2019年8月17日土曜日

米国・黒猫感謝の日/Black Cat Appreciation Day!!!



そうだ今日は黒猫に感謝する日
8月は黒猫の日が2日もあるのだな。
ちょっと昔の写真を猫フォルダーから拾ってきた。


20149 この年の5月にうちにやってきて4ヶ月目。たぶん1歳ぐらい。小さくて細い。まだ子猫です。ものすごい運動量でした。
201412 大きくなった。
20152 壁に貼り付けたおもちゃを見てます
20158
201510 2歳ぐらい
201612 3歳 ヤモリを見つけた
201710 4
201810 5
20198 今日 もうすぐ6歳  丸いな
 
 

BABYMETAL:家ソニ今見たよ❤見てる





BABYMETALちゃんかっこよかったよ~
今日本は土曜夜8時ぐらいかな。こちらは午前さま。
お家でライブを見れるしあわせ。

ちょっと前にBAND-MAID ちゃんも見たLOVE

レッチリ見てる。「Can't Stop」に「Dark Necessities」って…なんか名曲目白押しなんですけど。いいねぇ。このバンドは一度見るべきだったわ。踊ってます。フリーの頭がサッカーボール。レパードか。キリンかもしれんね。

 

2019年8月16日金曜日

Jane Child - Don't Wanna Fall In Love (1990)




うわぁあああったあったこういう曲



Jane Child - Don't Wanna Fall In Love (1990)

Album:  Jane Child
Released: Dec 31, 1988
℗ 2004 Atlantic Recording Corp.
Manufactured & Marketed by Warner Strategic Marketing


今の今まで100忘れていたわっワンヒット・ワンダーッ。やったやったやったでかしたっYoutube!!! こーの曲は完全に忘れてましたねぇ。ふああああYoutubeってすげぇわ。ほんとにすげえわ。あーびっくりした。

さっきから米のドラマPOSEのシーズン2のサウンドトラックを探っていたのですが…。ドラマにこの曲が出てきたわけではないんですけど、ドラマに出て来た1990年あたりの懐メロをYoutube で見ていたら、横に「おすすめ」でこの曲が出て来た。

Jane Child?ん?…ん?…なんか…この髪型見覚えがある…。

と思って動画をクリックしたら、
あぁああーっ知っとるわっこの曲っ!
あったあったあったあったあったねぇ。ほぉー…。

1990年の曲…ということは…29年前か?ギャーッ!29年も聴いてなかったのねうひゃーっ!あったあった今思い出した。あーびっくりした。

そういえばこの曲が売れていた時、このお方はとても才能がある…という話ではなかったかな?そうでしたよね。だって今聴いてもやっぱりシンセ音がすごいもんね。えーあれからどうなったの?

まーそれにしても嬉しいわ。またこの曲が聴けてよかったです。Youtubeあっぱれ。大きな拍手。よくぞRecommendしてくださいました。ありがとうありがとうありがとうLove Love Love❤❤❤

早速記録しておきましょう。


…ああ…なんか色々急に思い出したわ。丁度この頃、1990年にオフィスが一時的に渋谷にあって、会社の近くの道端でインド人がインドのガラス製の細い輪のブレスレット(バングル)を売ってたんですよ。このビデオのジェーンさんがしているような形の(彼女のは金属だと思う)。それでお昼休みにそのガラス製のバングルを買いに行って…5本ぐらいかな?10本かな?…買って会社に持ち帰って腕に着けて、そのままパソコンを触ってたんですけど。そしたらそのガラスのバングルがパリパリ割れるの。ちょっとキーボードに当たっただけでパキッと静かに割れる。それで全部1日もたなかったんですよね。キラキラとラメが入って綺麗だったのになぁ。あれはどうやら大量に腕に通して使うものらしい…いやよく知らないけれど。そもそもオフィスでつけるものではないのだろうな。
 

2019年8月15日木曜日

お猫様H:大興奮



窓の上のカーテンの後ろにヤモリを発見!プクプク太って大きい。10㎝くらい?うわああっと声をあげたら、いきなり走り寄る黒い影。猫さんも下からヤモリを発見したらしい。

