2012年4月18日水曜日

葛飾北斎 横町のオヤジは宇宙一



日本では今年39日に放送された『歴史秘話ヒストリア;いつだって負けずギライ ・葛飾北斎 横町のオヤジは世界一』、こちらでも最近放送されたので録画していたものを見た。

実はこういう日本を代表する昔の画家の方々に言葉には出来ないような思いがある。伊藤若冲もそう。こういう方々を見るとただただ問答無用にひれ伏したくなるのだ。彼らの人生に何らかの形(TV、本、展覧会など)で触れると、感動して感動して言葉も無くなってしまう。

西洋中心で引っ張っている現代の芸術は、いろんな余計なものがくっつきすぎた。昔ほんのちょっと美術を齧ってみて(学んだ分野は違うのだが)現代美術のあり方にはどうも馴染めずにいた。ロンドンに住んで90年代半ばのYBAsYoung British Artists)を間近に見ていたら現代美術が大嫌いになった。そして芸術そのものが結局どうでもよくなってしまった。…が、それでもやっぱりこの世の中、どうしても否定できない偉大な芸術家達はいる。そんな偉大な方々、その一人が葛飾北斎。


現在、北斎のような人はおそらくいないだろう。世間がああいう人の存在を許さないと思う。特に彼は究極の変わり者だったらしい。彼は絵=芸術のためだけに生きた。絵以外の事をいっさい構わない。人に対しても無愛想。身なりにも構わない。金銭にもいいかげん。基本的な衛生観念さえ無い。老いてますます変人になっていく。北斎を現在につれてきたら、毎日カップラーメンを啜り、風呂にも入らず4畳半(今時あるのかな)のボロアパートをごみだらけにして、コタツに入ったまま他の事をなにもせずに絵だけ描いている変人だ。江戸時代にさえ変わり者だったらしいのだから、相当だろうと思う。私もお友達にはなりたくないだろうと思う。

ところが、この北斎。絵に関してだけはとんでもないのだ。絵の為だけに生きて、90歳にしてなお「まだ時間が足りない。まだ上手くなれない」といって死んでいったという人なのだ。ああ、世界中探してもこんな人いるんだろうか。この番組ではそんな彼の一生をざっと追っていく。


彼が若い頃に狩野派の門を叩いたとは知らなかった。その後いろいろな○○派で学び、西洋画まで参考にしたらしい。当時の商館の西洋人にも絵を売ったりしていたのだそうだ。そんなふうに一生を絵師として生き、70代で有名な「冨嶽三十六景」が大ヒット。このシリーズの絵の構図がとんでもないんですね。どの絵もちょっと普通じゃ考えつかない構図。海外でも有名な「Great Wave」もこの中の一作品。もう、これだけでひれ伏してしまいたくなるようなすごさ。

『冨嶽三十六景』神奈川沖浪裏


そんな時、絵を見てもらおうとたずねて来た30代の歌川広重を「そんなの知らねぇよ」と追い返した北斎。そのため広重は一念発起。北斎に負けるものかと「東海道五十三次」を大ヒットさせる。それを受けて北斎も、負けじとまた「富岳百景」を刊行。負けず嫌いな爺さんなのだ。


その頃(75歳ごろ)の言葉が、
6歳から毎日絵を描いてきた。50歳までにいろいろやったけど、70歳になってもまだ全然ダメ。73歳になってやっと生き物の形がとれるようになった。だから、80歳になったらもう少し上手くなるだろうし、90歳になったらもっと絵に深みが出るだろう。100歳になったら神様のように描けるだろうか。100歳を超えれば私の描く線は自分から動き回るように生き生きとするかもしれない。どうか神様長生きさせてください。」 ここで私は泣いてしまう。


北斎爺の本物への欲望はまだまだ終わらない。ぞれまでに数え切れないほどの絵を描いてきて、世間的にも(現在は世界的にも)有名な「冨嶽三十六景」などの傑作を描いたのに、80歳も近い頃だろうか、
「オレァ、6歳の頃から1日も欠かさず、ずーっと絵を描いてきたのに、未だに猫一匹描けねぇ…。筆が思い通りになんねぇ…。」と言って泣いたらしい。(ため息)。
そして、90歳、傑作「富士越龍図」を描きその3ヵ月後に他界する。自らの死期を悟った北斎が残した言葉が「あと10年、せめてあと5年生きられたら、本物の画家になれたろうに…。」


こんな人いません…(大泣)。その後、フランスで彼の版画が評判になったとか、1998年にアメリカの「ライフマガジン」で「この1000年で最も重要な世界の人物100人」に選ばれたとかいろいろと有名だけど、そんなことどうでもいいのだ。ほんとにどうでもいい。こういう人に対しては「世界」の括りなんて小さい小さい。彼みたいな人は「人類史上」や「宇宙」の括りが正しい。人生全てをかけてたった一つの事「素晴らしい作品を残すこと」だけのために生きたこの人の人生そのものが芸術。一人の人間が、何かをとことんまで追求したらどんなものが出来るのかを一生をかけて実験したようなものだ。その実験期間は90年。こんな人いないだろうと思う。まさに画狂人。他人の評価なんて、この人にとってはどうでもいいことなのだ。評価できるのは神様だけ。この江戸の長屋住まいの偏屈じじい、最高にかっこよすぎる。あんまりだよ…この人。

信州小布施、上町祭屋台天井絵「男浪」

ずいぶん前に「北斎展」も見たし、いろんな機会に個別の作品も見たし、長野にも絵を見に行ったし、画集も何冊か持っているけど、こんなとんでもない人の作品は、見ていると吐き気がしそうになる。こんな内臓をつかまれるような作品は、現代美術家がいくら屁理屈をこねて小手先のアイデアをひねり出しても絶対に出来ないと思う。地道な訓練を重ねて、手(体)を使って作り出すものは、人間の脳(アイデア)で出来る範囲を超えることがある(すごい職人さんの仕事もそう)。そんなレベルの作品を「神様が降りてきた作品」と言うのだ。

すごいのは、絵で神の領域を目指した北斎の意志の強さ。 残した作品は万点。 生き方も人生も、全てそのためだけ。迷いはいっさいない。 きっと彼の人生は幸せだったろうと信じたい。昔の日本には、ほんとうにすごい人がいたんですよ。