能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

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2013年12月18日水曜日

総括・『八重の桜: 会津編・京都守護職編』感想



やっぱり書いてしまおう。だってこの大河ドラマ、前半はほんとによかったもの。

8月の半ば、八重ちゃんが兄さまを頼って京都に移り住んでから、どうもワタクシ文句ばかり言っていたような気がいたしますが、いえいえ…この大河ドラマへの愛は、それ以前の「会津編・京都守護職編」で既に決定しておりました。

この大河ドラマ=「会津編・京都守護職編」は素晴らしかったです。ドラマとしても史実の再現としても本当に心を揺さぶられました。

とにかく会津編・京都守護職編が大好きでした。綺麗だった。古風で真面目で清廉潔白、清らかな過去の時代…が美しく再現されていたことが本当に嬉しかった。


皆、姿勢を正して、礼儀正しく、小さな子供までキチンと手をついて挨拶をする。好きな事を一心に学ぶ幼い少女。小さな子供にも正しい道を教え諭す優しく厳しい父親と母親。家を離れ江戸で学び大きな夢を抱く青年。薙刀の稽古着の白さと化粧っ気のない若い女性達の清らかさ。女性同士の友情。学んだ部屋にも一礼して巣立っていく若者。そして若い殿を支える藩士達。ずらっと並んだ家紋の入った黒い背中。目上の人からの書にさえも礼儀をつくすけじめ。そして一途に、ただただ一途に殿に仕える藩士達。

戦が起これば、誇りを守り迷うことなく自害する女性達。まだ幼いながらも国を守る為銃を構える少年達。自ら銃をとって少年達を指揮し城を守る勇敢な若い女性…。

これほどまでに大河ドラマの人物達に心を動かされたことが今まであっただろうかと思う。番組の会津戦争の頃はよく泣きました。本当に心が揺さぶられました。


会津編と平行して兄・覚馬の見る京都守護職編も素晴らしかった。孝明天皇の信任も厚く御所を守っていた会津藩が、歴史の急な流れの変化により朝敵にされてしまう信じられないような経過。御家訓を持ち出されて将軍・徳川慶喜に縛られる理不尽さ。このあたりの流れは毎回息を呑んで見ていました。本当にすごい時代の流れ。


それぞれの俳優さん達も素晴らしかったです。台詞も自然。脚本もサラサラと、決して感情に訴え過ぎることなく史実のみを忠実に再現していたのがよかった。淡々とどの場面も過剰に引きずることなく、あっさりとした脚本のためにかえってリアルな感じもした。

ともかくいくら書いてもきりが無いほど、このドラマの前半には惚れこみました。当時の歴史を会津の視点から学べたことが本当に良かった。それぞれの人物達の逸話を知る事が出来たのもいい。とにかく感動しました。
 

綾瀬はるかさんも1年間本当にお疲れ様でした。彼女は本当にいい女優さんだと思います。和装が似合いますね。特に会津編で紺などの地味な色の着物姿が本当に綺麗でした。若い娘さんから、頼りになるお姉さん、先生へと演技が変化していったのもよかった。最高だったのは会津戦争時。城を守る勇敢な若い女戦士には痺れました。本当にかっこよかった。あの銃を構えた勇姿が見れただけでも、八重さんがこのドラマの主人公であってよかったと思うほど。綾瀬さんはこれからも年齢を重ねるごとにもっといい女優さんになるだろうと思います。本当にお疲れ様でした。


過去数週間ほど、八重さんを主人公にしたのが間違いではないのか…などと書いたりもしましたが、いえいえ、このドラマで山本/川崎/新島八重さんという実在の女性を知ることができた事は本当によかったです。何から何まで型破り。とにかく強い女性。戦になれば自ら銃をとり、男以上の勇気で城を守り、京都に移り住んでからは教師として女生徒を指導し、2人目の夫を亡くした後も日本赤十字社に加盟、若い看護婦を指導し、日清・日露戦争では篤志看護婦として広島や大阪の病院で傷病兵の看護に全力を尽くした…という実は本当に本当にすごい女性。どんなに気が強くて怖いおばさんでも、やっぱり彼女はかっこいい女性だと心から思う。京都編で彼女の面白さや偉大さがうまく描かれていなかったのは非常に残念でしたが、彼女の事を知る事ができたことは何よりもよかったです。


