2012年1月30日月曜日

NHK大河ドラマ「平清盛」第4回「殿上の闇討ち」


毎週感想を書くつもりはないのだけれど、やっぱり今週も面白かった。中井貴一パパはかっこいい。ほんとにいい。今日は見せ場があった。『王家の犬になるつもりはない』そうだ。清盛君もとても嬉しそう。
よかったね

この中井貴一パパ、昔「ふぞろいの林檎たち」で若いのかトシなのか微妙な大学生を演じていらしたのだけれど今ほんとにかっこいい。あれから30年近くたった。彼が出てくると画面がピシっと引き締まる。声がいい。所作が美しい。清盛との親子関係も素晴らしい。やんちゃ坊主な息子を、言葉少なくも暖かく見つめる懐の大きな親父の姿がとてもいい。これからも、もっとビシビシ清盛を叱り飛ばしてほしい。

画面も相変わらすゴージャスでとてもいい。贅沢な画面だ。NHKさんの公式のサイトを見たら、今年は製作の方々、とても気合が入ってるらしい。「坂の上の雲」も終わったので予算が多く使えるんだろうか。ますます楽しみだ。

それにしても、男のドラマはやっぱり面白い。日本の歴史、ほとんどは男が作ってきた歴史だ(世界中そうだけど)。そのせいだと思うが、やっぱり男主役の歴史ドラマの方が断然面白いと思う。儒教などで世の中がそうだったのだからしょうがない。これは女性がどうがんばってもどうにもならないことだ。これからも質の高い歴史ドラマをやるのなら、きちんと男らしい男を演じられる若い俳優さんを育てていくしかないと思う。

NHKさんこの調子で迷わずがんばってください。オネガイ。もっともっと平安の時代にタイムスリップしたい。この調子ならDVDも購入するワ。

2012年1月29日日曜日

いまさらの『ラストサムライ』論 - 4


この映画の監督エド・ズウィックは過去に黒澤明に傾倒し、日本の歴史を学び、その中でとりわけ西郷隆盛に感銘を受けたと言っている。ドラマの脚本、監督、プロデュース等を手がけた後、映画監督として活躍するようになるのだが、その頃から、この西郷隆盛と西南戦争を題材にした作品を作りたいとずっと企画を暖めてきたのだという。


要は、このラストサムライ、監督本人自ら過去に日本史を学び、そこから武士道の哲学も学び、それに感銘してくれたからこそできた映画なのだ。一般の西洋人が日本人や日本の歴史に興味を持つことはほとんどない。トムクルーズが単なる話し手として登場するのも、ズウィック本人が、アメリカをはじめとする世界の観客に、彼の大好きな日本の侍文化を紹介したかったからなのだ。ズウィックがたまたま日本史好きで、たまたま優秀な映画監督だったから140億円もかけてこんな大作を、ありえないくらいの愛情をこめて作ってくれたわけで、このような偶然はなかなかあるものではない。いやむしろ奇跡だと言ってもいい。もうこんな映画は二度と作られないだろうと思う。そんな稀有な偶然の結果から生まれたこの映画に私はまず感謝したいと思う。


西洋でもおおむね高く評価されている。封切からもう10年近くたっているのに、IMDB(映画データベースサイト)では、10点評価で7.7点。なかなかの高得点だ。同じジャンルの歴史大河でグラディエーターが8.4点、ラストエンペラーが7.8点、キングダムオブヘブンが7.1点などを見ても、このジャンルのものとして大変高く評価されているのが分かる。トムクルーズの人気に負うところも多いだろうが、何よりも魅力的な悲劇のラストサムライ達への賞賛が高得点の理由だろうと思う。


イギリスでの評判もよく、映画館の客席は何度行ってもよく埋まっていた。とくにマイノリティと言われるアジア人や黒人、中近東人をよく見かけた。しばらくたってから郊外でタクシーに乗ったら、運転手さんが、ラストサムライに感銘して日本史の本を読んでいると話してくれたこともあった。いい思い出だ。封切られた週には、イギリスで一番の新聞 Times誌の日曜版にも長文のレビューが載っていた。ただ評価は中ぐらいだったのだが、批評家が「19世紀の日本を現在のアフガニスタン、明治政府を彼の地の新政府、勝元の一族をタリバン、トムクルーズを当時タリバンに入隊して捕まったアメリカ出身の白人の男性」だと例えたときには、さすがに頭を抱えてしまった。


ともかく話は長くなったが、この映画のおかげでで私の娯楽の幅もずいぶん広がった。それまで、時代劇など見向きもしなかったのに、この映画の後から、憑かれたように時代劇を捜し求め、日本史の資料、小説なども読み漁った。2005年から2年間一時帰国をしたときにも出来る限り歴史物を見るようにした。そして日本では歴史物は映画よりもやっぱり大河ドラマが一番かなとも思うようになった。過去の大河ドラマのDVDまで買って見たりした。まだまだ見ていないものも多い。これからも楽しみは無限にある。それにしてもイギリスに10年住んでまさかこんなに日本史ファン時代劇ファンになるとは思わなかった。人生は分からないものである。■

