能登半島地震 ─ 寄付・支援情報

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2019年2月6日水曜日

映画『グリーンブック/Green Book』(2018):己の誇りを守るために・友を守るために






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Green Book2018年)/米/カラー
130分/監督:Peter Farrelly
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主演の二人を好きになる映画
孤高のピアニスト・ドクター・ドン・シャーリー/Dr. Don Shirleyとイタリアンオヤジ・トニー・リップ/Tony Lip…を好きになる。
 
人種問題のお題です。アカデミー賞の作品賞にノミネートされましたね(作品賞受賞!おめでとうございます!)。近年、人種問題の映画が増えたように感じるのは、今の米国の状況を反映しているからでしょうか。賞にノミネートされるのならいい映画だろう。
 
内容はDriving Miss Daisy (1989)とか、仏映画のThe Intouchables (2011)の人種がひっくり返ったものだろうかと勝手に予想。確かにそのタイプの話。
 
「それぞれ別々の世界に住む二人が、徐々に近づいて友人になるストーリー」は定型どおり。だから大きな驚きがある話でもない。1962年の米国でアフリカ系の音楽家が南部をツアーをするのなら、問題が起こるのは避けられない…そこでイタリアンの用心棒が彼を守る…。こういうpredictable(予想どおり)でformulaic(定型どおり)のfeel good(気持ちのいい)映画は、定型的であるからこそ何か特出したものが欲しい。
 
この作品の魅力は、主人公の孤高のピアニストと人情に厚いイタリアオヤジの二人のやりとり。観客は彼らと一緒に旅をして少しずつ二人の心に触れることになる。
 
 
★あらすじ

1962年.ニュヨークのナイトクラブの用心棒トニー・リップ。彼はある日、天才黒人ピアニスト・ドクター・シャーリーに運転手として雇われる。ホワイトハウスでも演奏したこのピアニストは、差別の激しい南部での演奏ツアーを計画。二人は〈黒人用旅行ガイド=グリーンブック〉を頼りに出発する
 
 
まずこれが実話をベースにした映画だということに驚く。まずドクターの略歴を。
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Dr. Don Shirley/ドクター・ドン・シャーリーさんのご両親はジャマイカから米国への移民。彼は2歳でピアノを習い始め、9歳でロシアに招かれて音楽理論を学ぶ。その後米国の大学で学び、18歳にはボストンポップスオーケストラとも演奏。しかし(人種の問題から)クラシック音楽ではチャンスが無いと考え、シカゴ大学で心理学を学ぶ。しばらく心理学者として働くが、またピアノに戻る。アルバムをリリースし、クラシックを取り入れたジャズの実験作を試みる。シングル「Water Boy」はビルボードで40位を記録。Duke Ellingtonと知り合う。またボストンポップスオーケストラと演奏。カーネギーホールで演奏。TV番組に出演…
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米国北東部の都市で称賛を受けていたドクター・シャーリーが、人種差別の激しかった米国南部をコンサートツアーで回ろうと思った理由は、彼が「彼のピアノの演奏が人々の心を変えるかもしれない」と思ったから。


(ネタバレ注意)

●トニー・リップ/Tony LipFrank Anthony Vallelonga Sr.Viggo Mortensen
ヴィゴ・モーテンセンさんが別人。固太りに太っちゃって俳優さんてすごいのね。北欧系のヴィゴさんが明るい色の髪をダークに染め、ベッタリと頭に撫で付け、コッテコテのイタリア系のアクセントに身振りで、腕っぷしが強く、直情的で、情に厚く、男気に溢れ、よく食べて、声が大きく、お母ちゃんが大好きな下町のイタリアンのオヤジを熱演。しかし彼も最初はかなりの差別主義者なんですよね。
 
彼の性格は彼の父親に関する言葉でよくわかる
my father used to say, whatever you do, do it 100%. When you work, work. When you laugh, laugh. When you eat, eat like it's your last meal.(オレのオヤジは言ったもんだ。何事をやる時も100%全力でやれ。仕事をするときはしっかりと仕事しろ。笑う時はよく笑え。そして食う時はそれが最後の食事のように全力で食え)

●ドクター・シャーリー/Dr. Don ShirleyMahershala Ali
上手いマハーシャラ・アリさん。惚れましたねこのキャラ。知的な紳士。優雅。美しい瞳。このドクターも最初は打ち解けなくて堅苦しく、うーん…気難しい?と思ったのに、映画の最後はもう好き好き好き好き好き…。笑顔が可愛い。本当にかっこいい。エレガントな人。

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この映画の要はドクター・シャーリーの心です

ドクター・シャーリーは複雑な人物。彼はピアニストであるばかりでなく心理学の先生でもある。映画ではロシア語にイタリア語も喋ってましたが、彼ほど才能に溢れ知的な人物は、どんな人種であれ、1950年代から60年代のアメリカには(いやどんな時代でも)あまりいないだろうと思う。その彼は1927年生まれのアフリカ系の人物だった。
 
人は他人がどう自分を扱うのか…で自分の姿を認識するのが常。じゃあこのドクター・シャーリーのように、才能と努力で芸術家として賞賛され、社会での地位も勝ち取り、だからこそ自負心も強いであろう人物が、また同時に社会の中で虐げられる立場に置かれたら、その人物の心はどうなるのか。複雑になりますよね。
 
彼は孤独。ガードが堅い。努力と才能で地位も尊敬も勝ち取ったけれど油断は出来ない。1960年代の人種差別があたりまえだった時代には、彼のように成功した人物でさえ、一歩自分のフィールドから踏み出せば差別を受けることになる。そのことは本人も理解している。
 