あとは…そうだなぁ…。このドラマ、俳優さん達に最高のはまり役の方々が数名いましたよね。皆好きなんですけど、特に(まったく想像もしなかった)吉川=西郷隆盛の素晴らしさ。はー…かっこよかった。そしてもちろん小泉=徳川慶喜!このお方は最高!最高!最高!たぶん一番のはまり役。飄々として我関せず…まー勝手なお殿様だこと…それにしても綺麗な顔だ。この人が出てくるたびに笑ってしまうほど好きでした。そして綾野=松平容保。このお方も本当に素晴らしかったです。真面目過ぎてね…殿は不器用なんだな…容保公は若すぎたんでしょう。可哀想だった。彼はずーっと悩んでましたね。おっとそれから長谷川=川崎尚之助ももちろん。ステキでした。この人は八重ちゃんといちゃいちゃしてるよりも軍を指揮して怒鳴ってる時のほうがよかった。すごく男らしい。あー…それから後半では谷村=時栄さんの上手さに舌を巻きました。若いのにすごい女優さんです。ま…個人的には…権八君とか平馬君とか官兵衛君とか熱血山川君とかチビ八重ちゃんとか…いろいろといましたけど。とにかく皆さん配役もよかったです。それぞれがよかった。とにかくいろいろとよかった…。人物達を好きになると毎週ドラマが楽しみでした。


最終回50回での感想が、あまりにもダメダメ口調だったため、とにかく何としてでもいかにこのドラマの前半が良かったか…ということを書きたかった。本当に素晴らしかったです。初回から30回あたりまでの回は、DVDBlu-ray購入を真面目に考えています。あの古風な会津の静かな佇まいは本当に綺麗でした。

1年間皆様お疲れ様でした。

 
 
 

2013年12月16日月曜日

NHK大河ドラマ「八重の桜」第50回「いつの日も花は咲く」



先週のほうがよかったです。先週で思想的なものをカバーして、このドラマで何が言いたかったのかをほとんど言ってしまったので、今週はさらっと八重さんの残りの人生を走り抜けた感じです。印象の薄い終わり方。


●京都編について

結局、一番の問題は、ワタクシが京都編でこのドラマにすっかり興味を無くしてしまったことでした。もう何度も過去に書いているので詳しくは書きませんが、京都編になってからのこのドラマ、何を描きたいのかが分からなくなっていたと思う。

会津の人々のその後を追うわけでもなく、同志社設立の逸話を詳しく描写するわけでもなく、新島襄さんや山本覚馬さんの業績をなぞるわけでもなく、もちろん政治のことなんて殆ど触れることもなく、かといって会津戦士・八重ちゃんのキリスト教との出会いからの心の変化を描くわけでもなく…、

…なんというか…優しいJoe君といちゃいちゃしたり、学校の生徒と喧嘩しただけ? …なんだかな。

せめて襄さんとの出会いによってもたらされた八重ちゃんの心の変化を詳しく描けば、もっともっと深いいい話になったろうに…。

ほんとに京都編で何をしたかったのかが全く分からなかった。だから興味も薄れた。これが今年の大河の最大の問題だったと思う。


●老けメイク

綾瀬はるかさんはいい女優さんだと思います。若い頃にくらべると今回最終回での年齢の変化もよく演じられてました。和装も落ち着いていてとてもいい。ただここ数回の外見はどうしても違和感がありました。やはり若い。中年の女性には全く見えない。やはり演技だけでは無理。そのあたり、演出の方針なのか、事務所的な方針なのか知らないけど、老けメイクを出来ない俳優さん、女優さん達は本当にもったいないと思う。ドラマの完成度を半分にしてますね。

今回の最後のシーンなんて、能面に真っ黒の真ん中わけヘアで違和感ありあり。顔は色を落として地味にしているけど、どう見ても30代前半。だから会津戦争から長い時間を経た女性の人生という感じがしない。

近年、大河ドラマで老けた女優さんを見た事がないので、もうこういうことは口にしても無駄なんでしょう。業界全体で老けメイクが出来ない事があたりまえになっている。

誰が主役であれ、老けメイクの出来ない20代の女優さんが主役なら、もう歴史上の女性の一生を表現することは無理なんでしょう。ほんとにつまんない時代になったもんだ。


ま…こういう小言を書くのも、このドラマの前半が非常にいいドラマだったからなんですけどね。会津編は本当に素晴らしかったです。そのことを総括しようかどうかは今考え中。