2012年1月27日金曜日

いまさらの『ラストサムライ』論 - 3


この映画の日本人「ラストサムライ」勝元とその一族は、大変に誇りたかく威厳に満ちた姿で描かれている。勝元達が(西洋が近代化で失った)清廉さ、誠実さ、高潔さ、気高さなどの古き良き時代の大変美しい象徴のような存在で描かれているのに対して、近代化西洋化を推し進める大村、バグリー大佐は悪として描かれている。その中間にトムクルーズ。元々悪のサイドから雇われてやってきて勝元(善)サイドの捕虜になり、村で暮らすうちに、そのサムライ一族の美しい生き方に魅了されていく。最後は勝元の側で戦争に参加し、奇跡的に生き残り、最後の生き証人として「ラストサムライ達」の哲学を天皇(日本人)に伝えるという役回りだ。トムクルーズは結局伝達者でしかない。この映画の英雄は、勝元率いるラストサムライ達であることは言うまでも無い。


端的に言って、これほど日本人の自尊心をくすぐる話もないだろう。勝元のサイドはただただ完全なる善として描かれ一切のよどみが存在しない。現代の日本人は近代化の結果こうなったわけで事実上は大村側なのだが、映画を見ている間はみんな勝元率いるラストサムライ達の側に立つ。私ももちろん勝元側に入れ込んで映画を見た。いろいろと妙な映画であることは間違いないが、これまでの映画史上、これほど日本人が外国人に真正面から褒められたこともないだろうと思う。私も多くの日本人もそれにころっと参ってしまった。いい気持ちだもの。


個人的な意見だが、こういう映画は日本人にはまず作れないだろうと思う。それは国内の内戦をこれほど明確な善悪で分けることは不可能であること、それにどう間違っても封建制度がユートピアで近代化は悪などという設定は、現代の日本人には考えられないからだ。美しい武士道とは言っても、それを支えていたのは窮屈は身分制度だったことを私達は常識レベルで知っている。それに近代化を進める大村を悪に仕立てることは間接的に明治時代以降の日本を否定することになりかねない。この映画の監督が外国人であるからこそそんな現実をばっさりと切り捨て、悲劇的な滅びゆく英雄として絶対的な善のラストサムライを作り上げることができたのだ。そんなことは私達日本人にはできないだろう。だからこの映画はエンターテイメントとして非常に面白いのだ。

2012年1月26日木曜日

いまさらの『ラストサムライ』論 - 2


日本人から見たこの映画の評価はおおまかに2つに分かれる。(ここで使う「外人」はそのまま多少の侮蔑的排他的な意味を含んだものです)


1.       外人なのに、こんなにすごい、すばらしい時代劇映画を作った。
2.       やっぱり外人だから、こんなに変な時代劇映画を作った。

いずれにしても、おかしいくらいに日本人のプライドを大変刺激される映画だということだ。それに実はこの両方の意見、ともにこの映画に対する評価として正論だったりもする。

~∞~
まず第一にこの映画、時代設定はともかく、見かけ上は戦国時代。これが言葉を無くすほどかっこいい。最初の森での戦いで、青い霧に包まれた木立の中、法螺貝が鳴り響き、そこからスローモーションで馬上の武士の兜の影が浮かび上がるとそれはそれは怖い。あの時点で観客はトムクルーズに感情移入しているので、霧の向こうに浮かび上がるのは得体の知れない魔物の群集だ。そのあと一気に速度が速くなって、周り中を馬上の侍達に取り囲まれおろおろしている間に、バタバタっとすべてが終わってしまう。最後まで緊張の頂点のままトムクルーズは捉えられる。そこへ、ケンワタナベがのしのしと出てくる。ものすごい迫力だ。

これが、ハリウッド流アクション映画のスピード感か。こんな見せかたをされると、いやがおうにも感情をゆさぶられてしまう。映画としてほんとに上手いなと思う。アクション場面の見せ場がものすごく華やか。それと対比するような静かな山村の場面は、厳かで細やかで大変美しい。善と悪の分かりやすいストーリー。そうやって、2時間、中だるみすることなく一気に見せてくれる。


「外人なのに、こんなにすごい時代劇映画を作った。こんなにかっこいいなんて。こんな見せかたができるなんて…」
凄腕の監督が140億円もかけて最高のスタッフで見せてくれたハリウッド流の映画の作り方。俳優達は日本人。材料は日本人が何十年と誇りをかけてやってきた時代劇。こんなに違うのか…。これが、私を含めた多くの日本人を仰天させた本当の理由だろうと思う。


