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2012年7月17日火曜日

映画『ムーンライズ・キングダム/Moonrise Kingdom』:ウェス・アンダーソン論



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Moonrise Kingdom2012年)/米/カラー
94分/監督; Wes Anderson
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あの、ウェス・アンダーソン監督が帰ってきた。これにつきます。

この監督さんを語るのに『ロイヤル・テネンバウムズ(2001)』は避けて通れない。なぜなら、あの映画が後にも先にもこの監督の最高傑作だから。あんなに完成度の高い映画は、めったにあるものではない。


問題を抱えた家族。子沢山。大人の事情。反抗期。中二病。引き取られた子供。ぎこちない空気のおかしみ。淡い恋。ドールハウスのような室内の情景。箱庭のような屋外。隅々まで行き届いた神経。マッチ箱に描かれた絵のような世界観。絵本のような世界。クスッと笑えるようなおかしみ。ゆるい笑い。そしてほんの少しの毒。いいですよね。独特の魅力。そんな『ロイヤル・テネンバウムズ』にあったこの監督の良さが、この『Moonrise Kingdom』にもてんこ盛り。

Bottle Rocket(1996)』と『天才マックスの世界(1998)』は準備期間としよう。その後3作目の『ロイヤル・テネンバウムズ』で花開いたこの監督の才能。問答無用に素晴らしかった。ところがその後の『ライフ・アクアティック(2004)』で迷走。面白いんだか面白くないんだか分からないような冗談、俳優達の悪乗りにしか見えないドタバタ、まとまりの無いストーリーラインなどで置いてきぼりを食らい、次作の『ダージリン急行(2007)』では、すかした俳優達の珍道中がちっとも面白くないという始末。その次の人形劇はついに見ずじまい。「あああの『ロイヤル・テネンバウムズ』は一度だけの奇跡だったのかも」とまで思い始めていた。

この『Moonrise Kingdom』は、たぶん『ロイヤル・テネンバウムズ』の完成度には及ばない。あの映画ほど深くもない。人物の関係も複雑ではない。だけど今回、またこの監督のあの丁寧な映画作りが帰ってきたんです。どこの場面で映像を止めても絵になる情景。全ての場面の一つ一つが絵本の絵のよう。神経が隅々まで行き届いていて、映像というメディアを扱っている事を、心から楽しんでいるのがありありと伝わってくる。この人がこれを真剣にやったら超一流。こういうタイプの監督は貴重。


私の映画やドラマのレビューでは、「リアルだリアルだ」といかに作品がリアルさを追求しているのかを褒めることが多いのだが、この監督さんの場合は正反対。彼の映画の素晴らしさは、あの独特のにせもの感。全部が箱庭のような小さな世界。それをコツコツチマチマと細密画のように丁寧に作った映画。全部嘘っぽい。そんな嘘っぽさが細やかな神経で構築されている魅力。セットもカメラワークも脚本も全て手作りのような丁寧さ。独特の世界観。それがこの監督の映画の最大の魅力。


とにかく何から何まで可愛い。主人公の男の子サム君が(監督の好みなのか)また眉毛の濃い黒縁の眼鏡をかけた変な子。飄々としてつかみどころがない。彼はボーイ・スカウトのメンバー。この子が淡々粛々と作業を進めるのがものすごく可愛い。そのガールフレンドにひねくれた女の子。きっとこの子が成長すると、目の周りを黒く縁取りしたグウィネス・パルトロウになる。彼女の両親はビル・マーレイとフランシス・マクドーマンド。ボーイスカウトのキャプテンにエドワード・ノートン。地元の交番のお巡りさんにブルース・ウィリス。その他にもハーヴェイ・カイテルにティルダ・スウィントン。大人俳優の全員がAクラスのスター達。彼らが楽しんで役を演じているのも見所。


この映画を見て改めて思ったのは、このアンダーソン監督は常に「子供」の映画を撮ってきたということ。この「子供」とは成人した大人の中にも存在する子供。それをこの監督は一貫して描いてきた。『Bottle Rocket』の3兄弟も、マックスも、『ロイヤル・テネンバウムズ』のオヤジもその子供達も、『ライフ・アクアティック』のオヤジ達全員も全てみんな子供。大人が子供のように考え行動するおかしみを描くのがこの監督の特徴。それと対照的に同じストーリー内の子供のキャラがとても大人びているのもまたおかしい。どんな登場人物もみんな微笑ましくて可愛い。…だからたぶん、すかした男性3人組を普通に撮ろうとした『ダージリン急行』が面白くなかったのだろうと思う。

この映画はそんなアンダーソン監督が、じゃあ子供達を主軸に映画を撮ったらどうなるかというもの。主人公は123才の子供達。彼らが大人のように考え行動をする。彼らの行動を見ながら「いったいこの子達は何を考えているんだろう…」と、ストーリー中の大人達と一緒になって私達観客も振り回される。彼らの行動や意思が非常にミステリアスなのが面白い。こんな子供達がいたら大変だけど面白いだろうな。


今まで、大人の中の「子供」を一貫して描いてきたアンダーソン監督が、初めて実際の「子供」を主役に据えた映画。ありそうでなかった新境地。大変成功してると思う。この監督さんは、あまり手を広げず、こういう普通の人達の話を狭い範囲で深く淡々と撮っていった方がずっといいと思う。

ところで、この監督さんは犬が嫌いなんだろうか(笑)。