2013年12月9日月曜日

NHK大河ドラマ「八重の桜」第49回「再び戦を学ばず」



もう残りの回もあと一つ。そろそろまとめに入った感じです。今回、久しぶりにいい台詞があった。


●日清戦争が始まりそうな状況から、山本家の会話。
覚馬「(教育勅語から)教育の名のもとに人を縛ることになってはいかん」
佐久さん若い人が錦絵でしか戦を知らねえから、勇ましいとこしか見えねえんだべ」
八重「浮ついた気持ちでは、いざという時役に立たねえ…」

◆理論で戦争を危惧する覚馬と、実戦を経験した八重と佐久さんの具体的な心配の対比がいい。


●そこへ山川健次郎が訪ねてくる。会津戦争についての問答
覚馬「勤皇の志は薩長も持っていた。戦をせず国を滅ぼさぬ道もあったはずなのだ。」
八重「望んで戦をしたわけではねえ。私達の御城下に敵が土足で踏み込んできた」
覚馬「大君の義 ・一心大切に忠勤を存ずべし…御家訓のこの一条に会津は縛られてしまった。いくつもの不運があった。謀にのせられもした。それでもまだ引き返す道はあったはず。」
健次郎「会津にも義があった。」
覚馬「向こうも同じように思っていただろう。誠を尽くすことは尊い。それだけでは人を押しつぶす力を跳ね返すことはできねえ。」
八重「(捨松の結婚などに触れ)…皆恨みばかり抱いたわけではねえ。だけんじょ、亡くなった仲間達を思うと会津が間違っていたとは決して言えねえ。」

あの八重ちゃんが帰ってきた。ほっとしますね。これが自然。やっぱり八重ちゃんはこうでなくちゃ。戦争などの極限状態は、後で理屈で理解はできても感情の整理は簡単にはできない。会津戦争を経験した八重と健次郎が感情から会津の義を・正当性を語り、実戦を経験していない覚馬が「もしかしたら避けられたかも…」と理屈を語っている対比は理解できます。


●その後の八重と覚馬の会話
覚馬「また戦が始まる。国を失う痛みは会津が一番よく知ってる。人間の知恵や知識で戦が避けられねえのならば学問など無駄なのか
八重「兄さまは学問は武器だと言った。学問をすれば答えが見つかると。…(同志社設立に貢献できた事に触れ)…私はその中に答えを見つけた。自分の力で考え抜く人であれ…。」

理論だけでは戦争は避けられない…。とは言っても、賢い八重ちゃんは学問にそれなりの答えを見出した。「何事も自分で考えろ」そうそうこれはいつの時代も正しいことです。

こういう流れは上手いですね。会津戦争を経験しなかったことから、覚馬の戦争観が八重ちゃんや健次郎のものと違っているのは納得できる。会津戦争中も有名な『管見』を書いて「内戦よりも国をこういうふうに創ろう」と言っていたような人なので、何事も理論で語ろうとする人だったんでしょう。それに比べれば八重ちゃんは目の前で父親を殺されたりしてるんですから感情的になるのは当然のこと。このあたりの温度差も理解できます。以前、脚本に無理があるのではないか…と思った「戦をしないために学問をする」に関する内容も、「自立した考えを持つために必要」だと結論付けたのは上手い。正しい。


●そして待ってました…容保公
容保公「(孝明天皇宸翰について)…これだけが会津が逆賊でないこと、ただ一つの証。」
山川兄弟が「何故出さなかった、これを世に出せば殿の汚名は雪がれたはず」と問うと、
容保公都の争いとは勅を得た者が正義となった。なれば御宸翰が再び戦の火種となる、それだけは避けねばならぬと…。武士の忠義を貫き通した代わりに儂は会津を死地へと追いやった。」
山川浩「殿…あの時、会津までが徳川を見捨てていたならば、この国に真の武士などはいなかったことになります。」
容保公「いつか御宸翰を世に出してくれ。会津がいかに誇り高く戦ったかを、死んでいった者達の心を、ただし再び同じ道を辿らぬよう、戒めとしてこれをそなたたちに託したい…。」

◆くーっ泣けますな…。私にとってこの大河は、今まで全く興味の無かった会津について知ることができたことが一番大きい。会津・京都守護職編は、今まであまり描かれなかった会津の視点からの戊辰戦争への流れを描き、いかに会津が理不尽にも明治維新(革命)の犠牲になっていったのか…を再現したものだったので、この会話にはぐっときます。