~∞~
低評価の「やっぱり外人だから、こんなに変な侍映画を作った」という意見も至極まっとうなものだ。日本史に詳しくない私でさえ「それはないだろう」という、時代考証もめちゃくちゃな場面があったりする。少しでも歴史に詳しい人達からみればおかしな場面はいくらでもあるのだろう。
ただ、この映画は過去の時代を舞台としたファンタジーで、それがたまたま日本であっただけで歴史劇ではない。所詮アメリカ人が作った日本を素材にした娯楽映画だ。素材が近代日本史であったために、また映像自体にも妙なリアリティがあるために史実だと勘違いをしてしまいそうだが、日本側に専属の時代考証スタッフ、製作スタッフを求めていないことから見ても、この映画を史実として作ろうとしていたとは考えられない。むしろリサーチのみによって(架空とはいえ)ここまで昔の日本を作り上げられるハリウッドの製作陣の底力にはさすがとしか言いようが無い。これはハリウッドが出来る限りの努力をしてそれらしく作り上げた似非の歴史リアリズムだ。だからそんな映画を、日本人が重箱の隅をつつくように史実と違うなどと非難するのも妙な話だ。


~∞~
結果的にこの映画は、いろんな意味で日本の時代劇作りを変えたと思う。まず日本の時代劇の製作者にとってはいい刺激になっただろうと思う。もとより140億円も制作費にかけるようなハリウッド流をそのまま真似することは出来ないが、それでもカメラワークや演出など学べるところはたくさんあったはずだ。まず負けん気の強い製作者なら「時代劇は日本人のもの。外人などに負けてはいられない」と一念発起してもおかしくはない。いやそうであってほしいと思う。そんな結果のひとつが最近の「風林火山」「龍馬伝」、今年の「平清盛」などの、リアルさを追及した一連の大河ドラマだろうと思う。その影響力は私達が思う以上に大きかったのではないだろうか。

2012年1月25日水曜日

いまさらの『ラストサムライ』論 - 1

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The Last Samurai 2003年)/米/カラー/154分/
 監督・脚本・製作; Edward Zwick
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この映画の封切られた2003年当時、私はイギリスのロンドンに住んでいた。95年からの移住だったので、その年で8年目になる。最初の5年間の(右も左も)楽しい日々が終わり、西洋での生活の厳しい現実が見えてきた頃で、当時大変なホームシックにかかっていた。

その頃まで、歴史といえば西洋史にしか興味が無かった。子供の頃には西洋の童話が身近にあったもので、そんな西洋の王様やお姫様に対する憧れはいつしか西洋史への興味へと繋がった。イギリスに移り住んだときも、ここぞとばかりに英国史、西洋史の本を買いあさり、ロンドンでは日々博物館や美術館に通っては悦に入っていた。

ところが、外国に住んでしばらく時間がたつと、いろいろなことが見えてくるようになる。自分のその国での立ち位置も少しずつ分かってくる。馬鹿みたいな話だが「私は日本人であり、アジア人であり、決して西洋人ではない」ことにもやっと気づくようになる。それくらい平和な島国日本で育った西洋かぶれな私は無知だった。「人類皆兄弟」なんて理想に燃えてはいても、そんな自分のアイデンティティは他人に決められてしまう。私はどんなに英語を学んでもアジア人の外国人でしかない。彼ら(他人)にとっては、私が「日本人」かどうかさえどうでもいいことだ。そんなことに気づくのに5年近くもかかってしまった。いろんなことに自信も無くしかけていた。ちょっと悲しかった頃だ。
  
映画「ラストサムライ」を見たのもそんな頃だった。内容は後から書こうと思うが、とにかく頭をガーンと殴られたように痺れた。わっかっこいい。もう一回。うぁカッコイイ。またもう一回。そんなふうに映画館に5回も通ってしまった。ツッコミどころ満載というのも十分に分かっていたが、それでも若い中村七之助明治天皇の「We should not forget who we are or where we come from.  我々が何者でどこから来たのか決して忘れてはいけない」には、馬鹿みたいに毎回はらはらと涙した。これには参った。

当然日本での評判も気になる。ネットで調べてみると驚いたことに、当時日本でもこの映画は大変話題になっていた。殆どが大変な高評価。それに低評価な人々でさえやたらとムキになってこの映画をこき下ろすための理由を並べ立てたりしている。ともかく、日本人全体にいろんな意味でショックを与えたのは間違いないのだろう。

2012年1月23日月曜日

NHK大河ドラマ「平清盛」第3回「源平の御曹司」

さっそく面白くなってきた。この松山ケンイチという俳優、おもしろいなぁー。この人の顔を見ているだけで45分あっという間に過ぎてしまう。

いつも三白眼の大友克洋のマンガみたいな顔。いつもガウガウ言って、気に入らないとすぐにふてくされ、パパに叱られると口をへの字にして大粒の涙をこぼし、びっくりすると黒目が左右に小刻みに動いてうろたえる。まるでハナタレ小僧のガキ大将のようだ…と思ったら、この清盛14歳だそうだ。またガウガウ言って、気まずくなるとバタバタドタドタとガニマタで走り去る。びっくりした時の、「え?」のタイミングが下手なコントよりずっとおかしい。ほんとにおかしい。まるで一場面一場面がギャグマンガのようだ。

