2019年12月5日木曜日

Highness - I'm Gonna Do (2019)



新人かな。

 
 
Highness - I'm Gonna Do (2019)

I'm Gonna Do - Single 
Released: May 10, 2019
A Polydor Records Release; ℗ 2019 Polydor Records,
a division of Universal Music Operations Limited

 

UKダンスチャートに半年前ぐらいにチャートに入っていた曲。いい曲。

 
Highness さんとは、
ロンドン在住のDJ/producer。デビューは2018年だそうで新人かな? mo-town soulrock に影響されたhouseをなさるお方だそうです。



2019年12月4日水曜日

映画『三度目の殺人/The Third Murder』(2018):2回目 改めて謎解き+映画の主題とは







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『三度目の殺人(2017年)/日/カラー
124分/監督:Hirokazu Koreeda
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「三度目の殺人」をもう一回見た。昨日は1回だけ見てモヤモヤとしたまま感想を書いたのだけれど、煮詰まったので今日もう1回見ることにした。メモを取りながら見た。なんとか理解できた気がするので書いておこう。
 
自分なりにこの映画の主題とはこのようなものではないかと結論も出した。後で読んでもわかるようにまとめておきたい。昨日書いたものはずいぶん乱暴で間違っていたところもあったのでそれも修正していく。
 
 
映画を見ていない方はここでストップしてください。

★大いにネタバレ注意↓

 

 

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この映画は、運命に翻弄された社会的な弱者の話だと思った。弱者の辿るやり直しのきかない人生。一度つまづいて、また再度つまづく。三隅に起こった様々な出来事は…たまたま不運が重なったとしか言いようがない。本来なら人を裁き、場合によっては救いの手を差し伸べるはずの司法も、この弱者を救い出すことはできなかった。社会は時に意図的にそんな弱者を振るい落とすこともある。そして彼は、一つの光(咲江)を胸に、無言のまま消えていく。不条理。そんな話だと思った。

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★ストーリー

この主人公三隅は、元々人を殺すような人ではなかったのかもしれない。出身は北海道の元炭鉱の町。炭鉱が閉じられてから街ではヤクザが高利貸しをして人々を苦しめるようになった。三隅は当時結婚していて娘もいた。元々正義感が強かった上にキレやすかったのが災いした。人々の苦しむ様子を見ていられずに高利貸し2人を殺害。そして放火。それが30年前。一度目の殺人
 
出所して関東に出てくる。前科者の彼を受け入れてくれた小さな町工場で働くが、そこでも問題にぶつかる。ある日、社長の娘・咲江から、彼女が父親に性的に暴行を受けていることを本人から聞いてしまう。見過ごすことは出来なかった。社長を殺す。二度目の殺人
 
二回目の殺人は、たまたまぶつかった不運だとしか言いようがない。しかし過去に自分の娘を不幸にした三隅は、咲江の苦しみを見過ごすことができなかった。咲江を救おうと父親の社長を殺害…この殺人で、三隅は死刑を免れないと覚悟を決めたのだろう。
 
途中、三隅の計画が狂う。咲江が弁護士に父親との関係を話してしまった。彼女は三隅を救うために法廷で証言したいと言う。それは困る。三隅は咲江を救うつもりで彼女の父親を殺害したのに。
 
そこで「殺人をやっていない」と大芝居。そこから話はめぐって三隅は(計画通り)死刑を宣告される。三隅が(自分の死刑への流れを作った)三度目の殺人咲江も証言をしなかった。彼女は守られた。


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ストーリーとして、昨日詰めが甘いと書いたのは、咲江が法廷で証言をすると言ったあと…三隅が急に「殺人をやってない」と言い始め、そこから死刑宣告までの流れが不自然たと思ったから。司法のことはよく解からないのだけれど、あの時点で三隅が突然「やっていない」と言っても、必ずしも裁判のやり直しにならないとは限らない。死刑が宣告される確証もない。(確かに以前から三隅の証言はコロコロ変わることは知られていたようで)最後にまた証言を覆すことは裁判官の心証を悪くするだろうし、結果も(計画どおり)死刑になったわけだが、確実なやり方ではない。それに咲江が証言をしないままでいる確証もない。
 
咲江が最後に法廷で「父に感謝している」と言った場面も不自然。無駄に混乱する。
 
また咲江は,重盛に三隅を救うために「証言をするな」と言われて従ったわけで、それで結果的に三隅が死刑になってしまったら、その後心穏やかに沈黙していられるのかも大きな疑問。
 