ここで容保公が語っている京都守護職時代の都での状況=立場が逆転して最後には賊軍にされてしまった経緯というのも史実。(上記の)覚馬が言った「いくつもの不運があった。謀にのせられもした」というのもそうだし、八重ちゃんの「敵が土足で踏み込んできた」というのも事実。そして山川浩さんの「会津までが徳川を見捨てていたならば、この国に真の武士などはいなかったことになります。」というのもそのとおり。この言葉が一番泣ける。容保公の「会津がいかに誇り高く戦ったか」ももちろん事実。新政府軍に命をかけて時代を変えていく強い信念があったのなら、会津にも命をかけて貫くべき義があったことも事実。もしあの時代に会津藩士として生まれ育っていたなら誰でも彼らのように考え、行動するだろうと思う。会津戦争は、生真面目で律儀、頭の固い古風な会津藩だからこそ起こった悲劇なんでしょう。

どこの国であれ、明治維新ほどの大掛かりな変革・革命が起これば、どこかに犠牲が出るのはやむなし。古い時代を壊す人がいれば、守る人がいるのも当然のこと。絶対王政を壊した西洋も同じ。西洋でも啓蒙思想から革命が起こって王様を処刑したりしている。あの時期の日本で(どういう形であれ)いずれ封建的な徳川の時代が終わるのは必然だったでしょう。戊辰戦争は産みの苦しみの戦。しかしそのために犠牲になった会津の人々のことを思うとあまりにも悲しい。今まで全く知らなかった(興味も無かった)幕末のもう一つの歴史、時代の激流に巻き込まれた会津の人々のことを、この大河ドラマで学べたことは本当に良かったです。山本/川崎八重という一女性とその家族から見た会津戦争には本当に心を動かされました。

劇中で無理に会津戦争の是非の結論を出すことなく、登場人物達がそれぞれ複雑な思いを抱えているように表現した描写は、感慨深く素晴らしいと思います。



●最後に覚馬の同志社英学校・卒業式での生徒に向けての言葉
「どうか弱いものを守る盾となって下さい。日本は戦に向けて歩き出した。どうか聖書の一節を心に深く刻んで下さい。
    その剣を打ち変えて鋤となし、
    その槍を打ち変えて鎌となし、
    国は国 に向かいて剣を上げず,
    二度と再び戦いのことを学ばざるべし
諸君は一国の、世界の良心であって下さい。いかなる力にもその知恵で抗い、道を切り開いてください。」

◆いい言葉なのですが、これ本当に覚馬の言った言葉なんでしょうか。それともTV向けの脚色?理想家の彼であれば本当の言葉だった可能性も十分ありえますが、正直、当時の世界状況を思えば、綺麗ごとは言っていられないのでは…と思ってしまった。キリスト教の教えを日本に伝えた西洋というのは、実際には同じ時代に東南アジアなどで非情な植民地経営をやってましたから。理想はあくまでも理想。現実には、優しいことを言っていては他国にやられる時代ではなかったのか…どうなんでしょう?

というわけで、今回は日清戦争前夜でいろいろと考えさせられる内容が良かったです。西島さん1年間お疲れ様でした。


八重ちゃんはやっぱり外見が若いのが残念。最愛の夫を亡くし、最愛の兄まで亡くして泣く八重ちゃんを見ると、ただただ「この娘はだいじょうぶか…」としか思えない。当時の40代後半はかなり老けていたはずで、白髪の数も多ければ、身内の不幸も乗り越えて生きるたくましい大人の女性が表現できたと思う。あんなに若いとただ可哀想なだけ…。演出的にもったいないと思う。



2013年12月4日水曜日

男大河の提案!大友VS島津~豊臣VS島津・九州大合戦


 
…う…ここのところ…ちと血圧が上がりに候…。
反省してます。
ずいぶん大きな声を出した。
頭がいたい…。
 
 
 
 
 
 
 
しかーし…
やはりあきらめきれん!
 
極骨太男大河・希望!(←やっぱり言ってる…)

 


 
大友VS島津~豊臣VS島津・九州大合戦なんてどうよ!
大友VS島津の九州内乱から、
豊臣軍の九州侵攻、
最後は根白坂の戦いにて島津軍の豊臣秀長軍への徹底抗戦! 
バトル・KYUSHU! いいぞ男大河っ!
 