この大河はこの面白い俳優さんを見てるだけで一年が終わってしまうかもしれない。上手いんだと思う。なるほど14歳の「将来の大物」ならこんな感じの設定でもいいのかもしれない。これから大物「平清盛」に化けるのだとすればこれは楽しみだ。

平家の歴史は全く知らないのだが、このまま面白く続いていくのなら何か読んでみようかな。いろいろと巷では視聴率が云々などと少し心配だけれど、NHKさんにはこの調子で思いっきり突っ走ってほしい。

この松山ケンイチさん、一度対談か何かでTVで見たけれど、素顔もなんだかもっさりとしていて、いまどきの若い俳優さん達の中では際立って男(の子)っぽく、どこか予測不可能な荒々しい感じもあってなかなかいいと思う。役柄への取り組みも毎回体当たりらしいし、東北訛りも「東京に負けない」ためにも治すつもりはないと言ったそうで、こういう癖のある俳優さんはますます楽しみだ。その素顔の感じが、どこか故松田優作さんを思い出させるので、ネットで二人の名前を検索したら、なんと本人がファンなのだそうだ。松田さんには過去の映画で強烈な印象があるのだが、松山さんにも松田さんと同じような荒削りな男臭さを感じる。こういう人は将来化けるかもしれぬ。これは楽しみな俳優さんだ。

2012年1月19日木曜日

NHK大河ドラマ「平清盛」初回「ふたりの父」


録画しておいた「平清盛」の初回を見た。いい感じですね。最初の人間の登場が砂にまみれたふんどし姿のお尻群ですもの。笑

最近の大河は、女性向けのドラマと、映像リアリズムドラマと交互にやっているのだろうか。去年は甘すぎて好みに合わなくて頭を抱えたが、今年はまた適度な歴史リアリズムでやってくれるらしい。

白塗り眉なしの宮廷の人々、汚れだらけ血だらけしみだらけの武士に盗賊、煙ったような光、暗い室内…。2年前の「龍馬伝」の時も、映像のリアリズムが話題だったが、今回も同じようなカメラを使っているのかなかなかいい感じだ。

(あくまでも個人的な好みなのだが)歴史ドラマや歴史映画は出来るだけリアルにやってほしい。というのも以前から歴史物の映画でのリアルな表現を見て、昔の時代に思いを馳せるのが好きだからだ。映画やドラマを見て、もっとその時代のことが知りたくなり、小説を読み、資料を読み、いろいろと想像するのが楽しい。西洋の歴史映画は、「クレオパトラ」など60年代のいかにもハリウッド風な映像の時代を経て、ここ20年ぐらいは(?もっと前からかな)視覚的にリアルなものが多いように思う。「グラディエーター」「エリザベス」「キングダムオブヘブン」「王妃マルゴ」「ダントン」…等々例をあげればきりがない。その時代の空気感や匂いまで感じられそうな映像は、見ていて非常に楽しい。

詳しくはないが歴史が好きだ。政治云々などよりも、その時代時代の生活の様子を想像するのが楽しい。衣服はどんな感じだったのか、化粧は、髪型は、街の様子は、農民は…。何を食べていたのか、お風呂に入ってないのよね、夜の室内はどれぐらい暗いのか、十二単は重いのか、長い髪もやっぱり重いのか、刀はどんな音がするのか…。それからその時代の空気感。生き難さ、苦しさ、悲しみ、つつましさ、宗教の重み、男女間の位置、階級、習慣等々、言い始めたらきりが無いが、そういうものが(現代の私達が想像できる範囲内でいいから)納得できるリアルさで作りこまれていればいいなと思う。たかがドラマ、たかが映画、結局は娯楽でしかないのだが、歴史好きにとってはリアリズムこそが最高の娯楽になる。もちろん内容も正確であればもっといいが、ドラマ仕立てであることが前提でドキュメンタリーではないので、ストーリー上の多少の妥協はやむをえないと思う。いや仮説レベルの事柄を取り入れるのなら、それこそが歴史娯楽の醍醐味だとも思う。ともかく歴史物は面白い。


学生の頃は、西洋史が好きだったが、今は日本史も好きだ。日本の歴史物は大河ドラマが一番だ(そうあってほしい)と思うので、まず映像を含めたリアリズムに気合が入っているととても嬉しい。「風林火山」や「龍馬伝」の男男したうす汚い感じや、歴史上の場面場面の崖っぷちな緊張感はとても良かった。どうやら今年の「清盛」もそちら系らしい。このドラマの時代、平安末期のリアルな映像化はあまり見た事が無いのでとても嬉しい。