ヤバイ。大きいな。これは私だけでは無理だわ。旦那Aに声をかける。今忙しくて手が離せないという。現場に仁王立ちになって腕を組み考える。さてどうしようか。

足元では猫さんが大興奮。ヤモリを見上げてうぁうぁ喋りながら椅子に乗ったり降りたりそわそわと動き回る。そして心を決めたようにヤモリのいる窓の下にどっかと腰をおろした。

「ここはわたしに任せて」


ワクワクが止まらない


 

猫は獲物を待って狩る。彼女はまた勝手に狩りを始めたらしい。実は彼女がヤモリと遊びたいだけなのはわかっているのだけれど、狂暴な彼女とヤモリを遊ばせるわけにはいかない。

Hさん、いつも眠そうな顔なのに、その丸い目はどうした?飛び出しそうじゃないか。目をランランと輝かせるとはこういうことだ。鼻息も荒く興奮したその顔は可愛いけれど、ヤモリから見たらとても恐ろしい形相だろう。

なんとかヤモリを箱で捕まえようと試みる。決して彼を床に落としてはいけない。私がなんとかしようと動き回るたびに、黒い猛獣はうるさく喋りながら下から割り込んでくる「なになになにわたしに見せてよ」

15分ほどして旦那Aがやってきた。一人が追い、一人が上からヤモリに箱を被せて捕らえ、薄い板を箱の横から滑り込ませて蓋をする。つかまえた。そのまま外に持っていって放す。ほっとする。

その後、猫さんは「あれはどこいったのよ?」と騒ぐ。窓枠を見上げて「うわああぁ」と鳴き声をあげる。「ゲッコーさんはお外に行ったわよ」と言えば、Hさんはものすごい勢いで部屋を走り出て階段を駆け上がり、2階の部屋でふてくされてしばらく降りてこなかった。


 

2019年8月14日水曜日

BGMとしてのダンス・ミュージック



これがひとつの答えかもしれない



Luca Debonaire - Falling Down (2019)
 
Falling Down - Single
Luca Debonaire
Released: Feb 11, 2019
℗ 2019 Effective Records


今年に入ってからダンスミュージックへの熱が戻ってきて、英国のダンスチャートから拾ったダンス曲ばかりを日々聴いている。そういえば私はすっかりロックの新譜を聴かなくなってしまった。

なぜだろう。なぜ私はロックを聴かなくなってしまったのか?

あれだけ三度の飯よりも好きだったロック。新譜が出るたびにわくわくしていたバンドの奏でる音楽。大金を注ぎ込んで好きなアーティストのアルバムを買い集め、ライブがあれば必ず見に行って応援していたのに…

ロックに対するあの情熱はどこにいった?

CD屋が減ったからとか、配信のダウンロードやストリーミングになったから状況が変ったからとか、年を取ったから、環境が変わったからとか…色々な理由はあるのだろうが、その一番の理由はどれなのだろう?


そんな風に思っていたある日、動画サイトでこのビデオを見つけた。

とても気持ちがいい。
心奪われるほど気持ちがいい。

(おそらくアーティストのオフィシャルMVでもない)いち音楽ファンが作ったであろうこの美しいビデオ。この動画に心奪われる。

…確かに曲そのものもいいのだけれど、それだけではないですよね。ぶっちゃけこの曲はこの綺麗な映像のBGMでしかない。それなのにこの気持ちのよさはなんなのだ?

答えはきっとここにある…なぜ私がダンス・ミュージックの様々なジャンル…ポップス風EDMから、トランスやハウス、プログレッシブ・ハウスまでを好んで聴くようになったのか?

ダンス・ミュージックは
日常のBGMとして最高

エクササイズ、ハイキング、ウォーキング、ランニング(←一般的な話です。もちろん超インドア派の私はそういうことはやらない)。いやスポーツだけではない。日常の生活の中のBGM…移動/ドライブ、キッチンでの料理、ヘッドフォンをしての家事/掃除機、洗濯、お片づけ。それにパソコンに向ってブログの文章を書いている時にも…。
 