だから彼は決して人に隙を見せない。朝から晩まで100点満点の優等生。完璧な紳士。それでも世間は彼を差別する。だから彼はますます自分が作り上げた完璧な紳士の「鎧」の中に閉じこもる。そうやって彼は長い間自らの誇りを守ってきた。
 
そんな彼が、人種差別の激しい南部をツアーする。
 
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この映画は、誰にでもわかりやすい「トニーとドクターの友情物語」の形をとってはいるけれど、実は一番興味深いのは「ドクター・シャーリーの心」。ドクターの人生を追うだけでも人種問題をテーマにした映画が撮れますよね。

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一番印象に残っているのは、車の中で初めてフライドチキンを食べて窓の外に骨を放り投げる時のドクターの嬉しそうな笑顔。可愛い。そしてその後のトニーのドリンクの扱いに目を大きく開けて驚く場面もおかしい。

そしてドクターの様々な表情の変化。トニーに「奥さんへの手紙の書き方」を教える様子。トニーと打ち解けて家族の話をする様子。二人でバーに出かけ、促されて「木枯らし」を弾きバンドと共に演奏する場面の彼の嬉しそうな顔。…ドクターの心の扉が少しずつ開いていく様子を見るのが嬉しい。

しかし苦難はまた何度もふりかかる。そのたびにドクターは姿勢を正し、威厳を保ち、決してとり乱すことはない。何があっても声を荒げることなく背筋を伸ばし、きちんとした言葉で相手とコミュニケーションを試みる。理不尽な扱いにも決して折れることはない。打たれれば打たれるほど彼はますます毅然として姿勢を正す。そして後でたった一人、鏡の前で涙を流す。


そんなドクターが一度だけ声を荒げる場面がある。それは南部の差別的な白人に対してではなく、共に旅をするトニーに対してだった。(ネット上で台詞が出てきたので書きとめておこう)
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トニー「…you live on top of a castle traveling around the world doing concerts for rich people. I live on the streets, you sit on a throne. So, yeah, my world is way more blacker than yours!(あんたは城の上に住んで世界中を飛び回り、金持ちのためにコンサートをやる。俺はストリートに生きて、あんたは王座にすわってる。俺の世界の方があんたよりずっと黒人的だろ)」

そこでドクターが怒る。雨の中、車から降りて一人歩き始めるドクターにトニーが駆け寄ると、ドクターは叫び始める
Yes, I live in a castle! Tony. Alone! And rich white people pay me to play piano for them, because it makes them feel cultured. But as soon as I step off that stage, I go right back to being just another n****r to them. Because that is their true culture. And I suffer that slight alone, because I’m not accepted by my own people, because I’m not like them either! So if I’m not black enough, and if I’m not white enough, and if I’m not man enough, then tell me Tony, what am I?!(そうだ。私は城に住む。たった一人で! 裕福な白人達は私のピアノの演奏に金を払う。なぜなら彼等はそれで自分達を文化的だと思えるからだ。だけど私がステージを降りた途端、彼らにとって私はただのN…(黒人の蔑称)でしかない。それが彼らの本当のやり方だからだ。そしてそんな侮辱に私はたった一人で苦しむのだ。なぜなら私は、私の側の人々(黒人)にも受け入れてもらえないからだ。私は彼らと同じではないからだ。私が黒人として十分じゃなく、白人としても十分でなく、男としても十分でなかったら、トニー教えてくれ。私は何者なんだ?)」
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これがドクターの本当の心。彼の孤独はどこまで深かったのだろう。今まで誰にも本音を言えなかった。自分の苦悩を誰にも言えずにたった一人で耐え続けてきた。その苦悩は「人種差別の激しかった時代に白人の世界で成功したアフリカ系の芸術家」という彼の特殊な立場による。

「俺の方が黒人的」と言ったトニーは冗談のつもりだったのだろう。しかしドクターにとって「白人か黒人か」の問題は苦悩そのもの。ドクターの生き方を表面的に見て「あんたより俺のほうが黒人的だろ」と言うトニーの軽率さ、無神経さには、ドクターも黙っていられなかった。共に旅をして一緒に時間を過ごしても、白人のトニーにドクターの本当の苦しみは伝わっていなかった。それが哀しい。哀しみは怒りに形を変える。


ドクターにとって、人前で苦悩を口に出して言う事は、自分の苦悩を認めることになる。それは彼の誇りが許さない。たとえ言ったところで、誰も彼の苦悩を理解することはできないだろう。彼が、彼を差別をしてくる白人にさえも常に完璧な紳士であろうとするのは、己の誇りを守るため。
そんな彼の信条は
 
You never win with violence.
暴力では決して勝てない。
You only win when you maintain your dignity.
 尊厳を保つことだけがあなたを勝者にする
 
 
これは真実。どんな差別に出会っても、どんな問題にぶつかっても、決して誇りを失わない。これが彼の生き方。
 
ドクターが思いがけずトニーに本音を言えたのは、長旅の間に彼がトニーを信頼するようになったから。正直に苦悩を吐き出したことで、ドクターの孤独な心はひと時だけでも救われたのだろうか。
 
 
ドクターの悲しい瞳に惚れた。トニーもいい奴。ドクターとトニーの二人の魅力でどんどん話に引き込まれた。彼等は実在の人物で、もうお亡くなりになっているのに、ドクターには幸せになってほしいと心から思った。
 
この映画で描かれたお二人が、実際にこのような友情を築けたのか? 彼等が実際にこの脚本のような言葉を言い合ったのかどうかは分からないけれど、仮にこれが実話を元に書かれたフィクションだとしてもいい話だと思う。
 
最後の場面もよかったですね。現実にはありえないような気もしますが、ハリウッド的な温かいエンディングはフィールグッドでいい。
 
マハーシャラ・アリさんのファンになった。