それにしても、血糊は飛ぶし、上皇はまず見た目が怖い上に孫の嫁とはいけない関係だし、清盛のお母さんはいきなり殺されるし…今年の大河はなかなか毒があっていい。中井貴一さんは男おとこしてるし、子供は松山ケンイチさんに似ているし、女優の化粧も薄いし、なかなか楽しみだ。 吹石一恵さんを初回で消してしまうのはもったいない気もする。綺麗ないい女優さんだ。出来れば三上博史さんにも、藤原忠実の國村隼さんのように眉を剃って麻呂眉を描いてもらいたい。

ひとつ気になったことを。これもリアリズムの解釈なのだろうが、人が斬られるときに「ブシュゥゥゥゥゥゥ」とか「ギュゥゥゥゥ」など、カタカナで書けるような大きな音がするのはいかがなものか。それから、舞子が矢で射られた瞬間に着物の厚みを通して血が吹き出てくるのもどうかと思う。血のしみが少し間を置いて静かに布地に広がるだけでいいのではないだろうか。これに限らず最近の日本の時代劇映画も血が不自然に飛び散るものが多くてどうもいけない。リアルじゃないと思う。残酷さを娯楽にする必要はない。

ところで、オープニンングのクレジットに「タルカス」と「キース・エマーソン」の文字を見た。????実際の音楽は良く知らないが、プログレ関係の人というのとアルマジロ戦車のアルバムジャケットぐらいは知っている。いったいどうしたんだろう。面白いな。

2012年1月17日火曜日

Perfume in 神戸…に思いを馳せる

Perfume神戸公演、無事終わったようですね。うぁ~、うらやましいな。

さて、ネットをいろいろと見回ってみましたが、どうやらすごいことになっているらしいですね。うれしいゾ。
ちょっとだけ拾ってきた感想など、
「…からすごい。…の…がすごい。…がすごい。神。涙。…が無くなったなんてとんでもない。もっとすごいぞ。…の…。…はびっくり。神。すばらしい。衣装もいい。脚がいい。みんな可愛い。綺麗だ。煽る煽る。はぁ~~~~~~、幸せだった…。涙…。」
いいですね。うらやましいなぁ~。でもウレシイ。Perfumeが日本国中に出かけていってみんなを幸せにしていくんだと思うととても嬉しい。


以前、東京ドーム公演のドキュメンタリーで、ショーの開始直前、観客からの大きな歓声と拍手を聞いたあ~ちゃんが、一瞬不安なのか恐怖なのか驚きなのか、もうなんとも説明できない子供ような顔をするのですが、あれを思い出すたびにこちらも涙が出そうになります。ショーの直前は怖いし緊張もするんでしょう。あれが22歳23歳の女の子の素顔なんだろうなと思います。それでもあの後自分達を信じて、不安な心に鞭打って、5万人の前に飛び出して完全燃焼のショーをやるわけです。すごいなと思う。

ほんとにPerfumeはドラマです。舞台や演出もすごいけど、彼女達がすごい。これからまたこのツアーで伝説を残してくれるのでしょう。楽しみです。

Have a wonderful time!

2012年1月13日金曜日

RuPaul's Drag Race 5


日本にも女性的な男性はいる。最近はオネエマン(他にもいろんな呼び方があると思いますが、何が一番正しい言い方なのか分かりませんでした)と呼ばれる方々かな。ヘアメイクアーティストやシェフ、華道家、コメンテイターに評論家。彼女達は常にテレビに出て、それぞれのスペシャリストとして大変に尊敬されている。ファンも沢山いる。過去には厳しい時代もあったと思うが、現在の日本では彼女達の存在に、タブー性を感じることはほとんどないと言ってもいいだろうと思う。そんな日本人の私達にとってあたりまえのことが、キリスト教の国、西洋の人達にとってはまったく受け入れられないタブーだったりするのだ。そのあたりの宗教的な厳しさは私達日本人にはなかなか解らなかったりする。


生まれ持った体や心のあり方。子供の頃から女っぽいといじめられても、どうすることもできない。ある日自分だけじゃないことを知りカミングアウトして、もう後にはもどれない。親もびっくりさせた。友達も無くした。いろんなことがあった。不安を抱えながらそれでも前を向いて生きていかなくてはいけない。年齢を重ねてくるとだんだん慣れてきて強くなるだろうが、子供時代のつらい経験はみな同じだろう。そんな彼女達が、ケーブルチャンネルとはいっても全国放送に出るわけだ。怖いだろうと思う。それでもこのコンテストは、自分自身に対しても冷たかった世間に対しても、自分の選択が正しかったことを証明するチャンスなのだ。だから全員必死だ。そんな彼女達の姿に、視聴者もある種の凄みを感じるんだと思う。