そのあたりが1回目に見て、混乱させられモヤモヤとした印象をもった理由だろうか。

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★三隅の人生
 
一度目、二度目と不運が重なり人を殺害し、司法からも(不都合だからと)振り落とされて死刑を宣告される三隅。最後は意図的に自らを死刑に仕向けるように行動する…それで自らに向けた三度目の殺人。
 
三隅がそうなった理由は、彼が一度目の殺人での刑期を終えた後、新しく始まった第二の人生で、また見逃すことの出来ない状況に不運にもぶつかってしまったから
 
もう運命から逃れられないと思ったのだろう。
 
独房で、彼が小鳥に餌をあげようとした場面に静かな音楽が流れる。小鳥は、彼にとって唯一愛情を注げる対象だった。飼っていたカナリアを一羽だけ逃がしたのは、咲江を逃がすという意味だろう。冬に放されたカナリアが生きていけるのかはわからない。咲江がどうなるのかもわからないが、三隅は自分が彼女を救ったと思いたいのだろう。
 
 
最後に三隅が重盛に告げる
 
「ずっと生まれてこなければよかったと思っていた。私はいるだけで人を傷つける。でもあなたの言うとおりなら、こんな私でも誰か(咲江)の役に立つことが出来る。」
 
映画の場面ではあやふやな描き方をされているが、これは彼が本当に思っていることを言っているのだろう。
 
 
自らの人生に不運が重なって(避ける事が出来ずに)人を二度殺害した三隅は、せめて一人(咲江/一羽のカナリア)を救ってから自分の人生を終わらせようと思ったのだろう。
 
悲しい話ですね。
 
これはそもそも裁判の映画ではないのだろう。結論のある裁判映画だと思うから肩透かしを食わされる。しかし映画全体を、弁護士重盛との会話で明らかになってくる三隅の人生の話だと思えば納得できる。


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三隅も自分の人生や世の中に不満がないわけではない
劇中での三隅の本心らしい言葉を拾ってみた

・色んな事を見て見ぬ振りしなきゃやってられない
・生まれてこない方がよかった人間がいる
・人間の意志とは関係なく命を選別されてる
・理不尽に命を奪われたりする
・人の命を弄ぶ人がいる。理不尽だと言いたい
・彼らの意思とは関係なく命を選別されている
・裁判長には憧れた…人の命を自由にできる
・ずっと生まれてこなければよかったと思っていた
・私はいるだけで、人を傷つける
・でもあなたの言うとおりなら、こんな私でも誰かの役に立つ事ができる。それがたとえ人殺しでも。

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三隅が何度も証言を覆したのは、自分の不本意な人生と、不当に自分を裁くシステムに対する抵抗だったのだろう。三隅の事を「」と言った意味は、自分の意思に関係なく運命に翻弄されていく彼の人生からきているものだろうか。
 
 
 
★弁護士の重盛や、咲江、咲枝の母親のこともまとめておこう。

咲江
父親から虐待を受けていた。私は彼女の脚の問題も虐待からではないかと思ったが、彼女が言うとおり、高所から飛び降りた時の怪我かもしれない。もし虐待が幼い時から始まっていたのなら、それが辛くて自傷として飛び降りた可能性もありますね。

彼女は父親の殺害にはかかわっていない。河川敷での殺害の場面にもいなかった。昨日の感想では思い違いをしていた。三隅がタクシーに一人で乗っているのなら、彼女は現場にはいなかった。三隅に父親の殺害も頼んでいない。殺害は三隅が勝手にやったこと。

社長/咲江の父親
咲江を幼少時から虐待していたと思う。

母親/美津江
長い間。夫の娘への虐待を見て見ぬふりをしていた。咲江が重盛に「母みたいに見ないふりをしたくない」と告げる場面があることから、そうだったのだろう。酷い状況をわかっていても美津江は夫と離婚もせず、咲江にも「余計な事を言わないで」と虐待のことを黙っているように告げていた。咲枝に「お父さんだけが悪いわけじゃないでしょ」とさえ言っている。酷い母親。食品偽装の問題もわかっていても見ぬふりをしていた。そういう女性なのだろう。

三隅が美津江の保険金の話のデマを言った理由は、咲江を苦しめた母親・美津江を一時的にでも困らせようとしたのだろうか。

弁護士重盛
殺人犯の弁護はあくまでもビジネス。これまでもサバサバと仕事をしてきたのだろうが、三隅との長い対話の中で、人として、弁護士としての倫理を考えるようになる。彼が最後に十字路の真ん中に立っている場面は、これから十字架を背負って生きていくことを示しているのか、それともこの先に何かの行動を起こすことを示しているのか…。


