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2023年1月26日木曜日

歌舞伎の思い出



自慢話をする。

自慢話は年寄りの困ったところ。しかしここ3年のコロナ禍の巣篭り生活で、私は現在の観劇やライブのことを一切書くことが出来ぬ。先日思ったのだ…去年の年末のクリスマスの頃、私はなぜあんなに落ち込んでいたのだろうと。その答えは…私はここ3年間ライブやオペラや芝居を全く見ていないから。そうだそうだ、そうなのだ。

このブログの「海外色々」のインデックスを見直してみた。2013年から書き始めた観劇やライブの記録は2020年の2月のオペラを最後に止まっている。あれから全く何も見ていない。それ以前は毎年年末が近づけば大抵何本かのライブを予定に入れていた。忙しくしているうちにクリスマスの時期は過ぎる。忙しければ、太平洋のど真ん中で家族と簡単には会えないクリスマスも全く平気だった。あの去年の年末のChristmas Bluesはそんなライブ/観劇無しの3年間で溜まったものが溢れ出たのかもしれぬ。しょうがないね。

そもそも今までの海亀の人生、何に一番情熱を捧げてきたかと問えば…舞台で行われるエンタメ全般(舞台ならなんでもOK)を見ることだと答える。東京でもロンドンでもそう。ハワイに来てもそう。20代は東京で洋楽の外タレをよく見たし、ロンドンではジャズクラブに目覚めミュージカルを楽しみ芝居とオペラを齧った。ハワイではライブに芝居、オペラ、ミュージカル、ジャズクラブとなんでもあり。観劇とライブ…たぶんその趣味に私は今まで一番お金をつぎこんできた。その最愛の趣味をもう3年間もやっていない。煮詰まるのも致し方なし。


ともかく昨日、歌舞伎がテーマのドラマの感想を書いていて色々と昔のことを思い出したので記録しておこうと思った。自分用の記録。

私は歌舞伎は全くの素人。演目もほとんど知らない。決して興味がないわけではないのだけれど、東京にいた20代にはなかなか歌舞伎座に足が向かわなかった。まさか30歳以降に外国暮らしになるとは思わなかったので、いつかもっと大人になってから行けばいいと思っていた。こういうことになるのなら20代にもっと見ておけばよかった。

それでも私は昔二度、すごい歌舞伎を見た経験がある。もう37年も前の話だ。


1回目

その頃の私は、1983年に来日したデビッド・ボウイのライブに感激してボウイ氏の情報をよく調べていた。それで出てきたキーワード「デビッド・ボウイ、山本寛斎、歌舞伎…」。ボウイ氏が歌舞伎を見たのか、それとも寛斎さんが歌舞伎を見てインスパイアされて衣装を作ったのか…今はよく覚えていないが、その情報を見て思ったのは「私も歌舞伎というものが見てみたい。日本の芸術、見なくちゃ」。

その頃大学の同級生にたまたま歌舞伎に詳しい友人がいた。そこでその友人Tちゃんに聞いてみた「ねぇ、わたし歌舞伎が見てみたいんだけど教えてよ。一緒に行こうよ」。そうしたらTちゃんは「いいよ~じゃあチケットとるわ。今いいのがあるよ」。というわけで親切なTちゃんにチケットをお願いすることにした。

チケットが無事取れて、Tちゃんから色々と説明を受けたと思うのだが内容は覚えていない。なぜなら歌舞伎のことを聞いても当時の私にはほぼ理解できなかったからだ。ともかくチケットは取れた。ワクワクしながらその日を待つ。公演日は1985年の3月。

そして当日。歌舞伎座の前で待ち合わせ。歌舞伎座にたどり着いたらTちゃんは派手な着物を来て待っていた。すご~い。まだ大学生なのに着物で歌舞伎を見るTちゃん。彼女は歌舞伎に詳しいお嬢さんだった。



そしてその日の歌舞伎は、


1985年3月20日 午後4:30

桜姫東文章


・片岡孝夫/片岡仁左衛門 (15代目)
 長谷寺の清玄・清玄阿闍梨・釣鐘権助・清玄の亡霊・大友常陸之助頼国
・坂東玉三郎 (5代目)
 相承院の稚児白菊丸・桜姫・風鈴のお姫実は桜姫


何も知らないままに3階の席へ。ワクワクして興奮。そして幕が開いた。舞台に広がる鮮やかな色と光。一瞬でうわ~っと感情が高ぶって急に涙が出た。本当のことです。突然目から涙が出た。

その頃の私は若くお金のない学生で本物の舞台芸術を見た経験も無し。ステージのショーで見たことがあったのはいくつかの外タレのコンサートのみ。ミュージカルも見たことがなかった。現代劇の芝居さえ見ていなかった。そんな風に舞台に関することに全く無知の状態でいきなり(当時)片岡孝夫さんと坂東玉三郎さんの歌舞伎を見ることになった。

これなんだ。これが歌舞伎というものなんだ…。

もう37年も前の話。『桜姫東文章』の全ての内容を覚えているわけではないけれど、とにかく夢中で見入った。華やかだった。綺麗だった。原色の着物。明るい舞台。色鮮やかで本当に綺麗だった。長身の玉三郎さんの立ち姿の美しさ。本当に息を呑むほど綺麗だった。

