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2012年3月16日金曜日

映画 『ノルウェイの森』:雰囲気の映画





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『ノルウェイの森(2010年)日本/カラー/133分/
監督; Anh Dung Tran
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原作は45年前に読了。もう若い人の気持ちに共感できるような年齢でもなく、この本の感想も「なんでコレがベストセラー???」。実はこの本が発売された頃もよく覚えているのだが、あまりにも評判だったので、ひねくれものの私はそんなもの意地でも読むものかと思っていたのだ。それから20年放置。結果、この本を読むべきだった時期をずいぶん昔に通り過ぎてしまったのだろうと思う。ともかくこの本の印象は、登場人物達が性に対してあまりにも深刻で、もう…いいよ…どうでも…という感じだったのだ。なので、思い入れもいっさいなし。
映画化への興味はあった。監督は、あの『青いパパイヤの香り』のベトナム人の監督。そのパパイヤの映画、単純な話しながらとにかくみずみずしくて綺麗でいい映画だった。今回、どういうつながりでこの人が監督をすることになったのか知らないけど、原作も読んだことだし、これは見なくてはと思っていた。

これはよかった。まず、絵がきれい。寮の汚い壁、昔の服装、昔よくあった白のほうろう製の赤い花柄と赤い蓋の鍋、チープな蛍光灯に照らされた小さな台所、マニアックな個人経営のレコード屋さん。そんなちょっと懐かしい風景が、ものすごくおしゃれだ。これは、このフランス育ちの監督さんの映像なんだろうか。撮影は中国の方らしい。とても美しい。全てどこかのファッション誌から出てきたようだ。これはこの監督さんと美術さん、撮影さんの力なのか。
さて最大の問題は直子だ。この映画も「美しい人」を映像化しなくてはならない。非常に難しい課題だ。直子をどう描くか、誰がやるのか。私は香椎由宇さんあたりを思い浮かべていた。菊池さんは、バベルで見ていいと思ったけど、まさか直子だとは思わなかった。最初は違和感があった。ところがこの人、上手い。声も不安定な目線もそう。見ているうちにだんだん不思議な魅力を感じてくる。繊細で傷ついた痛々しい直子像がリアルに見えてくる。彼女が自分の心情を語り慟哭するくだりは、どーんと内臓をつかまれたように苦しくて、見ているのが辛い。彼女の心情が痛いほど伝わってきて苦しくなってくる。本で読んでいた時は「なんだかめんどくさい女だな」と思っていたのに、この映画では彼女を理解できた気がした。これには驚いた。原作とは違う人物なのかもしれないが(よく覚えていない)、これはこれで納得できる。これは菊池さんの演技力だと思う。
緑ちゃん。可愛い。かなり考えていた印象に近い。この人がほんとに可愛い。実は演技は棒なのだけど脚本の口調の固さとあいまってなのか、なんだか昔の青春映画の女優さんを見ているような気がした。(石原裕次郎さんあたりの映画に出てくる女優さんたちの話し方)これがいい。あまり多くの場面はなかったけれど、1場面1場面で、とても印象に残っている。原作でもこのキャラクターが非常に可愛らしくて大好きだったのだか、この配役はとてもありがたかった。ほんとに可愛い。小さい頭、毛穴のない陶器のようなつるんとした肌、ほんとに美しい。
さて、問題のワタナベ。平清盛の松ケン。顔は癖がある。ものすごく癖がある。手放しでステキなどという顔ではない。演技ももっさりしている。しかしいいと思った。このワタナベ、地方から出て来てまだ12年。真面目で青臭くて、未熟で、毎日戸惑いだらけなのだろう。純粋で若いからこそ繊細だ。自信なんてあるわけない。19歳なんてまだまだ子供なのだ。そんな普通の大学生を25歳の役者が演じている。いいと思う。最近の20代の他の俳優さん達を思い出しても、こんなもっさり感や戸惑いを出せる人はあまりいないのではないか。だから貴重だ。だってワタナベ君は60年代半ばの若者なのだ。もっさりしていて当たり前。配役、上手いなと思う。

全体に想像していたよりずーっとよかった。実はこの映画を見て「もしかしたら、原作の良さを理解してなかったのかも。もう1回読み直そうか」とさえ思ったほどだ。とくにレイコさんがらみのいやな部分をほぼ全部カットしてあったのがよかった。監督が脚本を書いているらしいのだが、フランス語で書いて日本語に書き換えたのだろうか。実は、極めつけというほど素晴らしい台詞がけっこうあったのだ。これは監督の原作の解釈から出た言葉だったのだろうか。だとしたらすごいもんだと思う。
ところで劇中、糸井重里、高橋幸宏、細野晴臣を見つけてすぐに、あ、この映画はただものではないのだなと思った。こんな団塊世代のインテリを連れてくるなんて誰のアイデア? もうこれでインテリおしゃれ枠は間違いない。いったい、どんな経由でベトナム(フランス)人の監督に撮らせることになったんだろう。ほんとに製作者全員が原作を愛して作った映画なのだろうと思う。それにしても、20年以上前のベストセラー。それだけに、深い思い入れのある人も多いだろうし、読者それぞれ独自のイメージがあるのも事実で、まあよくこんな難しい素材に挑戦したものだと感嘆する。素晴らしい結果だと思う。