こういう音楽は日常の邪魔にならない

 
単なる日常のBGM。邪魔にならない音楽。それでも音楽はやっぱり音楽。間違いなく人の感覚を心地よく刺激してくれる…。
 
年を取って、昔のようにバンドやその音楽を熱狂的に追いかけることもなくなってしまった今、求めている音楽は心地よいBGM。日常を美しく彩ってくれるBGM。それが今私が日常でダンス・ミュージックを聴きたがる理由なのかもしれない。
 
…今でもライブを見るのならやっぱり生のバンドがいいのにね。

2019年8月12日月曜日

BBCの記事(8月11日付):Armada Musicの内部を探る・オランダの巨大ダンス・レーベルの物語



BBC』の記事を見ていたらたまたま見つけた。ここのところダンスミュージック界隈が気になっていたので読んでみたら、Armada社のサクセス・ストーリーでした。かなり成功しているんですねこの会社。このブログでも2012年ごろに何曲かArmada社の曲を取り上げたことがあったのですが、大きくなったのは20132014年ぐらいだそうです。なんだ知らなかったわ。アーミンさんよかったですね。すごいな。

この会社は(今どきの会社らしく)若い社員の多い活気に溢れたお洒落ないい会社みたいです。そんな会社が楽しいダンスミュージックを送り出している。いいことです。

面白いのは、ダンスミュージックを英国で売るのと、アメリカで売るのは方法が違う…という話。この話はどんなジャンルの音楽にも当てはまるのかもしれません。日本からもBABYMETALPerfumeOne OK Rockなどが海外で頑張っていますが、アメリカの市場はなかなか大変なのだなと思わされますね。
 
この記事は音楽の記事というよりも、音楽業界の新しい会社のあり方のような内容なのでビジネス関連の記事だと思うのですが、面白いので訳してみた。

------------------------------------------------------------ 
元記事はこれ
------------------------------------------------------------ 


 
Armada: Inside the world's biggest independent dance label
アルマーダ:世界一大きなインディペンデント・ダンス・レーベルの内部

By Mark Savage
BBC music reporter
11 August 2019


In a drab Dutch office block, a few doors down from the local branch of Carpetright and opposite a crane dredging sludge from the Schinkel canal, lives one of the world's most vibrant and influential record companies.

オランダの殺風景なオフィス街…Carpetrightの地元の店舗から数件離れ、また道路の反対側ではクレーンがSchinkel運河から汚泥を引き揚げている場所に…世界で一番活気に溢れ影響力の大きなレコード会社が存在する、

DJ アーミン・ヴァン・ビューレン/Armin Van Buurenが数名と共に立ち上げたアルマーダ・ミュージック/Armada Musicは、世界でも一番大きなダンスミュージックのレーベルの一つだ。
 
アルマーダはAfrojackFedde Le GrandLoud Luxury、それにErick Morillo等のアーティストの拠点であり、そのセールスと配信のストリームは年に20%から30%の伸び率で成長し続け、またInternational Dance Music Awards(世界ダンスミュージック・アワード)は、アルマーダを6度も「ベスト・グローバル・レーベル」と呼んだ。
 
 
「アーミン・ヴァン・ビューレンは、アルマーダを立ち上げた時に、とてもプロフェッショナルで未来型思考の人々とパートナーになれたのが幸運だった」とDJ Magazineの編集長Carl Lobenは言う。
 
「彼等は共にレーベルを、荒波の中を潜り抜け、今日の巨大なインディペンデント・レーベル企業に仕立て上げた」
 
 
そんなわけで、そのオフィスの外側は陰鬱で灰色だが、その内部は生命力で騒がしく活き活きとしている。
 
ビルの1階にはラジオのスタジオがある…そこからヴァン・ビューレンは世界に同時配信される彼のショー「 A State of Trance」を主催する。そのスタジオの隣には、社内で経営するナイトクラブがあり、そこではアーティスト達が最新式のサウンド・システムで新作を試乗テストできるのだ。
 
社内内部のインテリアは、洒落たラインにびっくりするような細部で一杯…コピー機の横にはエイミー・ワインハウスのグラフィティ風肖像画が掛かっているし、また重役用会議室には巨大な壁一面にレコードが張ってある。
 
「これは仕事とパーティがミックスされたオフィスだね」とFelix De Laetは言う。彼はむしろチャートを上り詰めたクラブ・アクトLost Frequenciesとしての方がよく知られているだろう。
 