いろんなバックグラウンドの参加者がいる。アフリカから来ている子。フィリピンやタイ等東南アジア系、プエルトリカン、番組中HIVポジティブだと公表して泣き崩れた子もいる。白人、黒人、アジア人、ラテン系、人種や出自はいっさい関係ない。みんな世間とは違う生き方を選択した。だからひどい喧嘩をしても心では同じ仲間だということを解っているのだろうと思う。みんな心は繊細だ。ルポールの優しい言葉も、参加者全員がそれぞれいろいろな思いを抱えて一生懸命生きてきたことを、彼女自身が身をもって解っているから言えるものなのだろう。参加者は20代前半から30代半ばまで。50歳を超えるルポールは参加者全員にとって、単にお姉さんという以上に、同じ険しい道のりを自分達のはるか前方で先頭を切って走ってきた偉大なる先輩なのだ。


一部で人気が出てきているとはいっても、まだまだ(アメリカの)世間ではTrashy(くず、くだらない、ごみみたいなもの)と言われる類の番組だと思うが、その下に隠れた本当の意味はもっと大きい。参加者達も製作者側もみんなそんな番組の意図をわかっているのだろうと思う。こういう人たちが世の中を変えていくのだ。勇気ある彼女達に大きな賞賛と拍手を送りたい。

2012年1月12日木曜日

RuPaul's Drag Race 4


シーズンの最後のほうになってくると、残りの人数も減ってくる。そんな頃、ルポールが一人ひとりに問う。「どうしてあなたがこのコンテストに勝ってドラァグスーパースターになったほうがいいのか、その理由を言ってちょうだい。」答えは様々。そのなかで、シーズン3の参加者の一人がこう答えた。「私がこのコンテストに勝つことで、今、学校でいじめられている男の子達に勇気を与えたい。私が子供の頃に経験したようなつらい目にあってる子達に、『自分を信じて正直に生きていいのよ。いじめっ子には「ほっといって」って言ってもいいのよ。強くありなさい。こうやってがんばれば、いつか私みたいに認められることもあるのよ。』と勝つことでそれを証明したい。」と言って言葉を詰まらせた。


そこではっとする。そう、この国、アメリカ、こんな番組があるくらいだから自由の国だと思われることが多いのだが、実は非常に保守的な国なのだ。宗教がからむと他の国の人間には信じられないくらい頭の固い人が多い。要は、ゲイ、同性愛者など聖書が駄目だと言っている事は絶対に許されないことだと思う人がかなりいるということだ。参加者の中にも、お父さんと口を聞いてもらえない子がいる。家族と事実上縁を切った子もいる。大人になって年齢を重ねるまで、カミングアウト出来なかった子も多い。それで、すべてがわかって来る。

どうして、参加者のルポールを見るまなざしが憧れ以上のものを含んでいるのか。どうして、みんな競争しあっているのにどこかお互い優しいのか。なぜ、打たれてもすぐに立ち直って自分達のことを笑い飛ばすことができるのか。なぜ、あんなに必死なのか。そして、負けたのにもかかわらず、どうしてあんなに晴れ晴れとした顔で去っていけるのか。

彼女達は、真摯に一生懸命に生きている。それが理由だ。




RuPaul's Drag Race - Season 2 (Jealous of my Boogie)




 

2012年1月11日水曜日

RuPaul's Drag Race 3





さてそんなドラァグクイーン達、いろんな性格の人がいる。喧嘩もするし、まあ驚くほどきっついこともはっきりと言い合ったりする。それでも時にどこか優しい面を見せたりもする。内面はみんなとても繊細なのだろうと思う。笑顔をいつも絶やさない明るい性格の子が、審査時の緊張で、涙をこぼしたりする。

毎回の課題で全員審査をされ、その回に最低点の2人が、舞台に残り、審査員の前でリップシンク(口パク)のパフォーマンスをする。それでよかった方の一人が生き残る。その回に生き残れたことにほっとしたのか、さっきまで満面の笑顔で踊っていた子が、顔を両手で覆って泣き始めるとこちらまでもらい泣きをしてしまいそうになる。

負けた子は、それで番組を去ることになるのだが、その時ルポールも優しい。「あなたとは、今日でさよならだけど、あなたが来てくれて本当によかった。これからも背筋を伸ばして、前を向いて歩きなさいね。輝いてみんなの希望になるように生きていくのよ。」などなど、ほんとうに優しい。毎回、負けて去っていく一人ひとりにそんな優しい言葉をかけている。言葉をかけてもらった子も嬉しそうに「ありがとう。ここにこれて本当によかった。」と言いステージを去っていく。いやな顔をする子はほとんどいない。これは、ルポールの人徳なのだろう。


RuPaul's Drag Race - Season 3 (Superstar)


 
 
 
 

