2017年7月24日月曜日

映画『さざなみ/45 Years』(2015):45年間の沈黙は思いやりではなかったのか?





 
 
-----------------------------------------------------------------------------
45 Years2015年)/英/カラー
91分/監督:Andrew Haigh
-----------------------------------------------------------------------------


去年の2月頃に見た映画。見て1年以上も過ぎてから感想を書いているので、多少不正確な事柄もあるかもしれない。見た当時思った事を思い出して書く。


「きびしい奥さんだなぁ」というのが最初の感想。

そして次に頭に浮かんだのが「同じ事が起ったら私も彼女のようになるのだろうか?いやまさか…私は違う、平気だと思う。しかし本当にそうだろうか?」
 

仲のいい老夫婦。年の差は78歳ぐらいだろうか(覚えていない)。英国の田舎町に静かに暮らし続けて、結婚して今年で45年になる。子供はいない。友人達を招いて結婚45周年のパーティーを開こうとしていた数日前、夫に1通の手紙が届く。

夫には結婚前に恋人がいた。その恋人は夫とスイスを旅行中に事故で命を落とした…彼女の遺体が氷漬けの状態で発見されたのだという。夫には彼女の遺体の確認をして欲しいとの連絡だった。


★ネタバレ注意

これは「45年間築いた夫婦の関係が、たった一つのニュースで壊れていく話」…ではないと思う。女性の側の心の変化の話です。奥さんケイトさん(シャーロット・ランプリング)の心の変化を描いた作品。一つ投げ込まれた小石で起こった心のさざなみが、いつの間にか大きな波になって彼女を襲う。しかしそのさざなみを大きくしたのは彼女自身。彼女が自分で事を大きくしている。

細やかに描かれた作品。たった90分の映画なのに、全編見終わった頃には、この老夫婦と長い間知り合いだったような気持ちになる。人物描写が巧み。こういう夫婦はきっと現実にいますね。

二人が結婚したのは45年前。夫ジェフは無口で無骨。45年前に若く綺麗な女の子ケイトを見初めて結婚。夫は無骨ながらも妻を気遣い、妻もそれに答えて長い間穏やかな生活を送ってきた。

二人が子供を持てなかったのか、持たなかったのかはわからない。ともかく45年間、二人は淡々と穏やかに暮らしてきた。今まで二人の関係を大きく変えるような事件も起こらなかった。信頼し合い、人生のパートナーとして理解し合い、日々それなりに幸せな夫婦。友人達もそう思っているし、夫婦それぞれもそう信じ合っていた。

関係があまりにも穏やかで平和だったからこそ、もしかしたらこの二人は今まで強く愛を確かめ合うこともしなかったのかもしれない。若くに夫に見初められて「愛されることがあたりまえだった」妻ケイトさんも元々サバサバした性格で、二人で一緒に写真に納まることさえめったになかった。もう一匹の家族は大きなジャーマン・シェパード。アルバムを見れば、夫婦二人の写真よりも犬の写真のほうが多い。それでも二人は幸せ。淡々と穏やかに暮らしてきた。心地よい習慣を繰り返す日々を1週間、1ヶ月、1年、10年と、まるで波の立たない湖のように静かに過ごしてきた。二人の関係はいつも平和だった。


そこに1個の小石が投げ込まれる。

夫ジェフの心にもさざなみは立った。しかし彼にとっての過去はあくまでも「過ぎ去った過去」。少しばかり心を動かされることはあっても、45年間連れ添った妻に対する気持ちは変わらない。投げ込まれた小石はいつしか水の底に沈む。湖はまた元の静けさを取り戻す。(…というふうに私は解釈した。ジェフがどれほどこの事件に心を動かされていたかはわからなかった)。

しかし妻ケイトの心のさざなみは収まらなかった。投げ込まれた小石は彼女の心に小さな波を起こす。それが時間を追うごとにますます大きくなる。またケイト本人も自ら風を起こして波を大きくしていく。1日、2日と過ぎるうちにさざなみはいつしか大きなうねりになって彼女に襲い掛かる。

…夫の過去が気になるからやめられない。気になるから天井裏に上って夫の過去を探る。真実を知りたい。夫はなぜ話してくれなかったのだろう。夫はなぜ黙っていたのだろう。なぜ隠していたのだろう。なぜ私を騙していたのだろう…。そうやってケイトの心の波はますます大きくなっていく。