「皆今起こっていることに最高に興奮しているんだ。だから僕はこのドアの中に入ってくるたびに大きな笑顔になるんだよ」

 
その(元気で楽しい)雰囲気こそ、この会社のCEOMaykel Piron2003年にワーナー・ミュージックを辞めた時に新しく作りたかったものなのだ。
 
「本当にクリエイティブな環境(のオフィス)を持つことが私の夢だったんですよ。「OK,これがレコード・レーベルで我々がサインしておしまいね」みたいなやつじゃなくてね」と、彼はBBC Newsに語る。
 
「私はアーティスト達にオフィスに来て私達の音楽を作ってもらいたいんです。それがアーティスト達に、私達の「キッチン(制作内部)」を見る機会を与え、そのおかげで私達は彼らと早く契約を結ぶことも出来るかもしれない」
 
 
アルマーダの物語は2003年のイビサ島…ダンスミュージックのスピリチュアル・ホームから始まる。
 
当時ヴァン・ビューレンは、アメリカのハウス・レーベルUnited Recordsと奇妙な状況にあった。
 
彼は振り返る「United Recordsはハウスに注目していたんです。しかし私はトランスこそが私の未来だと信じていました」
 
さらにもっと困ったことには、United Recordsは彼自身の作品は出させたものの、彼が発見した他の(アーティストによる)音楽をリリースすることは渋っていた。
 
「だからその時点で私は「こんなに素晴らしい沢山のデモ作品の上に座っていて、それをただただリリースしたい」と思っていて、
 
「そしたらMaykelCEO)がこう言ったんです「おい自分でやれるよ、いやもっと良くできる」だから私達はそれを実行したんです」
 
 
'One-man show'

そして彼等はヴァン・ビューレンのマネージャーDavid Lewisと共に、3人でアルマーダ/Armadaを立ち上げる(その社名は3人の名前ARmin, MAykel and DAvidの頭文字を組み合わせたもの)

最初から、ヴァン・ビューレンの情熱こそがレーベルの成功の活力だった。

「まるでワンマンショーだったよね」Maykel Pironは言う。「私達には世界で一番成功したDJがいて、彼がラジオのショーをやり、まだ契約していないレコードを集めてきて、…それが私達の会社を始める礎になったんですよ」


しかしアルマーダにはもう一つ極めて重要な好都合があった…タイミングだ。

2003年、違法ダウンロードは音楽業界から大きな部分をもぎ取り、多くのインディペンデントレーベルは希望を無くしていた。

「彼等は言っていました「著作権はもうおしまいだ。もう音楽業界にお金は残らないよ」と」ヴァン・ビューレンは語る「当時はそれが現実だったんです。実際そうでした。」

そんな時にMaykel Pironはチャンスを見極め、突然登場して、それまでオランダで契約された既存のダンスクラシック曲の60%から70%の権利を買い漁ったのだ。

数ヵ月後、アップルがヨーロッパでiTunesを開始。突然それらの「(過去の)価値の無かった」レコーディングの数々が資産に変わった。

Maykel Pironは言う「あれは私達にとってとても素晴らしいスタートの弾みになりましたね。なぜならそんな昔の作品の数々によって私達はコンピレーション・アルバムを作る事が出来たからです。そんな最初のコンピレーションの一つは、たぶん一週末に10000のデジタルコピーを売ったんですよ」

「私達はそうやって会社を作ったんです。私達は銀行に資金提供も受けなかったし、全て自分達だけでやる事が出来た。そしてお金が入ってきたから、もっと人々を雇うこともできたんです」


そんな社員の一人がNadine van Bodegraven。彼女は2010年にアルマーダに参加し、会社の法律関連と商務を取り仕切る。

「当時の部署は、会社がそれを必要としていたのにプロフェッショナルではありませんでした」

「私が経験したおかしなことの一つは、…私達がもしリミクサーに報酬を払わなかったら彼との契約は必要ない…と信じている人がいたことです。」

「それですぐに思ったのです…これは全体の考え方を改めないといけないと」

部署を合理化させた後、van Bodegraven2014年に最高執行責任者に昇進した。


それと同じ頃、レーベルはまた商業的にも大きな成功を勝ち取る…Lost Frequenciesの「Are You With Me」、それからヴァン・ビューレンの「This Is What It Feels Like」はグラミー賞にノミネートされた。