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私は宗教的な十字架の意味をよくわかっていないので、この映画で何度も繰り返される十字架の意味がよく解からなかった。十字架を背負う意味で使われているだけではないような気がするのだけれど(小鳥のお墓の十字など)、どう解釈していいのかわからない。
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結末がわかった上で2回目に見てなんとか理解できたと思った。裁判モノ、推理モノのように結末を追うのではなく、社会的弱者…と言うべきなのかどうかわからないが…( やむを得ず)二度の殺人を犯した三隅の、辛い人生を描いた話だった。重なった不運、決して完璧ではない司法によって裁かれ、運命に翻弄された男の人生の中で、死刑の判決を受けてでも守りたかった咲江は、彼の人生の唯一の光だったのだろう。彼の心はそれで救われたのだと思いたい。




2019年12月3日火曜日

映画『三度目の殺人/The Third Murder』(2018):1回目 上質だが混乱する?肩透かしは意図的か?




 

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『三度目の殺人(2017年)/日/カラー
124分/監督:Hirokazu Koreeda
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 ※追記
ここのエントリーは第1回目の感想
大変乱暴。感想と言うよりも文句と言った方がいい。翌日第2回目を見てまた新たに感想を書きなおした↓こちらの2回目の感想の方がまとも。

映画『三度目の殺人/The Third Murder』(2018):2回目鑑賞 改めて謎解き+映画の主題とは
 


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※以下、1回目の感想は大変乱暴な粗い文章なのだけれど、映画の第一印象として記録しておく

 
日本語TV放送 TV JAPAN で放送されたのは今年の61日。半年後の今日やっと鑑賞。是枝監督の作品だから録画したのは間違いないのに、今日見始めたときは是枝監督の映画だということをすっかり忘れていた。見終わった後で是枝監督だと知って驚く。こういう映画も撮るんですね。そういえば音楽がなかった。静かな映画だった。

(劇中での台詞のように)「目の見えない人々が象に触って、それぞれが違うこと(耳とか鼻とか)を言う。皆自分が正しいと主張する」ような話なのかと思った。煙に巻かれる。黒澤明監督の『羅生門』のようなものか…。実際は、殺人犯三隅(役所)の二転三転する供述で状況がコロコロ変わる話なのだけれど。

それでもきっと最後は、大どんでん返しで真実が語られる…類の映画だろう。ポール・ニューマンの『評決』とか、マレーネ・ディートリヒの『情婦』とか…そいういう映画かとも思った。

そんな風に半分くらいまで見て「この映画は裁判ものだから、真実(真犯人)を予想すればいいのね…」と、推理小説を読むように見続ける。…それ、私得意。

アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』も『アクロイド殺し』も、種明かしの前に答えがだいたいわかった。推理ものは小説でも映画でも、種明かしを想像しながら見る。この映画もそういう趣旨のものだろうと思って見続けた。

そしたら、なーんと違ってましたね。

結果はもやもや~っと終わる。15年以上前のクリント・イーストウッド監督のもやもや映画のような感じ。ちょっとびっくり。…で?誰?真実はなに?

見た人がそれぞれ真犯人を考えるようなものですか。それにタイトル『三度目の殺人』の殺人は誰が死ぬのか?…の答えも…まぁそういうことなのだろう…。

というわけで、ほぼ想像の海亀ネタバラシ↓(違っているかも知れない)

 
映画を見ていない方はここでストップしてください。


★大いにネタバレ注意↓


 
1回だけ見た海亀の謎解き
(しかし謎解きは映画の趣旨ではないのだろう)


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 ※追記:
映画を2回目に見たら解釈を間違っていた点がでてきたので修正した
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所謂、推理モノ映画らしい答えなら…犯人は江(広瀬)と三隅。お母さんの斉藤由貴さんは事情は知っていても手は下していない。映画の途中で咲江と三隅が河原にいて炎を見ている状況が事実なのだろう。

それから咲江の脚の問題は、実は彼女がもっと小さい時からの虐待…もちろん犯人は父親。彼女が14歳になった頃に虐待が性的なものに変わったのだろう。この娘は、酷い/父親と別れることが出来ずに憎しみを募らせた。それを見かねた三隅(役所)が悪い父親を成敗してくれた…そいういう話なのだろうと思った。


私がそう思った場面は、留置所の三隅が重盛に「生まれてこなければいいがいる」と言ったところ。もちろんその…とは殺された被害者…「あ~これは娘との関係だわ。虐待かな」と思った。そしたらやっぱりそんな話が出てきたので、お母さんと娘が三隅にお願いしたのか…? いや娘が直接関わっているらしい。関わっていない

三隅はなぜ黙っている? …もちろん咲江ちゃんを守るため。彼女が自分の父親の殺人に関わったことを話させないようにしたということなのだろう。自分が全てを背負おうと思ったのだろう。


しかし問題はそこから。

咲江ちゃんが決心して事実を話そうとした最後になって、三隅が突然「俺はやっていない」といい始める。ぇえええええ????????混乱する。

そして裁判のやり直しは裁判官や弁護士にも不都合なので、そのまま裁判を進めよう…ということになる。ええええええええ? (もしやり直すことになったら?)

