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2015年10月18日日曜日

映画『ブリッジ・オブ・スパイ/Bridge of Spies』(2015):Standing Man…スピルバーグ監督の良心






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Bridge of Spies2015年)/米/カラー
141分/監督:Steven Spielberg
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スピルバーグ印のスパイ映画?ドンパチやって派手なのかしら?オトコオトコした映画かしら?またトム・ハンクスか…などなど、スピルバーグというだけでいろいろと想像してしまいますが、実はこの映画、
とても地味。
味わいの地味映画。
いい話です。実話を感動の映画に仕上げる腕はさすがです。じっくりといい話(なぜいいのかは後述)。だけどとても地味。スピルバーグさんはもう派手なエンタメは撮らないのかな?
 
 
★あらすじ
 
冷戦下の1960年。アメリカ合衆国とソビエト連邦はお互いの核の威力を恐れ、それぞれの国にスパイを送り込む。米・ニューヨークではソ連のスパイ=ルドルフ・アベルが捕まった。また米がソ連に送り込んだスパイ機・U-2のパイロット=フランシス・ゲーリー・パワーズは、ソ連上空で追撃され捕虜となる。米でルドルフ・アベルを弁護していたジェームズ・ドノバン(トム・ハンクス)が、後にアベルとパワーズをベルリンのグリーニケ橋で交換してそれぞれ帰国させるまでの話。
 
実話を元に脚色しているそうです。元々の事件は「U-2撃墜事件」というらしい。かなり有名な話だそうで、Wikipediaにも概要が出ています。
 
旦那Aに「U-2撃墜事件」のおおまかな話を聞いて、それ以外はほとんど映画の予習をせず映画館に行き、「スピルバーグのスパイ映画」なら米空軍のパイロットの話かなと思っていたら、主人公は2人(+1人)の捕虜を救った弁護士のジェームス・ドノバン(トム・ハンクス)でした。、
 
この映画は派手なスパイ映画ではありません。周囲から反対され、命を狙われる危険を犯してでも決して信念を曲げず、正しいと信じる道を進む一人の男の話です。
 
テーマは人の倫理。真の英雄とは何か?
 
 
★ネタバレ注意
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「信じること、正しいことのためなら困難にぶつかっても己の信念を曲げない」
●ソ連のスパイの弁護
1960年頃の冷戦下のアメリカは共産主義に対してほぼヒステリーに近い反応が常。この映画でもソ連のスパイを裁く法廷では「共産のスパイなんて死刑にしろ」なんて野次も飛ぶ。そんな状況だから、弁護士ドノバンにとってソ連人の捕虜を弁護するということは世間を敵に回す事と同じ。敵国のスパイを弁護するというだけで非難を浴び、結果自らも、家族さえも危険に晒してしまう。それでも彼はソ連のスパイ=アベルを弁護し続ける。
3人の捕虜の交換を成功させる
数年後ドノバンは、ソ連で捕虜になった米空軍のパイロット=パワーズ、それに別件で東独の捕虜になったアメリカ人の学生を、米側の捕虜=自らが弁護したソ連人のアベルと交換する為、ベルリンまで行って両国それぞれと交渉。ソ連と東独の微妙な力関係の中、交渉は難航するが最後は無事3人の命を救う。3人はそれぞれ帰国することが出来た。
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おおまかな話はこれだけなんだけど、全体のトーンが非常に落ち着いていて、ハリウッド映画にありがちな華やかさはほぼ皆無。アメリカのスパイ機が打ち落とされる場面も派手なものではない。敵国に捕らえられた捕虜の苦難も無い。銃撃戦も無い。綺麗な女性も出てこない。一人の男が信念を曲げずに正しい事をする話を淡々と描く。

派手さがないかわりに人物達の描写は細やか。敵国に捕らえられているのに飄々として無表情なソ連人の捕虜アベル…弁護士ドノバンの目を通して次第に見えてくるのは、絵を描き音楽を好む穏やかなアベルの人柄。アベルの口癖「そのほうがいいか?(Would it help?)」もどこかユーモラス。二人の間にはいつしか静かな友情が芽生え始める。

映画の前半はアベルとドノバンの関係を描き、後半は両国の捕虜の交換のためにベルリンで奔走するドノバンの姿を追うことになるのだが、交換が成功した最後のドノバンとアベルの別れの場面はどこか悲しい。お互いを思いやる程の友情が生まれても、彼らが友人になることはない。二度と会うこともないだろう。二人の悲しい関係が映画の要にも思えてくる。


スピルバーグさんはおそらく世界一の監督。子供を撮っても、宇宙人を撮っても、怪獣を撮っても、戦争、大統領、ロボットもサメもトラックも…何の映画を撮ってもなにからなにまでうんざりするぐらい上手い。とんでもない巨人です。エンタメを撮らせたら世界一。感動のお涙頂戴も、びっくりさせられる冒険も、戦争のリアルな描写も世界一…どうしてこんなにすごいのだこの監督。

そんな監督が、こんな地味な映画を撮ったことは特筆に価する。

この映画を見て改めて思ったのは、スピルバーグさんは自己の「超有名大物映画監督」の立場から、若い世代に向けて現代の語り部になろうとしているのではないかということ。

監督はきっといい人物のいい話を語りたいと思っている。映画界で一番の腕と力を持つスピルバーグさんが映画を撮れば、必ず多くの人が見に来る。影響力は大きい。それなら、ただのエンタメではなく、人の心を動かすような「いい人物の話」をしようと監督は思っているのではないか。

観客の心をいい方向へ導くような人物達の話。彼らは弱者の味方であり、公正で、義のためには大きな敵にも立ち向かう勇気を持つ。個人の強い意志が歴史を変えることもあるかもしれない…この映画の主人公は、監督の前回の映画『リンカーン』とも似ている。困難にぶつかっても自己の信じる道を進む勇気ある人物達の話。

今回のドノバンは歴史上ほぼ無名。それでも彼のような真の英雄は存在する。


この話も、監督が望むならもっと派手な映画が撮れたはず。それをせずに「敵国のスパイも同じ人間であり友情も生まれ得る事」「政治的に弱者(学生捕虜)の命も、政治的にもっと重要な人物と同等に扱われるべきであること」を話の焦点に絞り、信念を持ってそれを静かに実行した男の話を語った。

映画が終わった直後、劇場の観客から拍手が起こった。私もそれまで淡々とスクリーンを見ていたのに、後ろから聞こえてきた拍手の音でふと涙が出そうになった。スピルバーグさんの意図は人々に伝わっているんだろうと思う。