「あれは本当に世界的に大きなヒットで、それから全ての事柄が意味をなすようになったんです」ヴァン・ビューレンは言う。


This Is What It Feels Like」はまたアルマーダの最初のアメリカでのクロスオーバー・ヒット曲で、レーベルの名声に大きな箔をつけた。

Maykel Pironは言う「アメリカでダンスレコードでチャートにあがるのは非常に複雑なんですよ。例えば英国では、BBCラジオとKiss FMに行く。基本的にはそれでいい」

「ところがアメリカでは、ポップスのラジオで曲を流してもらうために、まずオハイオ向けのチームを雇い、ロサンゼルス向けのチーム。アーカンソー向けのチーム…そんな具合にたった一つの曲を推すために40ものプロモーターに働きかけなくてはならないんです。

「それでも、もしその曲を1週間に5000回ラジオで流すまでに持っていけたら、世界中のどこよりもちょっとすごいことなんですよね」

「そんなふうに、とあるレコードと契約をして、それをビルボードのチャートに上らせるのはとても独特で特別な事なんです。それが大好きですけどね。」


そんなMaykel Pironの果てしない熱意は会社全体に行き渡って浸透し、それは会社のあり方も明確にしている。

「彼の作る雰囲気は、人生を楽しみ、そして最高の物を生み出そうとする…それがこのレーベルに入ってきたときにまず感じることなんだ」Felix De Laet.は言う。

「みんなここにいて楽しんでいるんだ。アルマーダと最高の仕事をしようとしている」


だからこそ彼等はアルマーダの本社内にナイトクラブを作り、ほぼ毎週150名のファンやスタッフのためにショーをやっているのだ。

「ファンにとってそれはタダで楽しくてユニークなことだし、そしてスタッフのチームにとっては「おぅこれは新しい曲だ、これをリリースしよう、わくわくするね」ということなんですよ」

それらの多くのギグはヴァン・ビューレンのラジオ・ショーと同じようにライブで配信される。この会社は昔ながらのレコード・レーベルの定義をどんどん拡張しているのだ。


「自分達だけのルールを作る事が出来るのは、インディペンデント(独立系)でいることの利点ですよね。」とvan Bodegravenは言う。

「ダンスミュージックそのものはクラブから発生して、少しアンダーグラウンドで…だから一般の会社の仕組みにはフィットしないんですよ。少し奇妙なほうがいい。私達はそれに応じているんです。私達のDNAにそれがあるから」


会社が大きく強くなるに従って、アルマーダはニューヨークとロンドンにもオフィスを構え、ヴァン・ビューレンが主に知られているトランスのサウンドの範囲をもっと大きく広げようとしている。

またアルマーダはブラジル、アルゼンチン、インド、中国へのビジネスの拡張も考えている。しかしビジネスがどちらの方向に行こうとも、Maykel Pironは一つの黄金ルールにこだわっている。

「たぶん私は古いのかもしれないけれど、私は今でもベストな人と人との関係は、人と人が顔と顔をつき合わせて相手がいかにワクワクしているかを知ることだと思っています」

「これが私が今、2000年頃に生まれたミレニアル世代に教えてあげられることです。もし新しいアクトと契約したいのなら、まず電話をかけて、一緒に食事をして、お互いを知ること。そうやって取引をするんだよと。」


配信ストリーミングのアルゴリズムと、個人の孤独な音楽の聴き方に牛耳られた音楽の世界で、コミュニティはアルマーダの秘密兵器だろう。

「確かに音楽チャートはアーバン・ミュージックで一杯かもしれないけれど、クラブはいつでもテンポの速い音楽をかけ続けるんです。なぜなら人々は踊りたがるし、そのノリを感じたいと思いますからね。」van Bodegravenは言う。

「だから今ラジオで起こっている全てのこととは別に、クラブは常に存在し続けるんです…クラブが私達の基盤なんです。」

------------------------------------------------------------
Camille Jonesvs Fedde le Grand - The Creeps (2007)
Ida Corr vsFedde Le Grand - Let Me Think About It (2007)