三隅の「俺はやっていない」の証言は己の罪を免れる為の嘘だと受け取られたのか(そういえば母親の保険金の話も嘘だった)、結果…死刑が宣告される。ぇええええええええええ? 

そんなイイカゲンなやりかたで死刑が決定するのですか? 
というわけで「三度目の殺人」とは、三隅が死刑の判決を受けること


うー…そうなのか…。司法のことはよくわからないので反論も出来ないのだけれど、どうもすっきりしない。詰めが甘くない? もし咲江があの場面で「私がやったんです」と叫んだらどうするの?


このもやもやとした違和感とは…、

     最初は「誰が犯人?真実は何?」と思いながら見続けて、いつか種明かしがあるものだろうと思っていたら、最後まで答えはもらえず、

     タイトルの「三度目の殺人」の三度目とは、三隅が(裁判の流れで)真犯人かどうかも解明されないまま死刑の判決を受けてしまう…ということですかね。大きなシステムの都合で犠牲になってしまう人の話? 突然社会的な問題提議?

     しかしそれなら詰めが甘くないか? そういえば三隅の「器」の意味もよくわからなかった。三隅はどうせ死ぬつもりだから真実なんてどうでもいいということか?

のつもりでず~っと見てきた視聴者が、突然政治的なお題を突きつけられて肩透かしを食ってしまう。その割に詰めが甘い。これがこの映画がもやもや~とした印象になってしまった理由…これでいいのか?


三隅に優しい心があるのだろう…ということも最後にちょっとわからなくなって…そこも混乱。カナリアを外に放てば寒さで死ぬだろうから殺す…のは優しさなのか。しかし最初の1羽は逃がしたとも言う。これも混乱。←よくわからない。たぶん何か見落としている。おっと…「生まれてこなければいいがいる」というのは彼自身のことを言っているようにも聞こえますね。

なんだか色々と謎も多そうですね。まだよくわからない。これは、結果をわかった上で、もう1回見たほうがいい映画なのかも。しかし地味。録画をちょっと保留しておこう。

しかし三隅はこのまま死刑にはならないと思うのですが、どうでしょう?


『情婦』や『評決』のどんでん返しも無く、アガサクリスティー風「誰がやった?」の答えももらえず、象の話や『羅生門』のように複数の視点から真実を語る面白さが主旨というわけでもなく、ちょっと前のイーストウッド監督の映画のようにエンディングはもやもやと煮えきらず、もしかしたら社会的に(真実を問われることなく)犠牲になってしまう個人を扱った問題提議の映画…しかし詰めは甘い…だから混乱する。

うーん…もう1回見たほうがよさそう。福山さんの重盛は、あの判決では満足しないだろうし、咲江ちゃんも三隅が死刑になったら一生苦しむと思うのだけれど、どうなのだろう?あのまんまだとは思えないのだけれど。





2019年12月2日月曜日

Kachina (feat. Nikki Marie) - 'A Girl Like Me' (Miguel Migs' Salted Vocal) (2019)



お洒落

 

 
Kachina (feat. Nikki Marie) - 'A Girl Like Me' (Miguel Migs' Salted Vocal)

A Girl Like Me Remixes (feat. Nikki Marie)
Released: 10 Apr 2019
℗ 2019 NexGen Music Group, LLC

 
 
さて…、この曲も複数のアーティストのコラボみたいなのですが、メンバーが数名いて、どの人がアレンジでどの人が歌ってるのかもわかりにくい。うーん…

とりあえず情報だけ書きとめておこう


Kachina
作曲とアレンジ担当。英国出身の3人組(らしい)。メンバーはR.Sparksさん、J.Burhnamさん、Z. Payneさん。情報には女性とあるのだけれど、写真は男性3人。どちらでしょう?

Nikki Marie
Nikki Marieさんは英国ウェスト・ミッドランズ出身のソウル・シンガー+モデル+写真家。このお方の声でしょうか。

Miguel Migs
リミックスはこのお方。おっとこのお方はアメリカ人のDeep House DJ。カリフォルニア州サンフランシスコでレーベルSalted Music経営。72年生まれの46歳。


よくわかんないけれど、Deep Houseはお洒落ですね。エエキモチ。この曲もいろんなVer.があるみたい。