…あ、また血圧が…。
 
 
 

2013年12月3日火曜日

女大河はなぜ難しいのか…「篤姫」のうけた理由



昨日、「篤姫」をうっかり褒めてしまったもんだから、モヤモヤが残ってしまった。…う…身から出た錆…これはなんとしてでも言い訳しなくては…。

今のNHKさんが、女大河にこだわるのは2008年の「篤姫」の大ヒットのせいでしょう。その考えは理解出来ます。しかし…。

もう女大河はうけません。

…たぶん。だってね「篤姫」がうけたのには理由があるのだ。


はっきりと言いましょう。今の日本は何をやっても歴史物はうけません。もうしょうがない。鎧兜で斬り合いをして男ががなりあってる話なんて、誰も見たくないんでしょう。そこに持ってきた江戸のプリンセス「篤姫」。これがウケた。

「単純に同じような女大河を作ればうけるのでは…」という考えが出てくるのも理解できる。そこで持ってきた戦国のプリンセス「江」。これがまあ見事に大ハズレ。そりゃそうでしょう。全然面白くなかったもの。


じゃあなんで「篤姫」だけがうけたのか…。

それは「篤姫」の大奥話がすでに一般視聴者に馴染みのある素材だったからです。「篤姫」が放送される前、2003年から2005年のフジテレビ「大奥」TVドラマシリーズで、「大奥もの」には皆馴染みがあった。普段、歴史物に全く興味の無い女性視聴者も「大奥」はドラマとして見ていた。「…大奥の話なら「篤姫」も面白いかも…」と見始めた視聴者は多かったと思う。そもそも「篤姫」の成功は、視聴者が素材に慣れ親しんでいたことによる…。

それにお金をかけた衣装やセット。いい配役。最初の半年は島津の田舎姫が玉の輿にのって大奥入り、馴染みの痴話言・色恋話をやったあとで、最後は実家が攻撃してきて日本のマリー・アントワネット話(イヤ…チト違うケド)…等々、とりあえず視聴者の興味を引く話の盛り上がりも確かにあった。

前年2004年の男大河「風林火山」で離れた女性視聴者が、馴染みのある大奥ものに興味を持ち、内容もそれなりに面白かった…というのがヒットの理由。うけたのにはそれなりの理由があったわけで、

ただ闇雲に女を主役にすればウケるわけではないんです。

今の日本では歴史時代劇はうけない。これはもうしょうがないと思う。NHKさんの(伝統的なブランド)大河ドラマでさえ、(2008年の「篤姫」以外は)そういう流れで10年以上も続いているわけで、女を持ってきたからって急にウケるなんてたぶんないだろうと思う。今でも大河ドラマを見続けているのは、長年大河を習慣で見てきた層と、もともと歴史物の好きな視聴者だけ。

そういう事実を思えば、現実的に大河ドラマの枠を仕切り直すしかないと思うんだけど、それはまたいずれ…。


私の個人的な「篤姫」の評価は佳作です。確かに戦国、幕末で泥臭い男大河ばかりを見続けていれば、大奥の姫物語は楽しかった。個人的には「風林火山」のほうが面白かったけど、大奥も確かに歴史の一場面であるのなら、大河ドラマがああいう女性の話をたまにやるのはいいと思った。ただしそれは「篤姫」という大物であればこそ。女なら誰でもいい…という話ではない。

…しかし、夫の・徳川家定を(実は)聡明な人物にしてヒロインが恋をするステキな旦那様に描き、故郷の家臣・小松帯刀をナヨナヨナヨナヨ尚五郎サン にしてヒロインのお花畑・恋話を無理やりねじ込んだストーリーばかりは許すまじ! ほんとにアホかと思う……親戚の年寄りにはうけていたけど(笑)。


そんなわけで「篤姫」がうけたのにはそれなりの理由があった。作品そのものというよりも、まず一般視聴者が「大奥もの」に馴染みがあったのが一番の理由。普段は時代劇に全く興味の無い層が、始まる前から「大奥もの」に興味を持ってくれたのが大きな理由。決して女主人公=うけるなどという単純な図式ではなかったと思う。

もう決まってしまった松陰さんの妹さんの大河はともかく(もう全力で頑張るしかない)、今後もこういう「女性主人公=女性にうける」などという単純思考で1年も続く大河ドラマの主題を選択するのは、NHKさん…ちょっと考えたほうがいいと思います。