今ネット上で『桜姫東文章』の内容を読んでみた。少し思い出したかも。そうそうお姫様が身を落として暮らす場面があった。場面場面を切り取った記憶しか残っていないけれど、今も舞台の様子は目に焼き付いている。一場面、舞台の右側に立った玉三郎さんが巻物を落としてそれが裾に広がる場面があったと思う。うわ~っと圧倒された。華やかで綺麗な場面だった(巻物かどうか…違ってるかもしれないけれど)

舞台上に溢れる鮮やかな色彩。そして役者さん達の声。楽器の音。そしてスーパースターのお二人(歌舞伎に無知でも孝夫さんと玉三郎さんのことはもちろん知っていた)。美しい着物。本当に夢のような経験だった。


2回目

そして2回目もTちゃんがチケットを取ってくれた。その公演は
 

1985年6月12日 午後4:30

鳴神


・市川團十郎 (12代目) 鳴神上人
・坂東玉三郎 (5代目) 雲の絶間姫

襲名披露口上

助六由縁江戸桜


・市川團十郎 (12代目) 花川戸助六実は曽我五郎時致
・松本幸四郎 (9代目)/松本白鸚 (2代目) 髭の意休実は伊賀平内左衛門
・尾上菊五郎(7代目) 三浦屋揚巻
・尾上辰之助(初代) くわんぺら門兵衛
・片岡孝夫/片岡仁左衛門 (15代目) 白酒売新兵衛実は曽我十郎祐成
・坂東八十助(5代目)/坂東三津五郎 (10代目) 朝顔仙平
・中村勘九郎(5代目)/中村勘三郎 (18代目) 福山かつぎ富吉


私の2回目の歌舞伎体験。そこで12代目市川團十郎さんの襲名披露を見てしまった。今出演者を調べたのだけど、スーパースターの方ばかり。しかし37年前、当時私の中でお名前とお顔が一致していたのは、團十郎 さんと玉三郎さん、当時の松本幸四郎さん、片岡孝夫さんだけだったのかも。それぐらい歌舞伎の世界に無知だった。全く知らなかった。

しかし團十郎さんの襲名披露なのだから、その日大変貴重な舞台を目撃していることは理解していた。しかしこれほどまでにスターの方々がいらしたとは…。今になって驚いている。

この日の舞台の様子も場面場面で切り取ったように覚えている。特に襲名披露口上は「すごいことを目撃してるのだ」と意識して目に焼き付けようとした。今でもその舞台の様子、そして團十郎さんの独特のお声の響きをよく覚えている。その日も夢のような時間が過ぎた。


幕間にはTちゃんが予約してくれていたお弁当をお食事処(?)のテーブルで食べた。あまり時間がなくて急いで食べたと思う。そしてすぐに席に戻った。そしてまた幕が開き舞台に見入る…ドキドキする。ああ楽しかった。 その2度の歌舞伎の体験は全てが嬉しく楽しくて、当時20そこそこ右も左もわからない子供だった私は、それまで見たことのない芸術を見て興奮し目を大きく開いて舞台を凝視したまま夢のような時を過ごした。本当に楽しかった。

それから日本は数年後にバブルを迎え私も日々忙しくなり、外タレのコンサートは時間をとって度々見に行っていたけれど、その後私がまた歌舞伎座に出かけることはなかった。今とても後悔している。当時はその数年後に日本を離れるなんて思っていなかった。

その後歌舞伎座に出かけたのは、(ロンドンに移住した後)1998年7月に旦那Aと叔母と共に日本に帰った際、ある日の午後に1幕だけを3階席で見たのが1回だけ。米国人の二人は英語のガイドをイヤホンで聴きながら芝居を見ていた。1998年7月の公演で今調べたら『義経千本桜』と出てきた。当時の三代目 市川猿之助さん/二代目 市川猿翁さんが出ていらしたそうだ。


昨日のドラマで歌舞伎のことを思い出して記録しておこうと思った。当時は無知なために、その公演がいかに貴重なものであったのかもよく理解していなかった。今になって驚いている。 今はネットで日本の芸能関係の記事を見ていれば、様々な歌舞伎役者の方々の記事を目にする事も多い。また歌舞伎役者の方々もよくテレビに出ていらっしゃるようだ。役者さんに関する知識も増える。もし今日本で歌舞伎を見ることができればもっと役者さんのことがわかるだろう。役者さんの事がわかればお芝居ももっと楽しいだろうと思う。


歌舞伎はおそらく西洋のオペラと同じで、演目で何をやるかが既に決まっているものを、その時々の公演の役者さんたちがいかに(同じ演目を)再現するのかを楽しむものなのだろう。歌舞伎も一旦ハマれば延々と楽しめる大人の遊びなのだろうと思う。

思い出話。色々と調べてみたら面白かった。大変貴重な公演を見たのだと再確認出来てよかった。その公演に連れて行ってくれた友人Tちゃんには大変感謝している。彼女とはその後連絡をとらなくなってしまったけれど、彼女はきっと東京のマダムになって今も歌舞伎を楽しんでいるのだろうと思う。2021年の『桜姫東文章』も見たに違いない。ちょっとうらやましい。

この先、いつかまた歌舞伎座で歌舞伎が見てみたいものだと思う。そして幕間でお弁当を食べたりして数時間どっぷり歌舞伎に浸りたい。いつの日か。