2012年1月10日火曜日

RuPaul's Drag Race 2

さて、「RuPaul’s Drag Race」、始まったのは2009年。それから毎年1月から4ヶ月間の放送で、今年で4シーズン目になる。最近再放送の録画を見てはまったのだが、これほど面白いものはなかなかない。いや、面白いなんて言ったら参加者の彼女達に失礼かもしれない。全員が本当に真剣。勝つために必死になってがんばっているのを見てるだけでこちらも心を動かされてしまう。

なにしろ、クオリティーが高い。野郎ばかりが化粧をして…なんてとんでもない。オーディションで選ばれてきたからなのか、ほんっとに綺麗な人が多い。全員ゴージャス。全員、クラブなどでショーをやってるプロなので自分の見せ方をわかってやっているわけで、エンターテイナーとして、非常に質が高い。

毎回の課題の内容も、それは厳しいもので、エンタテイナーの枠にはいる様々なタスクをこなす実力、それにオリジナルの創造性を要求される。コメディアン、寸劇の女優、ものまね名人、プレゼンター、司会、モデル、ダンサー、シンガー、ショーガール、インタビュアー、衣装デザイナー、スタイリスト、それにもちろんヘアメイクアーティスト。全員自分を素材とした総合プロデューサーとしての力が試されているわけだ。要は、司会のルポールがやってきたことを全員に要求していることになる。

美しさに体形は関係ない。すごく大きい人もいれば、ガリガリのモデル体形もいる、非常に女性的な体の人もいれば、メイクで勝負の人もいる。ショーガール風のセクシー系もいれば、中性的なハイファッションのモデル風、バービー人形のような女性として完璧なスタイルの子もいる。女装とはいっても、千差万別なんだなと思う。ただ、全員が、自分をどう見せれば魅力的になるかをよく解っていて、本当に見てて楽しい。全員ゴージャス。ほんとうに綺麗だ。

RuPaul- Glamazon
(もしこういうものが嫌いじゃないなら、ぜひ映像を2回クリックして、Youtubeサイトに飛んで大きな映像で見て欲しい。びっくりする人も多いと思う)


もともとは全員男の子。バックステージでノーメークで自作のドレスを縫っている彼女達は、一見普通の男の子だ。毎朝丁寧にひげをそらなければ、あごがすぐに青くなる。女装時は髭剃りあとをファンデーションで隠し、眉毛も丁寧に塗り固め別の眉毛を書いている。髪を伸ばしている子はほとんどいない。カツラを使うことがあたりまえだからだ。それに、人種的なものかと思うが、繊細な骨格のアジア人に比べて、白人や黒人の子達は、あごが大きかったり、首が太かったり、一見ハンデも多そうに見える。それが、メークや衣装で魔法のように綺麗な女性に化ける。ものすごいテクニックと毎日の努力の結果だと思う。
面白いのは、このドラァグクイーン達、25歳の男の子がお化粧をしてもそのまま25歳の女の子にはならない。大柄で豪華な彼女達は、ものすごくゴージャスだけれど年齢は不詳。おそらく、若い女の子の繊細な体形を再現するのが難しいからだと思う。

司会のルポールも51歳のおやじなのだが、まあ怖いくらい美しい。見ているだけで女の私も、もう少しがんばろうかなと、アイシャドウを塗る手に気合いが入ったりする。


2012年1月9日月曜日

RuPaul's Drag Race 1

アメリカのテレビ「RuPaul’s Drag Race」が面白い。

日本でドラァグクイーンという言葉は一般に知られているのだろうか。ドラァグクイーンとは、日本でいうニューハーフ(日本の造語で英語ではない)かな。お化粧、服にハイヒール、カツラ等で女装をする男性。個人差はあるらしいが、いろいろと痛い思いや女性ホルモンの注射等で、体形や体質を変える人もいる。心が女性のゲイの方がほとんどだと思うが、たまに子供がいる人もいるので、よくはわからない。ゲイクラブなどのショーに出ているプロのエンタテイナーが多いらしい。日本でなら、はるな愛さんだと思う。

さて、アメリカにルポ-ルという有名なドラァグクイーンがいる。身長193センチ。高いハイヒールを履いているので楽に2メートルを越えている。大男だ。1960年生まれなので、今51歳。最初に見たのは、映画Blue In The Faceかな。とにかく背が高くてすごい迫力で、うわぁかっこいいなと思った記憶がある。

そんな彼女が今アメリカで「RuPaul’s Drag Race( ルポールズ・ドラァグ・レース)」という番組をやっている。直訳すれば「ルポールの女装競走」。年に一度全国から応募してきたドラァグクイーン達をオーディションで123人に絞り込み、全員に合宿をさせ、番組上で毎回様々な課題を出して競争させ、1回ごとに一人づつ落としていき、最後にその年一番のドラァグスーパースターを選ぶというもの。