砕け散るほど大きくなった波を、彼女は静める事ができるのだろうか。


この女性はどうしてこんなに旦那さんに厳しいのだろう。「夫が本当のことを話してくれなかった…」そのことだけで45年間築いた夫婦の関係が危うくなるものだろうか。

可愛く笑って夫と一緒に写真を撮ることさえしなかったケイト、夫に愛されることがあたりまえだったケイト、彼女はもしかしたら情が薄くサバサバしすぎて友人にも「ジェフにもっと優しくなさいよ」なんて言われるような女性だったのではないか。そんな彼女が、たった一つの夫の秘密にうろたえている。

ケイト「もし彼女とそのまま一緒だったら、彼女と結婚してた?
ジェフ「そうだろうな」

ばかばかしいほどの愚問。尋ねるのも空しい。答えは当たり前。だってジェフさんにとって当時(出会う前の)ケイトさんは存在さえしていなかったんだもの。ジェフさんはその事実を妻に告げることが悪いとも思っていない。私も思わない。

いままで彼女は夫に愛を確認した事がなかったのだろうか。


彼女の心が理解が出来ないわけではない。世の中には自分のパートナーを「自分のモノ」だと思う人がいることも知っている。自分の夫や妻に対して、元カノ、元カレの存在を絶対に許せない人も確かにいる。しかしそれはとても苦しい愛情だと思う。

…余談だけれど、私は旦那Aの過去の彼女に嫉妬はしない。旦那の過去の元カノなんてどうでもいい。旦那Aが(思い出の中の)元カノの事を懐かしく思っても別にかまわない…それは彼の自由だ。もしそれが亡くなった彼女ならなおのこと…忘れられないに決まっている。当たり前だ。


不思議なんですよね。このケイトさんが、今まで夫の愛を疑ったこともないようなサバサバした女性に見えるからこそこの映画は興味深い。たった一つの夫の嘘…いや夫はただ言わなかっただけ。言う必要が無かったから言わなかっただけ…それはもしかしたら夫の思いやりだったのかもしれない。それなのに、ケイトさんはそれを「夫の裏切り」だと受け取った。

キビシー…。

しかしこの映画…私もこんなにサバサバした事を書いているけれど、実際に同じ立場になったらどうなるのかはわからない。人の心は…自分の心も100%はわからない。そんなことをうんうん自問自答しながら映画を見終わった。やっぱり私は彼女のようにはならないと思うけど…。
 
 
…おっと、そうだ。今思いついた。ひとつだけケイトさんがあのように怒る理由(仮説)が想像できる。あくまでもこれは私の想像です。例えば…、
 「もし夫ジェフさんが、元カノとのトラウマで二度と子供を持ちたくないと思っていたとする。その理由を妻ケイトさんには言わずに、ぬらりくらりといい訳をしてごまかして結果子供を持たなかったとする。ケイトさんは子供を欲しかったけれど、ジェフさんが乗り気ではないので子供をあきらめた。もう終わったことだけれど、今でもその事を少しだけ後悔している
…その状態でスイスの元カノの話が出てきたとしたら…
うわーこれは怒りますね。それなら間違いなく「夫の裏切り」だ。10回殴ってもおさまらない。離婚も厭わないかもしれない。そういうことなのか…うーん。そもそもこの夫婦はお互いに無口過ぎていろいろと会話をしてこなかったのかも。
 
 
この映画でシャーロット・ランプリングさんは、2015年度第88回のアカデミー賞主演女優賞にノミネート。流石です。45年間夫の愛を疑うことのなかった老齢の女性に起こったとある事件…心の葛藤…不安と悲しみ・怒りを静かに熱演。素晴らしいです。シャーロットさんは若い頃から好きな女優さん。年齢を重ねてもますますエレガントで美しい。夫ジェフのトム・コートネイさんも無口で無骨、不器用な普通のおじさんを好演。この夫婦はリアルです。
 
描かれる英国の田舎の風景もいい。実際には英国の冬の灰色の空は陰鬱なものだけれど、映画で見る風景は美しい。英国の風景も屋内の内装も言葉のアクセントも全てが懐かしい。
 
繊細な心で丁寧に描かれた静かな映画。女性にとっては「ケイトに共感、同情するのか、それともケイトが夫に厳しすぎると思うのか」で意見の分かれる映画だと思う。既婚の男性にとっては「女は怖いね」と思う映画。夫婦の関係について考えさせられる映画。
 
「さざなみ」とはいいタイトルだ。「45年」もいいですけど。