この映画は必ずしも白人至上主義者達を一方的に糾弾するだけのものではないのも興味深い。

KKKのメンバー達が会合で「White Power, White Power」と叫ぶ場面を映せば、それと同時進行でアフリカ系の学生達が集会で「Black Power, Black Power」と叫ぶ様子も映し出す。RonのガールフレンドPatriceが「Ronが警官なら付き合えないわ」というのも彼女の警官に対する偏見。ユダヤ人のFlipは「今まで自分がユダヤ人だと深く考えたことはなかった。いつも白人としてやっていけた」と言う。

事実アメリカには白人至上主義の長い歴史がある。KKKの始まりは、南北戦争で負けた南部の旧連合国の白人達が、(奴隷制廃止を決定した)北部に対抗して作ったものであるらしい。また1915年に製作されたDW・グリフィス監督による無声映画『國民の創生/Birth of a Nation)』がKKKのプロパガンダに使われたこともこの映画で知った。これもまたアメリカの歴史。この映画の後に気になってこの辺りの歴史を少し調べようと思えたのもよかった。ためになる。


アメリカの人種問題は、私は当事者であるとは言い難く、だからこそまだまだ学ぶことも多いのだが、実際この映画は見る人の立場により見え方、受け取り方もずいぶん変わってくるのではないかとも思う。日々差別的白人と対峙している人にとっては、非情に恐ろしいアメリカの現状を示した映画でもありますね。この映画での1979年の白人至上主義者の言葉と、現在のトランプ大統領の言葉が重なっている脚本はもちろん意図的なもの。映画の最後に、去年米ヴァージニア州シャーロッツビルでの白人至上主義者達の集会の様子が流れましたが、一部のアメリカでは1979年から何も変わっていないのだろうか?…と考えずにはいられない。


エンディングで流れるプリンスの曲が素晴らしい。
ハリー・ベラフォンテさんが出てきた。
とにかくアダム・ドライバーさんがいい彼を見るだけでも価値がある。カリスマがすごい。ちょっと回転数を落としたような低い声もいい。 
RonFlipKKKを信じさせるために、それはそれはもう酷い差別用語を吐き捨てるように喋るわけですが、それが直接彼らの安全を守ることにもなるので酷い言葉なのに少しだけ安心してしまうのは妙な感覚。
KKKのシンボルマークが丸に十の字で島津の家紋と一緒なんですけど、知らなかった。
KKKの大親分David Duke氏を2000年頃のアメリカのコメディ『That '70s Show』の主人公トファー・グレイスさんが演じているのに大笑い。そっくり。