もうすぐ4年目にあたるシーズン4が始まるので、去年の終わり頃から全シーズンの再放送をやっているのだが、録画していたのを見ていたらすっかりはまってしまった。

こういう華やかなものが好きな私にはたまらない。

ちょっと紹介程度の映像を…。審査員の席に座っている大きな髪型の金髪の女性がルポール。(注;こういうのが好きな人だけ見てください)

RuPaul's Drag Race (Let The Music Play) Season 2.wmv 



2012年1月5日木曜日

紅白歌合戦観戦記 2011

アメリカ人の旦那Aと観賞。最近私が「Perfumeを海外へ」のブログを書いたことで、旦那Aともアメリカやイギリス、それにK-POPあたりなど、最近の世間の音楽市場がどうなってるか等々をよく話していたので、日本の音楽業界もどんなものなのか見てみようと参戦。日本語のわからないアメリカ人が、日本の紅白を見たらどう思うか。

…が、TV をつけた時点で、少女時代が話をしていた…。すぐにGenieを歌い始める。(PerfumeKaraは後でネットで観賞)旦那は少女時代に対してはとても優しい目をするので、案の定感想も、「かわいいね。脚…。歌のすごく上手い子が一人いる。」と大変ポジティブ。

以下、旦那Aから評判の良かったスターは…。

千昌夫=北国の春
「上手い。たった一人でこの存在感はすごい。すばらしい。」
西田敏行=あの街に生まれて
「この人、ドラマで何度も見たよね。歌も上手いね」

五木ひろし=ふるさと
「上手い」

松田聖子×神田沙也加=上を向いて歩こう 
私「これがスキヤキソングなのよ。娘上手いね。」A「うん。でもこのお母さんの声にはもっと深みがあるね。つやのあるいい声だ。」私「このお母さんは大スターなのよ。たしか523才なのよ。」A「ええっ???」

天童よしみ=愛燦燦
「ああ、この人はもう本当に上手い。すばらしい。」

石川さゆり=津軽海峡・冬景色
「いいね。上手いしこの人はきれいだね。あれ、君歌ってるの?笑」

今まで旦那Aは、演歌というとあまりにも様式的で面白くないと言っていたのですが、実際にこんなふうに大御所を並べられると、まず歌の上手さに圧倒されるようです。私も同じく。世代的に、シンガーソングライターが増えていった時代に若い時期を過ごしたので、演歌はお年寄りの聞くものだと思ってました。でも、こうトップレベルの人たちが並ぶとほんとうに華やかです。上記の方々以外にも、小林幸子さん、坂本冬美さん、北島三郎さん等、演歌の方々の存在感の大きさに改めて納得です。

もともと、紅白はシンガーソングライターやバンドの存在しなかった戦後、プロの歌手、エンタテイナーだけを集めたその年一番の歌番組だったわけで、こういうステージではやっぱり長年歌で勝負してきた演歌の方々は強いですね。歌の上手さだけで、とことん楽しませてくれるプロです。たった一人で1曲歌うだけで、場の雰囲気を変えてしまうのはすごいです。

とくに今年、歌の力、メッセージ性が非常に大きくて、プロのエンタテイナーに徹した演歌の方々、福島出身の西田さん、聖子ちゃんの「上を向いて歩こう」、いきものがかりの「歩いていこう」、被災地からの長淵さん、松任谷さんの「春よ、来い」などを聴いてしまうと、こういう場では外国から来たK-POPの方々や現代っ子のPerfumeなどの存在感は薄く感じました。それはしょうがないでしょう。

さて、旦那Aの今回の紅白ベスト歌手は、千昌夫さんと天童よしみさん、石川さゆりさんだそうです。

2012年1月4日水曜日

あけましておめでとうございます

さて、「Perfumeを海外へ」の原稿を投稿し終えて はや3日。もともとこのブログ、これが早く投稿したくて、せめて今年のツアーが始まる前に、それに今後実際にPerfumeの海外展開が始まる前に世間に出したいと始めたのですが、3日間投稿をしなかったら、日本からのお客がぴたっと来なくなった。
うむ

このブログ、何かに登録しているわけでもなく、コメントをいただいているわけでもなく、ここに投稿する以外、なんの行動もしていないのだけれど、Perfumeの文字で、検索から何人かやってくるかと思いきや、そう簡単にはいかない。

投稿した初日から、「ブログとは、とある町の商店街に自分のお店をはじめて開店し、その中に座ってお客さんの来店を待っているような状態」などど、感慨にふけっていたのですが、今もほんとにそんな感じ。

不思議なのは、全部日本語で書いているのに、ロシアからのアクセスがとても多い。それに、何を間違ったのか、ドイツやインド、ルクセンブルク、マレーシア、ブラジル他からも、アクセスがあった。これもPerfume効果? ネットってこういうものなんだろうか。

さて、これからどうしようかな